097
「あ、あれはアーコレードではないでしょうか!?」
「アーコレード?なぜこんなところに奴がいるのだろう?」
「あの方が魔族に変身したという、第二王子アーコレード様なのですか!?」
「はい、間違いありません」
アーコレード様は2年前に魔族が王都を襲撃した際に、悪しき神に祈りを捧げて魔族となってしまったという。
状況の変化を理解できていない私たちに向かって、謎の美女とアーコレード様の2人が飛行により接近してくる。
さらに、謎の美女は黒い糸で怨霊のようなものを引き連れている。
「しかしアーコレードの隣にいる女性は一体誰でしょうか?」
アーコレード様は謎の美女が使う黒い糸のような魔法により吊り上げられており、謎の美女の背中からは禍々しくも優雅な蝙蝠羽が生えている。
魔族アルミラリアが似たような魔法を使っていたはずだが、アルミラリアはキエノさんの魔法により天の裂け目に追放されたはずだ。
「あの黒い糸のような魔法、あの女はアルミラリアかもしれないのじゃ」
「確かに、アーコレードを吊り上げている黒い糸はアルミラリアの使うリモート魂トロールという魔法に似ています」
「しかし先ほどまでとは明らかに外見が異なっていますね」
「女が引き連れているのは大魔王の怨霊ではないでしょうか」
「敵の正体は不明ですが、接近を許してはなりません!ドラゴンアロー部隊、あの女を撃て!」
「「「「「はっ!」」」」」
バシュバシュバシュ!
リョーマ湾の護岸に設置されたバリスタから、ドラゴンアローが次々と発射された。
謎の美女は黒い糸によりバリスタの軌道を逸らし、優雅に飛翔してこちらに向かってくる。
しかし鬱陶しいとは思っているようで、その白眉は不愉快そうに歪んでいる。
「我は死霊将軍アルミラリアである。死にたくなければ鬱陶しい矢を射かけるのをやめよ、魔導書モルティス開巻、万鬼夜行」
アルミラリアが魔導書モルティス開巻により万鬼夜行という魔法を発動すると、どこからともなく暗黒の雲のような塊がアルミラリアの頭上に出現した。
暗黒の雲とアルミラリアの身体は黒い糸で接続されており、暗黒の雲はキエノさんが発動している天浄結界を押し返すように、じりじりと広がりつつある。
「いでよ怨霊より変化した妖怪ども、人間どもを追い散らすのだ」
ヴォォォォォォォ……
唸り声とも風切り音とも聞こえるような不気味な音が戦場にこだました。
すると、アルミラリアの頭上に浮かぶ暗黒の雲から、悪霊、怨霊、鬼、怪物、異形の者、巨大な昆虫の化け物、歩く屍、さらに恐ろしき禍々しき存在、つまり妖怪と呼ばれる存在が次々に飛び出して、好き放題に暴れ出した。
角を生やした小鬼は手にした金棒でバリスタを破壊し、首の長い幽女は戦士の顔を舐め回して気絶させる。
その数は百には到底留まらず、千を超え、万に迫る大群だ。
「ポドカルパス先生!」
「うむ、これは非常にまずいぞ!今こそオソレ山の大精霊イザナミ様にお越しいただくしかないだろう!すまないが、しばし時間を稼いでくれ、とう!」
ポドカルパス先生は即座に決断し、先ほど【神器・大精霊ガチャ】より手に入れた魔導書に魔力を流し始める。
「ふうん?何か企んでいるようだがまあいいだろう。それよりアーコレードよ、この天の裂け目に飛び込め。我が分体がその中に囚われているようだ」
「はい」
アルミラリアは先ほどキエノさんが発動した天裂により生じた天の裂け目に両手を突っ込み、無理やりこじ開けた。
先ほど追放したのはアルミラリアの分体だったようだが、アルミラリアはそれをアーコレード様に探しに行かせようとしているようだ。
帰ってこられるかどうかわからない危険な場所だが、アーコレード様はその命令に素直に従っている。
「アーコレード、魔族に従うのはもうやめなさい。あなたの家族をこれ以上悲しませてはいけませんよ」
「……家族、だと?お前のような女にそのようなことを言われる筋合いはない」
「私はヨシノです。まさか覚えていないのですか?」
「ヨシノ?どこかで聞いたことがあるような名前だ……」
「アーコレード、早く行け」
「はい、アルミラリア様」
アーコレード様はその後、ヨシノ様のことを無視して天の裂け目に入っていってしまった。
アーコレード様の背中には依然としてアルミラリアの【死霊魔法】による黒い糸が繋がったままだ。
アーコレード様はヨシノ様に一方的な恋心を抱いていたらしいと聞いたが、先ほどの様子では想い人であるはずのヨシノ様のことを全く覚えていないようだ。
「さて、当代の勇者がいないようだが、どうしてこの場にいないのだ。この我が直々に攻め込んで来たのだから、勇者が相手でなければお前達に勝ち目は無いぞ?」
「お前には関係のないことです」
「ふん、穢らわしい混血の小娘が戯言を抜かすな。もたもたしていると、妖怪どもが人間を喰い殺してしまうからな、助けを呼ぶなら今のうちだぞ」
「助けならもちろん喚ぶとも。魔導書【オソレ山の大精霊イザナミ期間限定衣装ver召喚3時間コース】開巻!」
「なに?大精霊だと?」
ポドカルパス先生が【神器・大精霊ガチャ】により獲得した魔導書を開巻すると、魔導書から特大の魔法陣が出現した。
魔法陣は空中に浮かび上がると、その中心からは大精霊様がゆっくりと出現する。
「おお!これはオソレ山の大精霊イザナミ様!お久しゅうございます!」
「ん?ここは……わらわはオソレ山の精霊殿でお昼寝していたはずではなかったかしら」
「お昼寝していたところをお呼びたてしてしまいまして誠に申し訳なく思います。ここは何卒、お力をお貸しいただけないでしょうか?」
「あなたはポドカルパス、どうやら【神器・大精霊ガチャ】を使ったようね。まさか初めての召喚対象にわらわが選ばれるとは思いませんでした……ってこの衣装はなに!?」
「はっ!その、天使ティナ様がおっしゃるところによると、『期間限定衣装』とのことです」
巨大な魔法陣より出現したオソレ山の大精霊イザナミ様は、鉾と呼ばれる長柄の武器を手にした少女であった。
イザナミ様の衣装は黒を基調とした少女趣味の可愛らしいもので、黒いブーツに膝まで達する長いソックスにフリルでボリュームを出したスカート、刺繍が施されたブラウスを纏い、頭にはメイドがつけるようなヘッドドレスがエレガントな印象を与えている。
普段のイザナミ様の衣装とは異なる装いだったようだが、これが天使ティナ様のおっしゃるところによる「期間限定衣装」なのだろう。
全体的に可愛らしくあるが、貴族令嬢が身につける衣装としてはやや露出が多く、貞淑さが損なわれているように見える。
私が貴族でなかったとしたら、純粋な気持ちで可愛らしいと感じることが出来たのだろうが、ソックスとスカートの隙間から太ももが見えてしまっているのは少々いただけない。
あと、若干胸元が強調されているのも気になるポイントだ。
しかし大精霊様が纏う衣装としては、格式高いものなのだろうと私は納得した。
「ちょっと、足が見えてる!わらわの生足が世間に晒されているのだけれど!?」
「し、しかしその衣装は【神器・大精霊ガチャ】より排出されたものですので、天界ではきっと格式高い衣装なのだろうと思います、とう!」
「そ、そうなのかしら?天界の最先端ファッションなのだということなら、まぁ、ありがたくいただいておくことにしようかしら?」
イザナミ様は天界の最先端ファッションとして、多めの露出については片目をつぶることにしたようだ。
「おい、我のことをいつまで待たせるつもりだ?」
「ん?あなた魔族ね?先の勇魔大戦で見たことがあるような気がするわ。たしかアルミラリアという名前だったかしら」
「覚えていてくれてありがとう。しかし我は前回の勇魔大戦の頃よりさらに強くなり、もはや大精霊であっても相手にはならないだろう」
「ふーん、大した自信ですこと。なら試してみるといいわ。ポドカルパス、私を喚び出したということは、コイツをぶちのめせばいいってことね?」
「はい、その通りでございます!どうか我が宿敵、アルミラリアをぶちのめしていただきたい、とう!」
「りょーかい!」
ポドカルパス先生がイザナミ様に指示を出したところ、空中に浮かぶ【神器・大精霊ガチャ】が神々しい輝きを放ち始めた。
魂の器にそぐわない過分な魔法を使用すると魂が壊れてしまうと聞いたことがあるが、ポドカルパス先生は大精霊に指示を出しても無事な様子だ。
もしかすると【神器・大精霊ガチャ】は大精霊召喚により魂にかかる負担を肩代わりしてくれているのかも知れない。
「さあ来い、と言いたいところだが、我は追放された分体を釣り上げるので忙しい。なので、我が従順なる協力者に戦ってもらうとしよう。魔導書モルティス開巻、万鬼夜行、大妖怪スイレン召喚」
アルミラリアが大妖怪スイレンを召喚すると、アルミラリアの頭上に蠢く暗黒の雲から、水色の肌をした女性の妖怪が出現した。
大妖怪スイレンの肌には鱗が見られ、尾鰭を持つことから人魚の妖怪のようだ。
アルミラリアの使う万鬼夜行は、協力者とした妖怪を自在に出し入れすることが可能なのだろう。
「大妖怪スイレン、大精霊イザナミを倒せ」
『アルミラリア様!お喚びいただき光栄ですわ!あの小娘の始末は私にお任せください!』
「小娘ですってー!?わらわは立派なレディーなの!」
『ぎゃんぎゃんうるさい小娘だこと』
大妖怪スイレンと大精霊イザナミ様は激しく衝突し、そのまま戦い始めてしまった。
大妖怪スイレンは魔法により水流を操作して、イザナミ様の魔法を巧みにいなしている。
さらにヒグマほどの大きさの巨大な怪魚を生み出し、イザナミ様にプレッシャーを与えている。
「大妖怪だと!?妖怪とは怨霊が受肉したものとされているが、さらに上位の妖怪が存在したのか!」
「ふっふっふ、大妖怪の実力は大精霊と互角。さらに我は大妖怪を全部で7体使役しているのだ」
「あんな大妖怪が7体も存在するというのか!?」
「本体を叩くしかないようですね。魔導書カッカラ開巻、天浄結界、裏固有魔法【裏聖天】天裂」
キエノさんが魔法を発動すると、天に裂け目が生まれ、凄まじい吸引力でアルミラリアの身体を引き摺り込んでいく。
いかに強力な魔族であろうとも、天の裂け目に吸い込まれてしまえばひとたまりもないだろう。
「その魔法は我が分体には通用したかも知れないが、本体である我には通用せんぞ。万鬼夜行、我の身体を保持して天の裂け目を閉じるのだ」
アルミラリアが魔法を発動すると、頭上に浮かぶ暗黒の雲が変形し、縫い付けるようにして天の裂け目を塞いでしまう。
アルミラリアの身体は雲の塊である万鬼夜行にしっかりと固定されており、天の裂け目による吸引力に抵抗しているようだ。
「そこの魔法士、認めよう。お前は大妖怪級の脅威である。大妖怪ハッキボウ召喚」
『これはアルミラリア様、お喚びいただき恐悦至極』
「錫杖の魔導書を持っている女を制圧しろ。殺すなよ」
『はっ!』
アルミラリアが大妖怪召喚を発動すると、カラスのような黒い翼を持つ長鼻の魔族らしき大妖怪が出現した。
手には豪華絢爛なヤツデ型の扇を持ち、一本歯の高下駄を履いている。
「大妖怪が来るぞ!キエノ嬢を護ります、脳魔法発動、さらに静剣発動」
「【精霊魔法】雷の精霊ボルト召喚合体、纒桜迅雷」
『護る?ほう、面白い。【天狗魔法】茫茫風風』
大妖怪ハッキボウが手にした扇を一振りすると、凄まじい暴風が吹き荒れてヨシノ様の身体を吹き飛ばしてしまった。
しかしスリーズ様は両足に踏ん張りを効かせ、なんとか持ち堪えている。
『耐えるだけでは護れないぞ、脳魔法発動』
「お前も脳魔法の使い手か!しかしここは通さない、静剣!」
『その程度の脳魔法で小生に追いつけるとでも?脳魔法・極発動』
両者ともに脳魔法を発動し、目にも止まらぬ速さで激突した。
スリーズ様はミスリル剣を高速で振り下ろし、大妖怪ハッキボウは手にした扇でそれを受ける。
互いの武器が接触する瞬間、大妖怪ハッキボウの手元がさらに加速し、私の視力で捉えられる限界を超えてしまった。
バキイィン!
「な、なにぃ!」
『おう、折れてしまったな、剣』
スリーズ様が愛用しているミスリル剣は、大妖怪ボウとの激突により呆気なく砕け散ってしまった。
一方でハッキボウの持つ扇は全くの無傷だ。
一見すると大した強度でもなさそうな豪華絢爛な扇は、スリーズ様の愛用するミスリル剣を遥かに上回る強度を持っていたようだ。
「こ、こんな、ことが……」
『おう、戦いの最中に呆然とするなよ。【天狗魔法】天天浪浪掌』
「ぐはっ……」
大妖怪ボウが放った掌底がスリーズ様のお腹の辺りに直撃し、スリーズ様は気絶して倒れ伏してしまった。
致命傷ではないようだが、スリーズ様の口からは血が流れている。
しかし先ほどの暴風により吹き飛ばされたヨシノ様が空中で身を翻し、ハッキボウに凄まじい速度で突撃する。
「【雷魔法】雷掌撃!」
『雷か、俺も使えるぞ。【天狗魔法】轟轟雷雷』
「キャアアア!」
「キエノ!」
ドゴォォォォォン!
ヨシノ様の魔法と大妖怪ハッキボウの魔法が激突した瞬間、戦場に轟音が鳴り響く。
キエノさんは雷の衝撃を受けて吹き飛ばされてしまったようだ。
ヨシノ様は攻撃を中断し、キエノさんの救出に向かう。
『こんなにノロマな雷は初めて見たぜ。脳魔法・極発動、【天狗魔法】天天浪浪掌』
「うぐっ!」
「ヨシノ様!」
大妖怪ハッキボウの掌底により、ヨシノ様も崩れ落ちるように気絶してしまった。
脳魔法を発動しつつ【鑑定】により目を凝らして観察すると、脳魔法・極と呼ばれる魔法を発動することで、ハッキボウの速度が音速を超えていることがわかった。
さらにハッキボウの放つ掌底は衝撃を内部に浸透させることで威力を増しているようだ。
そのため、スリーズ様もヨシノ様も、吹き飛ばされずにその場に崩れ落ちるように気絶してしまったのだ。
しかし1つ分かったことがある。
ゼルコバ君が普段何気なく使っている脳魔法による加速は、脳魔法・極だったのだ。
以前、放課後の自主練習の時にシルベストリスさんが暴発させたファイアーボールを安全に処理した時の動きが、まさに音速を超えた脳魔法による加速であった。
ゼルコバ君によると、音速の壁を越えるためには風を纏って衝撃波を発生させないようにする必要があるという。
衝撃波というものがなんなのかその時はよくわからなかったが、先ほどのスリーズ様の動きを観察していたところ、風が邪魔をして動きが阻害されていたような印象を受けた。
あの風をどうにかしなければ、大妖怪ハッキボウの速度には追いつくことができないだろう。
「そ、そんな、ヨシノ様まで……何か、何か魔法を創り出さないと……」
『前衛を失った後衛ほど役に立たない存在もないよな』
「うぎゃ!」
大妖怪ハッキボウのデコピンを受けて、キエノさんが淑女にあるまじき悲鳴をあげている。
キエノさんは後衛で強力な魔法を放つタイプの魔法士だが、前衛であるスリーズ様とヨシノ様を失ってしまったため、魔法発動に必要な時間を稼ぐ手段がないのだ。
幸いにもハッキボウは手加減している様子なので、キエノさんが殺されてしまうことはなさそうだ。
「ツバキ姫、これを使いたまえ」
「ポドカルパス先生、こ、これは!」
「先ほど【神器・大精霊ガチャ】より排出されたR神龍弓ヨルムンガンドだ」
「こ、こんな貴重な弓は、私の技量では扱いきれません」
「それでもやるしかない。人生には実力を超える活躍を果たさなければならない瞬間が必ず訪れるものなのだ」
「わ、わかりました。ポドカルパス先生はどうされるのですか?」
「私はCりんごによりスリーズ嬢を蘇生させ、UC神聖ミスリル剣を届けるつもりだ。ツバキ姫には大妖怪ハッキボウの注意を引き付け、スリーズ嬢蘇生のための時間を稼いで欲しい」
「り、りんごですか?果たしてスリーズ様はそれで戦えるほど回復するでしょうか?」
魔木より収穫される果実には、体力と魔力を回復させる効果があることが知られている。
しかし気絶するほどの一撃を受けた肉体が瞬時に回復するわけではなく、自己治癒による回復には時間を要するだろう。
「このりんごはただのりんごではない。【神器・大精霊ガチャ】より排出された物品は、通常では考えられない強力な効果を有しているのだ!過去に私はお試しでガチャを回してCりんごを引き当てたので、ピンチの時に齧ってみたところ、内臓破裂の重症が即座に完治した経験があるからな!それでは健闘を祈る、とう!」
「あっ、先生!や、やるしかないのですね……」
大妖怪ハッキボウの実力は私を遥かに上回っていることは間違いない。
ハッキボウの使う【天狗魔法】の直撃を受けたら、一撃で瀕死の重傷を負ってしまうことだろう。
それでもやらなければならない局面に、私は今立たされている。
(ゼルコバ君、私に勇気をください)
「やるんだ、やってみせる!」
私は顔を上げ、神龍弓ヨルムンガンドを手に取ったのであった。




