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耐火性能が最も高い樹木は何か。
そもそも樹木は水分を多く含んでおり、生木のままでは非常に高い耐火性能を備えている。
例えばケヤキの発火点は約420℃に達し、立木が山火事などの被害を受けたとしても自然に発火することは通常無い。
乾燥が続くと山火事が発生するのは、林床に溜まった落ち葉や枯草、枯枝などが燃え広がるからであり、樹木というものは本来、燃えにくい性質を備えているのである。
しかしベルセルク・ライカンスロープロードが使う固有魔法【熱血】の血灼鎧は岩石をも熔解させるほどの超高温だ。
岩石は約800℃〜1200℃で熔解するとされており、血灼鎧の発する高温は1000℃を超えていると予想されるため、ケヤキの生木であっても耐えることは出来ないだろう。
とすれば、さらに一工夫して耐火性能を高める必要がある。
樹木に関する身近な物で耐火性能を高める事例として、例えば本のように層状に重ねるという方法がある。
紙ペラ一枚であればマッチやライターで火をつければすぐに発火して燃え尽きてしまうが、これを層状に重ねた本はページとページの隙間に燃焼に必要な酸素が不足しており、容易に燃えることがない。
また、本は隙間なく紙が重なっているため熱が伝わりにくく、発火点に達するまでに時間がかかることも高い耐火性能の理由とされる。
ドライアドと合体している僕は、この世に存在する樹木をすべからく再現することが可能で、さらに魔法で操作することによって層状の断熱構造の魔木を新たに生み出すことも可能だ。
なので僕は、ツキが【土魔法】で生み出した手枷足枷を熔解させて脱出しようとしているベルセルク・ライカンスロープロードの体を、薄く引き延ばした生木の魔紙で覆い、これを層状に重ねて封じ込める方法を実行することにした。
「【精霊魔法】樹木創造!」
『主の魔法しかと受け止めました』
僕のイメージした新たな樹木が、この世界に魔法となって創り出されていく。
魔力は無限に使えるため、いくらでも注ぎ込んでやる。
創り出した極薄の魔木で一層ずつ覆っていては、ベルセルク・ライカンスロープロードが発する超高温にとてもではないが耐えることは出来ないため、まとめて10層20層に重ねた極薄魔木を作り出し、どんどんと貼り付けていくことにした。
「(覆っても覆っても魔木が焦げていく!しかし燃焼するスピードを上回る速度で魔木を重ねて行けば、必ずいつか燃焼を食い止めることが出来るはずだ!)」
樹木を超高温で熱し続けると、やがて炭化して炭素となる。
炭素は熱しても通常の気圧では液体にならず、3500℃を超えると固体から気体へと変化する性質がある。
つまり、炭化した魔木がベルセルク・ライカンスロープロードの体を全身くまなく覆っていれば、岩石とは比較にならないほど高い耐火性能があるということで、これを突破することはおそらく不可能であろう。
問題は空気を遮断して酸素を与えないことで、少しでも隙間があれば酸素が内部に侵入し、せっかく作った魔木の層は徐々に燃えてしまう可能性がある。
僕は隙間なくベルセルク・ライカンスロープロードの全身を極薄の魔木の層で覆っていき、やがてヤエ公爵邸の庭園には、魔木で作られた巨大な繭のような彫像が完成したのであった。
魔木の繭ははじめのうちはベルセルク・ライカンスロープロードの動きに合わせて胎動していたものの、やがて静かになっていき、完全に沈黙した。
『おめでとうございます。さすがは主、素晴らしい魔法です』
実は敵がまだ力を蓄えており飛び出してくる可能性もあるため、僕は油断なくいつベルセルク・ライカンスロープロードが飛び出してもいいように、警戒を緩めていない。
しかしベルセルク・ライカンスロープロードは動く気配がなく、静まり返っている。
「(まさか酸欠で意識を失ったか?)」
哺乳動物はすべからく、呼吸をして酸素を体内に取り込む必要がある。
それはおそらく、ベルセルク・ライカンスロープロードであっても同じだろう。
さらに、酸素が少ない状態で炭素を燃焼させようとすると必ず発生するのが一酸化炭素で、これを吸い込むと酸欠状態となり、死にいたる事もある。
「(ベルセルク・ライカンスロープロードが酸欠状態となり意識を失っているとすれば、放置しておけばこのまま死ぬだろう。全く勇者らしからぬ強敵の倒し方だ。保健所で犬を殺処分するようで、後味が悪いな……)」
僕はこの時、かつて日本で暮らしていた時のことを思い出していた。
幼少期の僕の家では一頭の犬を飼っていた。
その犬は道端で捨てられていた仔犬を拾ってきたもので、ペロと名付けて可愛がっていた。
ペロはやがて成犬となると、ある時近所のお婆さんに噛みついてしまったため、惜しまれつつも保健所
送りとなり、殺処分された。
思えばこのベルセルク・ライカンスロープロードも、かつて僕が飼っていたペロと同じような境遇と言えるかもしれない。
ベルセルク・ライカンスロープロードはナラク谷の大冥霊クジャによってテイムされ、魔導書グリモワールから召喚されて、見ず知らずの土地に無理やり連れてこられた。
本来の性質が戦闘を好み凶暴であったためにショウゲツを喰らおうとしたが、これは僕たちが食い止めたため、幸いなことにベルセルク・ライカンスロープロードはまだ殺人を犯したわけではない。
幼少期の僕がペロを助けることができなかったことを思うと、ここでベルセルク・ライカンスロープロードを救うことを前向きに考えても良いのではないか。
「ゼルコバよ、あの狼人間をこの繭の中に閉じ込めたのじゃな?」
「素晴らしい魔法ですわ!」
僕が過去に思いを馳せていると、ツキとキエノがやってきて声をかけてきた。
2人は単純に、僕が強敵を封じ込めたことについて賞賛してくれた。
「そうなんだ。あの狼人間はベルセルク・ライカンスロープロードという魔物なんだけど、このまま閉じ込めておけば後数分で死ぬと思う」
「それではこのまま放っておけばよいと言うことじゃな?」
「いや、それでは僕が本当に望んだ結果とはならない。僕はベルセルク・ライカンスロープロードのテイムに挑戦することにしたぞ!」
「ほう、何か思うところがあるようじゃが、勇者の決断であればわしも賛成するとしよう」
「そこでツキ、もし【精霊魔法】でテイムが使えるようであれば、僕に教えてもらえないだろうか」
「ふむ、わしは【精霊魔法・中伝】までしか授かっていないので、魔物をテイムすることは出来ない。テイムは【精霊魔法・奥伝】の魔法じゃ。カグヤ様に直接聞いてみるのがいいじゃろう。念話して聞いてみるかの?」
「ぜひともお願いしたい」
するとツキはしばらく無言になり、フジ山の大精霊カグヤと念話をし始めた。
「ふむ、カグヤ様に聞いたところ、協力してくれるそうじゃ。キエノ、アレを出してくれ」
「はい、こちら、出発前にカグヤ様が授けてくれた精玉です。これを飲み込んで、【精霊魔法】大精霊召喚と唱えれば、カグヤ様が駆けつけてくれるとのことです」
精玉は、拳程度の大きさの水晶のような玉であった。
精玉の内部には青く光る小さな粒が渦を巻いており、神秘的に発光している。
モニリニアがアーコレードに無理やり飲み込ませた冥玉と対をなす物品であれば、使用に際して魂に相当な負荷がかかるはずであるが、果たして大丈夫なのであろうか。
「カグヤ様の話によると、【精霊魔法・奥伝】に達しているゼルお兄様であれば、大精霊召喚を使っても魂にかかる負荷はほとんどないそうです。いざとなれば危険を覚悟で私が使おうとも思っていましたが、もしよければお兄様に使っていただきたいですわ」
アーコレードは【冥霊魔法】を使うためには魂の強度が足りておらず、大冥霊召喚によって瀕死の状態となっていた。
自分もあのような状態になるかもしれないと恐ろしくもあるが、ここはキエノとカグヤの言葉を信じて試してみることにしようと思う。
「わかった、僕が精玉を使ってみよう。それでは精玉を飲み込んで……」
こんな大きな玉を飲み込めるものなのか。
僕は疑問に思っていたが、口の中に精玉を入れると、精玉は溶けて僕の体内に吸い込まれていった。
「よし、それでは、【精霊魔法】フジ山の大精霊カグヤ様召喚!」
僕が【精霊魔法】を使うと眩い光が発せられ、目の前にはカグヤが出現していた。
魂に感じる不調は今のところ無い。
「勇者ゼルコバよ、ツキから話は聞きました。哀れなわんこを助けてあげたいのだそうですね。その慈愛の心に賛同し、協力しましょう」
「カグヤ様、わざわざお越しくださりましてありがとうございます。こちらの魔木で作った繭の中に封じ込めているベルセルク・ライカンスロープロードという魔物をテイムし、無力化したいと考えております」
「【精霊魔法】テイムですね。その魔法を教えた記憶はありませんが……」
「えっと、実はですね」
僕は魔族モニリニアとの戦闘の中で敵がナラク谷の大冥霊クジャを召喚したことを伝え、そのクジャが【冥霊魔法】テイムによりベルセルク・ライカンスロープロードを魔導書グリモワールから召喚したことを話した。
「そうだったのですね。大冥霊はさぞ強敵だったことでしょうが、よくぞ生き延びました。しかしそこまでわかっていれば話は簡単です。この繭をゼルコバ専用の魔導書とし、【精霊魔法】テイムを発動するのです」
カグヤの話によると、僕が創り出した極薄の魔木を重ねた繭を魔導書とすることが出来るという。
魔導書は魔紙を重ねて製本したものであるが、層状に重ねた魔木も魔導書として扱うことができるのだ。
「本当は魔導書を用意して人工の魂を込める必要があるのですが、幸いにもこの繭は生きた魔木で作られているので魂を持っているようです。まずは繭を魔導書とするため、名前をつけて結魂してください」
なんとこの繭は魂を持っていると言う。
なるほど、まずは魔導書と結魂して魂を結合させる必要があるようだ。
僕は繭に両手のひらをあてて、【精霊魔法】を使うことにした。
「お前の名前は魔導書コクーンだ。【精霊魔法】結魂」
すると生きた魔木の繭は光を放ち、僕の魂とコクーンの魂が結合するのを感じた。
「さらに、繭に閉じ込めたわんこをテイムしてください。テイムする対象がゼルコバに屈服していればテイムが成功し、わんこは魔法化されて魔導書に収納されることでしょう」
「はい。【精霊魔法】テイム」
僕は結魂により魂が結合している魔導書コクーンを通して、中にいるベルセルク・ライカンスロープロードがコクーンの中に収納される感覚を覚えた。
「成功したようです」
「おめでとうゼルコバ、精霊魔法の新たなる高みに到達しましたね。これでいつでも魔導書コクーンを召喚することができ、さらにコクーンに封印されたわんこを召喚できることでしょう。封印したわんこは瀕死の状態のようですが、封印されている間は時間が停止した状態となるので、折を見て治療してあげると良いでしょう」
「ありがとうございます!」
こうして僕は凶暴なベルセルク・ライカンスロープロードを魔導書に収納し、生かしたまま無力化することができた。
僕がベルセルク・ライカンスロープロードを制御できるような実力を得たら、安全な場所で召喚して治療してあげようと思う。
「ゼルコバ様、ご無事ですか!?」
「坊主、上手くやったようだな」
「ゼルコバ殿の素晴らしい魔法に感度しました」
ヤエ公爵邸からはヨシノ、サイプレス、スリーズの3人がが出てきて、僕の無事と勝利を祝ってくれた。
こうして僕たちは、命懸けの長い夜を乗り切ったのであった。




