第98話 宴です。お酒の力は偉大ですね
戦闘の跡地にはおびただしい量の死体が転がっていた。
「これは酷いですね」
イラリアの顔が蒼白になっている。
「敵の主力全員ですから、相当量の死体でしょう。私はとても、とても、とても感動しています。なんと彼らは勇敢なことでしょう。これは丁重に埋葬しないといけませんね……書けましたか?」
私は書紀に聞く。
「はい」
「埋葬するんですか、師匠?」
「はい。私の祈りと命令により、地面に存在する微生物や野生動物が今から分解します」
「世間一般ではそれを野晒しって言うんですよ」
「丁重な埋葬です。それにこの量の埋葬をしていたら、いくら時間があっても足りません。雑兵に構っている時間があったら、街の一つでも落としたいです」
「言うに事を欠いて雑兵ですか? もはや人間をやめてますね。このままだと、呪われますよ?」
「守るもん君の呪いですら私を倒せないんですよ? 雑兵が束になった程度では私には敵いません。それよりも、ガット軍の司令官に挨拶をしたいですね」
「何するつもりですか?」
「挨拶ですよ? 挨拶の意味を知らないんですか?」
「意味は知っています。師匠が挨拶したいなんて常識的に考えたら、何か裏があるって誰でも察すると思います」
「発言の意図が不明ですね。慈愛と友愛に溢れ、神々しさが隠し切れない私としてはお世話になった、もしくはお世話してやったのだから挨拶しとかないと思ったわけです」
「恩の押しつけは、感謝どころかうざったがれますよ?」
「では、挨拶に行きましょうか」
「私の話聞いてましたか?」
私はガット軍の陣に入る。
「お初にお目にかかります、トエニ将軍」
「あなたがジーナ殿ですか。お噂はかねがね」
「どんな噂かお聞かせ願いたいですね、と言いたいところですが、今日は戦争祝いに皆様をおもてなししたいのですが、如何ですか?」
トエニ将軍は解答に困っている。
それは迷っているわけでなく、どうやって断ろうかと考えているようだった。
「お誘いはありがたいのですが、我が主に報告をしなくてはならないので……」
ガット家当主に報告をするという理由で断ろうとしてきたか。
「私たちはもてなすつもりで、お食事をご用意してしまったので、皆様がいらっしゃらないとお食事を廃棄しなくてはなりませんね。それに、帝国とガット家の今後の友好のためにも親睦を深めようと思ったのですが……」
私がそう言うと、トエニ将軍の後ろに控えていた参謀らしき男が耳打ちする。
トエニ将軍がうなずくとこちらに視線を戻した。
「では、ありがたくお誘いを受けようかと思います」
「それは嬉しいですね。ぜひともトエニ将軍のお話を詳しく伺いたいものです」
私たちはその日の夜にガット軍のすべての人間に食事とお酒を提供した。
「では、皆さん、お仕事に取り掛かってください」
私は炊事係兼作業員の侍女たちに命令する。
「「「かしこまりました」」」
侍女たちは液体の入ったフライパンを手に散開した。
「え? 待って? 何でガット軍の人が全員寝てるんですか?」
「イラリアはこれを見ても分からないんですか? 食事と酒に睡眠薬を混ぜたからに決まってるじゃないですか」
「決めつけないで欲しいのと、そんなことをしないでください。この人たちに何をするんですか?」
「彼らは見てはいけない物を見ました」
「何をですか?」
「私たちが白旗を無視して攻撃をしたことです」
「あの状況で見ないという方が無理があると思うのですが?」
「なので、フライパン教で代々受け継いできた蒸し焼き法を使い、彼らの記憶を消します」
「ツッコミどころが満載なんですけど? まず、代々受け継ぐって、師匠が教祖なのに代々とかありえないじゃないですか。あと、蒸し焼きでどうやって記憶を消すんですか?」
「特殊な薬品を混ぜた液体をフライパンで沸騰し、蒸気として飛散させます。そして、寝ている彼らにその薬品を吸わせ、狙った記憶を消します」
「驚異的な技術ですけど、フライパン関係ないですよね? 薬の力ですよね?」
「フライパンをバカにしてるんですか? 熱湯をかけますよ?」
「やめてください」
侍女長が私の前に来た。
「教祖様、準備が整いました」
「では、私たちは離れましょう。自分の名前が分からなくなってしまいますからね」
「え? 狙ったところだけを消すんじゃないんですか?」
「10から1万人に1人の確立で自分が誰だか分からなくなります」
「何ですか、その幅の広すぎる確率は? 10人に1人って、それは事故じゃなくて、もはや故意ですよ」
「何でもいいですけど、早く離れましょう。記憶が無くなってしまいますよ?」
私たちは薬品の飛散範囲外に移動して、夜明けを待った。
朝になると、ガット軍は大慌てで帰りの準備をしていた。
「いや、先日の宴会ありがとうございました」
トエニ将軍は昨日と違い、肩の荷が下りたような顔をしていた。
「いえいえ、とんでもありません。お楽しみいただけたのなら、何よりです」
「昨日の宴会のおかげか、背負っていた重荷を捨てられた、そんな感じがします」
「それは良かったですね。邪魔な、重荷は捨てるに限りますから」
「その通りですな。では、我々はこれにて」
「ええ、次も友好的な関係でお会いできることを願っています」
「私としても、そう願いたいところですな。では」
トエニ将軍が自らの陣に帰った。
「良い事をすると気持ちがいいですね」
「他人の記憶を消すことが良い事ですか? 師匠の善悪の基準はずいぶんとひねくれてるんですね」
「どういう意味ですか? 重荷を下ろして差し上げましょうか?」
「やめてください。記憶を奪わないでください」




