第82話 帝国へ?
私は化粧台の鏡に顔が映るように座る。
「師匠、帝国に行くんじゃなかったんですか?」
「行きますよ。でも、その前にするべきことを終わらせます」
「化粧ですか?」
「何言ってるんですか? ふざけるのも大概にしないと生き埋めにしますよ?」
「やめてください。あと、私は真剣に言っています」
「いいですか? この化粧台のように見えるのは化粧台に偽装した通信機です」
「通信機? どこかに繋がってるんですか?」
「はい。これは確か、魔王城の勇者さんの寝室の鏡に繋がっているはずです」
「寝室!」
「イラリア、静かにしてください。通信状況はどうですか?」
私は化粧台の近くで待機している侍女に話しかける。
「問題ありません」
先ほどの驚きようからは信じられないほどの冷静さでイラリアは話し始める。
「師匠、ルカさんに何か用があるんですか?」
「イラリアは私が今から帝国で何をするか分かりますか?」
「帝国の国力を削ぎに行くんですよね?」
「違います。帝国をフライパン色に染めるんです。その過程で、どうしても帝国が弱るので、その間に北の魔王の目を逸らすための囮が必要です」
「フライパン色って何ですか? じゃなくて、ルカさんを囮に使うんですか?」
「何か問題が?」
「単身で魔王領に送り込むなんて、死の宣告と同じじゃないですか!」
「そうですよ」
「そうですよ? え? ルカさんを捨て駒にするんですか?」
「やめてください。人聞きが悪い。生贄です」
「それ、どっちも変わりませんよ。師匠には良心が無いんですか? 仮にも一緒に魔王を討伐した仲じゃないですか!」
「討伐? ケメルさん生きてますよ? それに、魔王領での活動はほとんど私の成果ですよね?」
「でも……」
「イラリア、気持ちは分かります。でも、別れはいつか来るものです。悲しいですけど、頑張って耐えましょう」
私は立ち上がり、イラリアの肩に手を添える。
「自分で斬り捨てようとしている人間が何言ってるんですか? あと、せめて悲しそうな顔ぐらいしたらどうなんですか?」
「すみません。星教会にダメージを与えられると考えると笑いを押さえきれなくて」
「この人でなしめ」
私は席に着き、髪型を整える。
「まあ、そんなことは良いとして、勇者さんとお話をしましょう。マイクテスト、マイクテスト、勇者さん! 惰眠を貪るのは大概にしてください」
鏡に勇者さんの寝室が映る。
「ジーナの声? ここは俺の部屋だぞ?」
「勇者さん! 声は聞こえますね?」
「おい! どこだ! 下着を盗もうとしたって無駄だぞ!」
「ルカさんにトラウマを与えてるじゃないですか?」
「イラリアの声?」
「勇者さん、人聞きが悪いこと言わないでください。あなたの部屋で下着を盗んだのは聖女さんです」
鏡越しに勇者さんと目が合う。
「おい! これ、どうなってるんだ? 鏡にジーナの顔が映ってるんだが? と言うか、最近ジーナの姿を見ないがどこにいるんだ?」
「その鏡は通信機能と盗撮、盗聴機能がついている高性能な鏡なんです」
「は? 今、何て?」
「勇者さんは耳まで悪くなったんですか?」
「師匠、までを付けるのはやめてあげてください」
「俺の耳は悪くない! 盗聴、盗撮? てことは、俺がこの魔王城に部屋を借りてからずっと盗撮してたってことか!」
「はい。聖女さんと勇者さんは危険人物なので、おはようからおやすみまで、間違えました。勇者さんが初めて入室した瞬間から、今、まさにこの瞬間まで誰かが常に覗いていました」
「訂正後の方がひどいじゃないか」
イラリアが何やらぼやいている。
「おい! プライバシー!」
勇者さんが叫ぶ。
「師匠、盗撮した画像はオークションに出してませんよね?」
「会計部が勇者さんの未納している賃料に充てようと検討したそうですが……」
「おい! ふざけるな! それは冗談にならないぞ」
勇者さんが鏡越しに叫んでいる。
「映像や画像を記録するための魔導具が高価すぎて採算が取れないということで、見送られました」
「師匠、流石にやめてあげてください」
「イラリアは何で他人事なんですか?」
「え? 私の部屋にあった鏡も盗撮機能があったんですか?」
「何言ってるんですか? フライパン教関連施設の鏡はすべて通信機能がついてますよ」
「ちょ! 私のプライバシー! これは完全に犯罪ですよ?」
「何言ってるんですか? バレなきゃ犯罪じゃないですよ?」
「いや、今、師匠が全部バラしたじゃないですか。でも、師匠の部屋にも鏡ありましたよね?」
「私の部屋の鏡は私が入室したのと同時に通信機能を停止して、鏡にはカバーをしていました」
「何で、私に教えてくれなかったんですか?」
「え? だって、鏡から魔力の反応があれば、誰でも気づきますよね?」
「いや、無理だと思います」
「そんなんだから、イラリアはイラリアって呼ばれるんですよ?」
「イラリアは悪口じゃありませんよ」
「いいですか? 私のように熱狂的なファンが多いと年中、盗撮、盗聴、ストーキングは日常茶飯事です。それを跳ね返してこその教祖なんです」
「世界広しと言えど、そんなことをされているのは師匠だけだと思います。あと、信者をファンって言わないでください。ついでに、師匠の場合は好奇心で盗聴されてるんじゃなくて、危険人物だから当局に監視されてるんだと思います」
「面白い冗談ですね。私は権力者とはお金を送ったり、送られたりする仲なんですよ? 当局に監視されるなんて、ありえるわけないじゃないですか」
「何で、監視されないと思っているかが不思議なんですが」
「ジーナ、俺は2人のコントを見るために呼び出されたのか?」
「そんなわけないですよね? 用もないのに勇者さんに話しかけるほど私は暇じゃありません」
「おい! 何で急に攻撃してきた?」
「あ、そんなどうでもいい事は置いておいて、勇者さんって帝国って知ってますか?」
「帝国?」
「こいつも教育レベルが低いのか」
「師匠! もってやめてください。私はインテリです」
「イラリア? 俺の所も否定してくれ。俺はバカではないぞ」
「仕方ないですね。半グレ集団、夜露死苦から話し始めますか」
「師匠、その話は長くなるので、要らないと思います」
「え? 待って、半グレ? よろしく? すごく気になるんだけど?」
「勇者さん、空気を呼んでください」
「ルカさんも、師匠にだけは言われたくないと思います」
「勇者さんは北の魔王は知ってますよね?」
「ああ、北方にいる魔王の事だろ? それがどかしたのか?」
「実は北の帝国が魔王軍に攻撃されているようでして、民衆が見るに堪えない状況になっていて、助けて欲しいって書状が届いたんですけど、私、忙しくて行けないので、代わりに魔王をしばいてきてもらえませんか?」
「俺一人でか?」
「そこに大賢者さんや聖女さんいましたか?」
「流石にエドアルドやレラの支援が無いときついぞ」
「剣聖さんと盗賊さんの支援は無くても問題ないんですね」
「いや、俺はそんなことは言ってないぞ」
「まあ、今度本人に伝えておくので、再会した時に弁明でも何でもしてください。それで、行くんですか? 行かないんですか?」
「ジーナも来るなら」
「……仕方ないですね。では、私も行きます。ですが、やることがあるので、先に行ってきてください」
「いや、道分かんないのにどうやって……」
「大丈夫です。皆さん! 出てきてください! 仕事ですよ!」
勇者さんの部屋のクローゼットやベッド、天井から人が現れた。
「おい! 待て! ここ俺の部屋だよな? おい! 何してるんだ? ちょ!」
勇者さんは急に現れた男たちに取り押さえられて、布で包まれた後に箱に詰められる。
「箱に入らなければ、片腕か片足なら切ってもいいですよ」
「それはダメだと思います」
イラリアがぼそっと言う。
作業員が勇者さんを箱に押し込み、鎖で蓋が開かないようにする。
「教祖様、作業終了いたしました」
「お疲れ様です。取扱注意のラベルも張っておいてください」
「了解しました。では、失礼します」
通信が切れて、化粧台はただの化粧台に戻った。
「今のは何の茶番ですか?」
「勇者さんは今夜にも高級絨毯として帝国の国境を越えることになるでしょう」
「正気ですか?」
「では、私たちも急いで、支度をして帝国に向かいましょう」
「本当にルカさんと合流するんですか?」
「はい。帝国での仕事が終わって、本当にやることが無ければ」
「それ、合流しないって言ってるのと同じですよね?」
「早く支度して帝国に向かいましょう」




