第73話 天国から地獄
「師匠、戻ったんですね」
「はい」
「被害が少なくて良かったですね」
「まあ、敵に戦意が無い事や、諸々の条件がそろっていたので驚きはありません」
「でも、一万人も移動させるなんて、敵は何を考えているんですかね?」
「まあ、仕方ありませんよ。噂に尾ひれや背びれをたくさん付けときましたから」
「え? そんなことしてたんですか?」
「情報工作は基本中の基本ですよ」
「どんな噂を流したんですか?」
「プラシドさんがブタ族の本拠地で大量にとんかつを作ったという噂です」
「妙に現実味のある作り話ですね。確かにそれなら、故郷が心配になるはずですね」
「実際にはブタの丸焼きですけど」
「……何で、流した噂の方がマイルドなんですか?」
「衝撃はこれだけにとどまりません。実はその丸焼き、プラシドさんに同行した聖戦士たちに秘密裏に振る舞っていたようです」
「その情報も流したんですか?」
「聖戦士の精神衛生のことも考えて、控えておきました」
「その判断は正解だと思いますよ」
「他人事のように言ってますけど、イラリアも似たような被害に遭ってますよ?」
「は? ここ最近は魔王城から持ってきた牛肉や豚肉しか食べてませんよ?」
「おかしいですね。プラシドさんがずいぶん前に新鮮なイノシシ肉を豚肉の場所に潜ませたと言っていたのですが……」
「あの人、何してるんですか? って、あの肉、豚肉じゃなかったんですか?」
「イノシシ肉と豚肉の違いぐらい分かりそうですけどね。イラリアは味覚までおバカさんなんですね」
「までってやめてもらえますか? あと言い方がムカつきます」
「そういえば、私が流した噂の中には今回の戦争はイラリアが主導していて、私がイラリアの尻拭いのため、指揮を執っているという噂を流しておきました」
「何でしれっと私に責任を押し付けようとしてるんですか?」
「私は常に勝者でないといけないので」
「でも、ブタ族にしてやられたじゃないですか? その事実は消えませんよ?」
「何言ってるんですか? 事実よりも、公式記録にどのように残すかが重要なんです。真実は常に勝者によって、いい感じに誤魔化されるものなんですよ? 勝てば官軍負ければ賊軍ってね」
「クソ野郎ですね」
「私は殿方ではないので、野郎には該当しませんね」
「普通はクソの部分を否定すると思いますけどね」
「あ、いい時間ですね。そろそろ、休憩は終わりにしましょうか。グリッロさんはいますか?」
「私は疲れたんですけど」
「はい。教祖様」
「背後にいらしたんですね。モブ感が漂っていて気が付きませんでした」
「師匠はいつになったら、建前が使えるようになるんですか?」
「グリッロさん、潜伏を解除して、総攻撃です」
「かしこまりました」
「本気ですか? 少なくとも防衛側の3倍は兵が欲しいのにほぼ同等の兵力で攻城戦なんて無茶ですよ、師匠」
「問題ありません。敵は要塞の修復作業がほとんどできていません。しかも、主だった現場指揮官は一万のブタ族の兵士と共にどこかへ消えています。それに地下トンネルにより、城門を無力化しています」
「それ、気付かれてないんですか?」
「獣人族は攻城戦の経験が少ないので、そこら辺の対策も甘いんですよ」
「なるほど。でも、そんなにうまくいきますかね」
「まあ、ダメでもイラリアの戦績に傷がつくだけですし」
「やめてください」
敵は突然攻められたことにより、防衛が間に合わず、組織的な防戦を始めた頃には既に城門が占拠され、私たちに突破されていた。
「バリケード、まだ突破できませんか?」
私はグリッロさんが寄越した連絡役の兵士に話しかける。
「敵の弓兵に阻まれて、突破できないようです」
「魔術師に爆破させてください」
「現在実行していますが、敵の妨害で難しい状況です」
「何でもいいので早く突破してください」
「ひどい丸投げですね」
「現場のことは現場に任せた方が良いですから」
「都合のいいように解釈するのやめてください」
「でも、安全地帯でイラリアと雑談するのも飽きてきましたし」
「それを私の前で言いますか? あと、前線で戦っている兵士の気持ちになってください」
誰かが走ってきた。
「失礼します。ブタ族司令官が降伏いたしました」
「それは素晴らしい。司令官をこの場に連れてきてください」
「師匠、何するつもりですか?」
「早く連れてきてください」
「はっ、失礼いたしました!」
伝令の兵士が慌てて飛び出した。
「あなたもグリッロさんのところに戻ってもいいですよ?」
「では、失礼いたしました」
私、イラリア、グリッロさんはブタ族の司令官を囲むような形で座っている。
「この人どうしましょうか? 面倒なので死刑でいいですか?」
「面倒くさいが理由で殺される人の身になってください」
「グリッロさん、この人に人質の価値があると思いますか?」
「食費と寝床の無駄かと」
「精神的に追い詰めるスタイルですか?」
「そうですね。打ち首にしても、刃が欠けてしまってはもったいないですし。逃がしてあげましょうか」
「前代未聞ですね。刃こぼれを恐れて逃がすなんて」
「イラリアが不満なようなので、この場で斬首です」
ブタ族の司令官が命乞いを始めた
「許してください。何でもしますから。お願いです!!」
「師匠、許してあげてください」
「え? イラリアがまいた種なのに、私が悪いみたいになってませんか?」
「事の始まりは師匠です。私に何でも押し付けないでください!」
「では、私のイメージ向上のために、逃がしてあげましょう」
側に控えていた兵士が司令官を開放する。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
司令官は何度もお辞儀して、走っていった。
「感謝されると気分がいいですね」
「じゃあ、その手に持っている弓と矢は何ですか?」
私は矢をつがえて、弓を絞る。
そして、手を放し、矢を放った。
私の渾身の思いを乗せた矢は全力で走るブタ族の獣人にヒットし、無力化に成功した。
「私は弓に関しても才能があるようです」
「イメージ向上とか言う戯言はどうしたんですか?」
「彼は貴重な経験をしたことでしょう。敵に何故か許され、全力で故郷に向かって走る体験。故郷へ走っている時に後ろから狙撃される体験。これぞまさに天国から地獄」
「ゴミですね」
イラリアは吐き捨てるように言った。
「あ、グリッロさん、その司令官の首を獲ってくるように命令してください。生かしておくと私のイメージに傷がつくので」
「既に傷だらけで、傷つきようがないのですが」
「分かりました」
「グリッロさん、少しはためらってください」




