おまけ(そしてこれが一番大事)
三連休の初日、なにもする気がせずに自分の部屋でゴロゴロ転がっていた。
用事が重なったらしく家族は全員出払っており、家に居るのは自分一人だけだ。
「あー……暇だぁ」
読みかけていた異世界転生小説を閉じて、机の上に置いた。
俺の本棚には俺TUEEEな異世界転生小説が何冊も並んでいる。
スマホのお気に入りにもそんな小説がたくさん登録されている。
しかし、今読んでみると、いまいち入り込めないのだ。
たまに読むこともあるのだが、以前のように熱中しっぱなしで読むことはなぜかできなくなっていた。
「あ~あ……」
天井を見上げながら、あの冒険を思い出した。
俺が異世界に行って帰ってきたのは、一ヶ月前だ。
俺はトラックに轢かれて異世界に跳び、そしてトラックに轢かれる前に戻ってきたということになっている。
しかし、逆に言えば現実には俺にはなにも起こっていない。
異世界に行った痕跡は何もなく、持ち帰ってきたスキルも呪いも一切無い。
学校に行っても女子は倒れなかったし、聖なる笹がないから動けないなんてことも無かった。
本当に、俺は異世界に行ってきたのか?
「白昼夢……だったのかなぁ」
考えてみれば、あんなナンセンスな異世界転生なんてありえるのだろうか。
クラスの奴は異世界から美少女まで連れて帰ってきているのに、俺にはなにもない。
残っているのはただの記憶だけだ。
唯一の手がかりは、小林の連絡先だ。
だが、電話番号を聞いたのは最初の頃の話で、数ヶ月の旅の間にそんなものは忘れてしまった。
せめて、魔王戦の前に聞いておけば良かった。
「小林……小林、ねぇ。なんとも普通の名前をしやがって」
群馬県ということを聞いていたから、一度調べようとしてみたこともあった。
しかし、どうやって調べればいいかもわからないし、そもそも小林という名字はあまりに一般的すぎる。
せめて市町村名ぐらい聞いておけば良かった。
そもそも、小林なんてやつは居たのだろうか。
日村なんて魔王はいたのだろうか。
銀髪、女神、茶屋のじいさん、ゲルトじいさん、あとは受付のおばあちゃんとか農家のファーモさんとか、とにかくあの人たちは本当にいたのだろうか。
ただの俺の夢だったのではないだろうか。
「ってか、夢なら夢で……なんでパーティ前に終わるんだよ」
結局魔王を倒した瞬間にこちらに戻ってきてしまって、美少女にも会えなかった。
あれが本当に現実だったなら、だ。
日に日に記憶が曖昧になっていき、どんどんただの夢だった気がしてくる。
一度友人に話したのだが、「おもしろい話だな」とは言われたものの、全く信じている様子ではなかった。
その後は誰にも話していない。
もちろん家族にも言っていない。
「夢……ま、夢なんだろうな」
頭を振り払って立ち上がった。
たぶん、小林なんてやつはいなくて、日村なんて魔王もいないのだ。
ただ俺が見た白昼夢だったのだろう。
そう考えないと、自分の心の折り合いがつかない。
「よし、ま、部屋の片付けでも……」
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「宅急便か?」
玄関に出て、扉を開けると、そこに居たのは宅配の人……ではなく、中学生くらいの男子だった。
短い黒髪がつやつやと輝き、賢そうな顔をしていた。
「ん?」
とっさに思ったのは、友達の家に行こうとした中学生が家を間違えたということだ。
「えっと……うちは桃山だけど、家を間違えていない?」
「あ、やっぱり桃山先輩ですね。よかった、あのときとちょっと様子が違ったので人違いかと一瞬あせりましたよ」
中学生はニコッと笑った。
「は? いや、俺は君とか知らないけど……」
そう答えると中学生はまた笑った。
「あぁ、すいません。こちらでは元の姿なんですよ。僕です。日村です」
「ひむ……ら……?」
頭の中をぐるぐるっといろんな光景が駆け抜けていった。
「ええ……日村!? 日村!? ま、魔王の!?」
「あんまりその名前を言わないでくださいよ。恥ずかしいので。それに今は表向き死んだことになってますし」
思わず目頭が一瞬熱くなったので、慌てて瞬きして涙がでないようにごまかす。
そうか、あれはただの夢じゃなかったんだ。
本当のことだったんだな。
「そ、そうか! 懐かしい! 時間あるか? そう、思い出話でもしてけよ!」
俺が日村を迎え入れるために玄関を全開に開けた。
すると、扉の向こうにもう一人の人影があった。
「よ」
すこし気恥ずかしそうに手上げたのは、小林だった。
「え……お前……」
少しの間、呆然とした。
俺が日村の顔を見ると、日村がしてやったりという顔をした。
「先輩たちを探すのは大変だったんですよ。特殊スキルも無いから、感知スキルでも全然掴まらなくて」
「お、おう、日村、迷惑かけたな! ってか、えっと……小林、そっちのほうはどうだったんだ?」
小林に聞くと、小林は少し悩んでから答えた。
「どうって……とりあえず、飯がやたらうまく感じるな」
「あ、あぁ……それはわかるけど、そういうことじゃなくて」
「とても、一言ではなぁ……」
小林が照れくさそうに視線をそらす。
こうしてみると異世界に居たときより少し細身に見える。
やはり異世界で肉体労働ばかりしていたので筋肉がついていたのだろう。
自分もこちらに帰ってきてから、自分の体がかなり細く感じた。
「まぁまぁ、先輩方、つもる話を玄関先でするのもあれですので、旅でもしながら話しませんか?」
日村がスマホを取り出して、俺に突きつけた。
そこにはここから群馬のどこかへの電車の経路が表示されていた。
「ただし、異世界と違って歩きではなく電車ですけどね」
「え……?」
すると、小林は口を開いた。
「どうせ三連休だろ? それがさ、実は俺のうちの近くのパン屋が自然酵母のパンを作ってるんだけど、これがよほど腕が悪いらしくて、クソまずいんだ。だけどな、それがあの世界のパンにかなり似てるんだ。それを食べたら、ちょっとお前にも食わせたくなってさ」
「え……あの世界のパン。な、なんか食べたいな」
あんなにまずかったのに、不思議なことに時々食べたくなるのだ。
食べて後悔することになるのは分かっているが。
「じゃあ、行きますか? 本当は転移で移動できればいいんですが、こっちの世界では人を連れて転移できないんですよ。だから電車になりますが……」
と、日村が言いかけた。
しかし、俺はすでに行動を開始していた。
「行く! 行くから、すぐに準備するからちょっと待ってろ!」
二人を玄関に招き入れてから、俺は猛然と荷物をまとめ始めた。
「そんなに急がなくても大丈夫だぞ」
と小林が冷静に言ったが、俺は聞かずに廊下を駆け抜けた。
「いやぁ、まるで小林さんを見ているようですね。小林さんも最初に僕が名乗ったとき大騒ぎしていましたもんね」
「仕方ないだろ。驚くに決まってる」
荷物を持ちながらチラリと二人を見ると、小林が日村を見る目は全く普通だ。
男の娘じゃなくなったので、普通の関係になったようだ。
安心だ。
ってか、とにかくまとめないとな。
荷物をバッグに無理矢理詰め込んで、玄関に走り込んだ。
「よ、よし! 行くぞ!」
「おいおい、大丈夫か。忘れ物してそうだが」
小林が言う。
「あぁ、大丈夫ですよ。僕一人ならいくらでも転移できますから、忘れ物があったら僕が取りに来れますから」
と、日村が言う。
「日村……相変わらずチート野郎め! ってか、向こうの異世界はどうなったんだよ!」
「それは複雑なんで、道すがら話しましょう。あと、おじいさん達についても話したいことはたくさんあるんです。でもとにかく、めでたしめでたしでうまく回っているので安心してください」
日村が親指を立てた。
「あぁ、俺も日村から聞いたよ。あれからいろいろあったみたいなんだ。聞いて驚くぜ。じゃ、行こうか」
小林が歩き始めた。
「勇者と魔王一行の電車旅ですね」
と日村が言った。
「勇者って……俺たちモブ転生者だったんだけどな」
「いえいえ、どんな形であれ魔王を倒したんですから、立派な勇者ですよ」
「お前……中学生のくせにおだてるのうまいなぁ」
俺は笑って日村の肩を叩いた。
「よし、じゃあ行くか。目指せ、まずいパン屋」
俺は荷物を抱えて、一足先に歩き出した小林を追いかけた。
~おしまい~
ここまで読んで頂いた方へ
このヘンテコな物語を最後まで読んだあなたこそ勇者です!
作者から勇者の称号を差し上げます!
作者として書き上げた雑感は、長くなるのでnoteに載せておきます。
https://note.com/nanai/n/n842776c8aa5e




