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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
間章
174/189

閑話 ~アルクラドとカンクリーの酒宴~

 スーデンの町にて魔王討伐への参加要請の報せを聞き、また大量の酒を買いこんだアルクラドは、山里へと戻り、早速酒を片手にカンクリーを堪能していた。

 アルクラドに酒を買わせにいかせてしまったことをしきりに恐縮していたシルド達であるが、アルクラドが酒を買う様子にもまた驚かされていた。

 何よりも彼らが驚いたのは、スーデンの町へ戻る為に、アルクラドが空を飛んだことであった。

 星が煌めく深い紺色の空を隠す、漆黒の羽。夜空に溶ける様に遠ざかっていくその姿を、驚きから立ち戻った山里の住人達は、拝む様に見つめていた。

 そして次に驚いたのが、巨大な酒樽を、2つもぶら下げて戻ってきたことだった。樽は人が1人収まりそうなほどに大きく、その中にはそれぞれ葡萄酒と穀物酒が入っていた。

 これだけの酒を1人で飲み切れるのだろうか、と思ったシルド達であったが、アルクラドは山里の住人達全員と飲むつもりで、これだけの量の酒を買ってきたのであった。アルクラドから酒を分けてもらうなど、とまたもや恐縮するシルド達であるが、アルクラドの強い勧めを断るわけにもいかず、皆で酒樽を囲むこととなった。

 まず1つ目の酒樽、白の葡萄酒を飲んでいった。今まで酒を飲む機会がなかった山里の住人達であるが、普段から使っているカンクリーの殻や木を削りだした碗を杯としていた。

 氷果酒ヴァングラースと違い、甘味が少なく酸味のある、葡萄酒の中では安い部類に入る酒。飲んだ瞬間、未熟な果実を噛んだ様に酸味が口の中に広がる。それを飲み込めば、後味に僅かな甘味を感じ、鼻の奥から爽やかな果実や花、そして僅かに木の香りが抜けていく。しかしやはり酸っぱいことに変わりはなく、単体で飲むにはやや酸味が強すぎる酒であった。

「かなり酸い酒であるな……」

 アルクラドが無表情なのはいつものことであるが、シャリー以外、酒の酸っぱさを顔に出す者はいなかった。しかし山里の住人達は皆、努めて美味そうな表情をしている様であった。

 期待外れの酒の味に落胆気味のアルクラド達であったが、カンクリーを食べるとその様子は一変した。

 確かに酒は酸味が強い。しかしその酸味がカンクリーの甘さを更に引き立てていた。生で食べれば強い甘さが更に増し、火を通すことで隠れてしまった甘味が再び顔を出す様になった。また強い旨味の奥に隠された繊細な味わいも、葡萄酒の酸味のおかげで、はっきりと浮かび上がっていた。

 そしてまた酒を口に含む。

 アルクラドを除く全員から感嘆の声が漏れた。

 顔をしかめ、口をすぼめたくなる酸味が穏やかになっていた。強い酸味の後ろに隠れていた果実の甘味が顔を出し、酒自体の旨味もそこはかとなく感じられる様になった。後に引く果実の風味や、鼻から抜ける花の香りも鮮明に感じられる様になり、どこか川辺の花畑にいる様な心地さえ感じていた。

「美味であるな」

 呟く様なアルクラドの言葉に、皆が一斉に頷く。期待外れだと思った矢先に、想像以上の美味しさを感じ、それぞれが思い思いの言葉でその美味を表現していた。

 美味い美味いと、カンクリーを食べ葡萄酒を飲む面々であるが、途中でその晴れやかな表情が曇った。カンクリーのはらわた肉醤にくびしおを食べた時である。

 元々、カンクリーの持つ生臭さが強く出たそれらの調味料であるが、葡萄酒と一緒に食べると殊の外、酷かった。

 カンクリーの持つ臭いと果実の香りが反発しあい、生臭さが酷く強調されるのだ。加えて甘味が随分と抑えられ、強い苦味が全面に押し出されていた。葡萄酒の味わいも、酸味こそ強く感じないが、果実の皮の様なえぐみや渋味が現れていた。

 はっきり言って、カンクリーはその本来の美味しさが失われ、葡萄酒は単体で飲むより、飲みにくさが増していた。

「これは不味い。酒とはらわたとを共に食しては駄目な様であるな」

 無表情に言うアルクラドの言葉に、全員が力強く頷いた。身だけであればどの様な食べ方をしても葡萄酒に合ったが、はらわただけはどうしようもなく、合わなかった。

「次の酒を試すとしよう」

 アルクラドとしては特に好みであった肉醤にくびしおと葡萄酒が合わなかったことは残念であるが、カンクリーと相性が良いこと自体は喜ばしいことだった。気を取り直して、もう一方の樽の蓋を開ける。

 それは、麦の様に小さな実をたくさんつける穀物から造られた酒であった。ほんの僅かに黄色味がかった酒は澄んでいるが、元は白濁した酒を濾したものなので、その名残でほんのりと白く濁っていた。

 匂いは僅かに酢の様な香りがするが、鼻を刺すこともなく、嫌味な感じではなかった。また蒸した穀物の様な甘い香りも僅かにするものの、全体としては酒精を強く感じるといった印象であった。

 口に含めば、香りと近い印象の味わいであった。酸味と甘味があり、それよりも強めに酒精の苦味を感じる、少しクセのある味わいであった。葡萄酒ほど飲みにくいというわけではないが、素直に美味しいと思える酒ではなかった。

 しかし葡萄酒の例がある為、アルクラド達は落胆することなく、カンクリーを食べ、穀物酒を飲んだ。

 皆の反応は、一様に芳しくない。

 美味くはなった。カンクリーの持つ甘味や旨味が、酒精の刺激を抑え、酒の持つ甘さや旨味を感じやすくなっていた。カンクリーの方も、甘味はそこまででもないが、旨味は単体で食べるよりも引き出されていた。しかし葡萄酒の時ほどの劇的な変化がなかった。もし穀物酒を先に飲んでいれば感動できたかも知れないが、葡萄酒の時の感動には大きく及ばなかった。

 葡萄酒ほど美味しくならなかったのは残念だが、不味くならなかったのだから良しとしよう。そんなことを考えていた皆の表情に変化が現れたのは、はらわた肉醤にくびしおを食べた時であった。

 生臭さが消えたわけではない。しかしそこから嫌らしさが消えていた。カンクリーの持つ香りや風味が全て凝縮されたのがはらわたであり、その中の臭いと言える部分が酒の香りと結びつき、穏やかになっていた。すると生臭さの奥に隠れていた旨味や甘味までをも強く感じることが出来、はらわた肉醤にくびしおを単体で食べるよりも美味しさを感じることが出来たのだ。

 酒の味も、はらわた肉醤にくびしおの苦味があるからこそ甘味が引き出され、強い旨味が酒精の苦味を和らげており、身以上に相性抜群であった。

 無表情で小さく唸るアルクラド。穀物酒にしても、期待外れから予想以上の変化をし、カンクリーとの好相性を見せてくれた。

 葡萄酒に穀物酒、得手不得手があったが、共にカンクリーをより美味しく食べることが出来た。己の過去の話を知る前に、更なる未知の味を知ることが出来て、アルクラドは満足げに頷いていた。

「酒は未だある。其方らも大いに飲むと良い」

 初めは恐縮しきりで舐める様にしか酒を飲まなかったシルド達であるが、カンクリーと共に飲む美味しさ故か酔いの為か、宴が進むにつれて杯を高く傾け酒を堪能していた。そして各々が酔いに任せて先祖伝来の歴史を語る様を、アルクラドの杯を傾けながら静かに聞き入るのであった。


 広大な平原を4人の男女が歩いている。その内1人の少女は、青年に背負われているが。

「……ここは?」

「起きたか」

 少女が目を覚まし、青年に問う。

「スーデンに戻ってる途中だ。町に戻ったら、国へ戻るぞ」

「そうか……あいつはっ!?」

 前見ながら言う青年の言葉に、少女は彼の背中の上で身体を跳ね上げる。

「暴れるな! ……最後の攻撃の後も、あいつは平気だったぜ」

「そんなっ、あれで無事なはずが……!?」

 諭す様に言う青年の背に身体を預け、しかし少女は手を握りしめる。

「とにかく今は、国に戻って身体を休めろ、今回はいつになく無茶をしたんだからな」

 青年は呆れた様に言う。魔族との戦いになると我を忘れがちになる少女は、時折必要以上の力を出してしまうことがある。それ故、青年は自身のことを彼女のお守役などと言っているのだが。

「それに聖剣も俺達が持ってる。時間をかけて使いこなして、次こそ勝てばいいさ」

「聖剣を? どうして……」

「お前があいつを殺すまで、お前に預けておくだとさ」

 やや困惑する少女に、商人風の男が手に持つ聖銀の剣を見せる。金色の光を湛えた剣を見て、しかし少女の表情は複雑だ。国の至宝とも言える失われた聖剣を手にしたことは喜ばしいことだ。だが何故、敵として戦った相手が、自分達に聖剣を渡したのかが分からない。

 そんな彼女に、青年は敵であった男の言葉を伝える。それを聞き、少女は歯噛みする。

 聖剣を持った程度では、命を脅かされはしない。

 そんな相手の強者としての、自信と驕り。そして自身との圧倒的な力の隔たりを感じたのだ。

「あいつのこと、国に報告するか? 魔王に加えてあんな強敵が現れたなんて知ったら、上の連中も頭を抱えるだろうけど」

「報告はしない、意味がないからね。聖剣を持った私が勝てなかったんだ、国の聖気使いは誰も敵わないさ。それに魔王のことも、きっと心配ないよ」

「どういうことだ……?」

 人族に攻め入ろうとしている、最強の魔族である魔王。そしてそれに比肩しうる敵が現れたのだ。これは人族にとって大きな危機であるはずなのに、少女は違うと言う。

「ドールに魔物が押し寄せた時、何故かあいつはドール側に付いていた。恐らく今回も魔王とは逆の立場にいるんじゃないかな? あれだけの力を持った奴が魔族側の間者じゃないだろうし、そもそもそんなことをする奴じゃないでしょ」

 少女の言葉に、青年は確かに、と頷く。あれだけの力があれば、人族など何の抵抗も出来ずに滅ぼされてしまう。ただ力を振るうだけでいいのだから、策を弄する必要などないのだ。

「魔王とどっちが強いか知らないけど、生き残った方もかなりの傷を負ってるだろうし、そこを叩けばいい。それまでに聖剣の力を使いこなさないと……」

 強大な敵の姿を脳裏に浮かべながらも、彼女は強い意思をその瞳に宿す。次こそは必ず、と。

「……まずは身体を休めろよ」

「そうだね」

 自身を気遣う仲間の言葉に微笑み頷きながら、彼女は胸の内に暗い炎を燃やすのであった。

お読みいただきありがとうございます。

危機を退けた宴の様子でした。

やっぱり美味しい食べ物には、美味しいお酒が必要ですね!

またアルクラドが登場しない場面も少し書いてみました。

意味深な感じですが、彼女が再び登場するかは分かりません。


少しお時間いただきまして、次章へ移ります。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] アルクラドの本気が見れそうな相手の聖女がアルクラドを倒すことを諦めていないところ [気になる点] 聖女がアルクラドを倒そうとするのはいいけど漁夫の利を狙っているのが気に食わない [一言] …
[良い点] 蟹がとても美味しそう。 [気になる点] 聖女達信念を通す所がとても良いと思うけどそれはそれとして気にくわない。 [一言] 聖女達が気にくわないけど敵対心バリバリで敵キャラとしてちょっと好き…
[一言] 聖女どもが気に食わん…
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