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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第13章
173/189

魔王討伐へ向けて

 自分達を殺す為に、聖なる者がやってきた。そしてそれを漆黒の麗人が退けた。

 強大な支配者が自ら矢面に立って戦う。

 祖先より語り継いできた伝承にも無いその光景に、奇異なる者達アッズの子孫達は、ただただ平伏した。中には涙した者もいた。

「シルドよ」

 そこへ彼らを平伏させた張本人が歩み寄り、山里の住人達の長へと声をかける。

「何と申し上げれば良いか……祖のみならず我らもまた御身の御恩を賜るとは……」

 声をかけられたシルドは、これ以上ないほど頭を低くし、震えながらに言う。

「構わぬ。この里に居る内は其方らを護ると言った故な」

「我らは御身に何も報いる事が出来ておりません。我らに出来る事があれば何なりとお申し付け下さい。命に代えても、必ずや成し遂げます」

「では食事を頼む。朝の食事を終えたばかりではあるが、腹が空いた故な」

 平伏しきりのシルドに、アルクラドは言う。アルクラドにとってみれば、食事と昔語りの礼に、シルド達を守ったのであり、追加の報酬など必要なかった。しかしシルド達からしてみれば、それらが山里の住人全員の命と釣り合うとは到底思えず、何とかしてその恩に報いたかったのだ。

「承知致しました。皆の者、宴の準備だっ!」

 昨夜、盛大な宴を行ったばかりであるが、誰も異を唱える者はいなかった。各々宴の為に、自分の出来ることを始めていった。ある者は沢にカンクリーを獲りに向かい、ある者は横穴から薪を運び出し、ある者はかまどを組み上げていった。

 彼らの住む山間の窪地は、2人の強者の戦いの為に、大地の至る所に大きな傷痕が残されていた。しかし元より家屋などはなく、住居である横穴は無事である為、誰も大地の惨状を嘆くことはなかった。

「酒が無く、またカンクリーだけで御座いますが……」

「構わぬ」

 アルクラド達は新しく熾した焚き火の傍により、宴の準備が整うのを待っていた。その間、シルドは酒を振舞えないこと、また昨日と同様、カンクリーや芋だけしか出せないことを申し訳なく思っていた。しかしアルクラドにとってカンクリーは未知の味ではなくなったが、美味であることに変わりはなく、美味しい物を食べられるならそれで充分であった。

「……酒を買う為に、スーデンへ戻っても良いかも識れぬな」

 しかし、ふとアルクラドは思った。カンクリーだけでも充分ではあるが、酒があればなお良い、と。その気になれば町にもすぐに戻れる、とも。

「そんな……御身に使いの様な真似など……」

「構わぬ。姿を隠さねばならぬ其方らでは面倒が多かろう」

 自分達の至らぬ点をアルクラドに補ってもらうなど、到底許されることではないと慌てるシルドだが、アルクラドは緩く首を振る。自分が欲しいと思う物を自分が買いに行くだけなのだから、何でもない、と。

「ギルドにアルクラド様への報せが来てるかも知れませんし、戻ってみるのもいいかも知れませんね」

 酒のことは別にしても、一度町へ戻るべきだとシャリーは思っていた。エリーの言葉を信じれば、魔王討伐に向けて動いている各国から、討伐隊への参加要請が来ているはずだからである。

「うむ。だが先ずはカンクリーを食し、町へは夜明け前に発つとしよう」

 アルクラドは完全に酒を買いに町へ戻るつもりでいたが、今は何よりも腹の虫を黙らせる必要があった。

「承知しました」

 アルクラドに酒を買いに行かせることに恐縮しきりのシルドであったが、謝辞し続けるのも不敬だと、静かに頷いた。

「どうして夜明け前に? 町までは5日くらいかかりますし、食事の後すぐでもいいんじゃ……」

「この里に人族の目は無いが、町にはある。だが人目の少ないその時刻であれば、町に降り立とうとも目立つまい」

「えっ……?」

 どうやらアルクラドは陸路を行くつもりはない様だった。シャリーもカンクリーを食べるのを楽しみにしていたが、宴を心から楽しむことが出来なくなってしまったのであった。


 夜が明け、朝鐘が鳴ったと同時に、アルクラドとシャリーはスーデンの町へと戻ってきていた。エリーとの戦いを終え、宴で大量のカンクリーを食べた翌日であった。

「酒を買える店はまだ開いておらぬであろうな。先ずはギルドへ向かうとしよう」

「……そうですね」

 町に入るなりスタスタと歩いていくアルクラドの後ろを、シャリーは杖を突きながら震える足で追いかける。

 時間にして数刻に満たない空の旅ではあったが、シャリーは精魂尽き果てそうなほど憔悴していた。以前に空飛ぶ経験をした時は1日、2日ほどの時間があったが、離地と着地以外は半ば意識を手放していた。その為、今回と恐怖の度合いがさほど変わらなかったのである。3回目ともなれば慣れそうなものであるが、その境地に至るにはまだまだ経験が不足している様であった。

 しかしシャリーの中で、ある程度の覚悟は決まっていた。町から山里へ戻る際に空を飛ぶことは容易に想像が出来る。また空を飛び町と山里を往復したのだから、大平原を渡るのも大して変わりないだろう、とアルクラドが言うのも予想されたからだ。

 覚悟というよりも諦めに近いが、アルクラドが飛ぶと言えばそれに従おうとシャリーは考えていた。酒を買いに行くのだから強い酒を手に入れ、それを飲んで意識を手放すのもありかも知れない、とも。

 そうして2人がスーデンのギルドへ着くと、朝になったばかりということで、中に冒険者の姿はほとんどなかった。少ないながら、例の如く集まる視線を無視して、アルクラド達は受付へと向かう。

「我はアルクラド。魔王討伐に関する報せが来てはおらぬか?」

「……魔王討伐?」

 名乗りながら尋ねたアルクラドの言葉に、受付の職員は訝しげな表情を見せる。

 後で聞いた話ではあるが、かつて魔族と争う最前線の1つであったスーデンも、長い平和の中で町に集まる冒険者の実力が下がっていた。その為、魔王討伐などという最難度の依頼を指名される冒険者などいないのであった。

 そしてギルドの職員ですらその様に思っていたのであったが、彼女はすぐに思い出した。各国が国を挙げて魔王討伐の戦力を集めており、このギルドでも冒険者を募っていることを。そしてそれに併せて、ある個人への参加要請がなされていることを。

 銀の髪、深紅の瞳を持つ美しい男。エルフの少女を連れ、揃いの黒い衣装に身を包んでいる冒険者。名はアルクラド。

 王都ギルドからの通達を、受付のギルド員は一言一句過たず、正確に思い出した。そしてそれが、目の前に立つ人物の外見と寸分違わず一致していることに気付き、慌てて居住まいを正した。

「しょ、少々お待ちください……!」

 彼女は若干上ずった声で言いながら、アルクラドへの伝言を記した紙を探し始めた。魔王討伐への参加を指名される様な冒険者に失礼があってはいけないと、緊張と怯えの混じった表情を浮かべていた。

「お待たせ致しました、読み上げてよろしいでしょうか」

「うむ」

 彼女は手に持った紙に目を落とした。

「ドール王国、ラテリア王国、獣国アリテーズの国王陛下、並びにギルド長、及びプルーシ王国ギルド長補佐ラインによる、連名のご指名です。内容は以下の通りです」

 そう前置きして、彼女はアルクラドへの伝言を読み上げていった。

 内容はアルクラドへの討伐隊参加要請と、魔界へと攻め入る時期についてであった。

 参加要請に関しては、何が何でも参加して欲しいと強く訴える文言が並べられていた。理想は作戦開始前に合流すること。もしそれに間に合わない場合、どんなに遅れてもいいから参加して欲しい、と。

 そして討伐隊が侵攻するのは春の初め。暦が春に変わる頃にスーデンに集まり、最後の準備を整えて魔界に向かう様だった。春と言えば、暦の上では既に冬の終わりが近づいており、あと1旬もすれば春になる。討伐隊の侵攻時期は、もう間近に迫っていた。

「うむ。言伝は確かに聞き届けた」

 話を聞いたアルクラドは、そう言って頷いた。

「あの……それは依頼を受けていただけるということで、よろしいでしょうか……」

「それは分からぬが、討伐隊と共にこの町へは集まろう。そう言伝を頼む」

 アルクラドの曖昧な返答を依頼受諾と受け取ったギルド員であるが、それに続く言葉に大きく目を見開いた。

「3国連名の指名ですよ!? お受けになられないんですか!?」

「受けぬ訳では無い。討伐隊の者と話をし決める故な」

 3国の王直々の指名を断る可能性を示すアルクラドに、彼女は驚きを隠せなかった。いかに一流の冒険者であろうと、国王と比べれば地位も権力も大きな隔たりがある。指名という形を取ってはいるが、もはや勅命の様なものであり、普通は断ろうとも思わないし、そもそも断れない。

 二の句を継げずにいるギルド員を横目に、アルクラドは踵を返してギルドを後にした。

「アルクラド様、どうしてすぐに依頼を受けなかったんですか?」

 ギルドを出て、酒を売っている店を探す道すがら、シャリーが尋ねる。アルクラドが積極的に魔王と戦うつもりが無いことは知っているが、戦となれば大勢の人が死ぬ。その被害を抑える為に、戦いに参加するのではと思っていたのだ。

「殊更に魔王を討つつもりは無い故な」

「依頼を受けないんですか?」

「受けぬとは限らぬ。魔王とやらとは戦う事になるであろう故な」

 どうやら魔王と戦う可能性はあると思っている様だが、しかしそうすると依頼を受けないかも知れないというのが分からない。

「何れにせよ、会うて話すまでは分からぬ。それよりも今は酒だ。討伐隊がこの地に来るまで時が無い故な」

 アルクラドはこれ以上この話を続けるつもりは無い様で、酒を売る店を求めて視線を彷徨わせている。討伐隊がスーデンに来るまで、およそ1旬。それまでの間に、奇異なる者達アッズの子孫達から話を聞き、またカンクリーと酒を思う存分楽しむつもりなのである。

「ここであるか。さて、どの様な酒が良いか……シャリーよ、入るぞ」

「はい」

 酒の販売店を見つけたアルクラドの頭の中は、カンクリーと酒の相性のことで一杯になっていた。そして何種類かの酒を、料理屋の仕入れの様な量で購入した。そして夜が更けると、山里へ戻る為に飛び立つのであった。


 冬が終わり、春が訪れた。

 朝晩はまだ寒さが強く残っており、時折吹く風は冷たい春の初め。

 各国の精鋭たる戦士達が、人族領の果ての地の1つ、スーデンへと集結した。歴戦の剣士、魔法使い、冒険者、人間ヒューマス、エルフ、ドワーフ、獣人ビースツと様々だ。

「ふぅ、やっと着きましたね。あのお方は来て下さるでしょうか?」

 老齢の女性が、長旅は大変だったという様な言葉を、疲れた様子を全く見せずに言った。しかしこれからのことを思い、僅かに不安げな様子を見せた。

「どうでしょう。案外、既に魔界に入っているかも知れませんね」

 傍付きの、若い騎士が苦笑気味に言う。彼女の言う人物は、たとえどんな無茶でもやってのける可能性がある、それだけとんでもない力を持っている。そのことを彼は良く知っているからだ。

「ふふっ……そのついでに、戦いも終わらせてもらえれば、ありがたいですね。戦士達には無駄足を踏ませることになりますが」

 戦いが終われば、ここに集めた戦力が意味を無くしてしまう。しかし戦いが始まれば、少なからず犠牲が出る。それと比べれば、戦いの準備が無駄になることなど、安いものである。

「さて、ここが最後の安息の地です。旅の疲れを癒やし、主立った方達とは作戦の確認を致しましょう。皆さんへ指示を」

「はっ」

 遠くは遙々ドール王国からやってきた、討伐隊の面々。このスーデンの町で最後の休息を取り、厳しい戦いへと向かっていくのであった。

お読みいただきありがとうございます。

聖女との戦いの後、かなりあっさりした感じですが、これで13章はお終いです。

魔王との戦いがいよいよ間近に……!

閑話を挟んで次章に移ります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。聖女戦の話が思った以上に重かったので、とても読み応えがあって、今回も魔王討伐の話とすごくストーリーが進んでて、びっくり半分、楽しみ半分で読んでます。魔王も依頼も、とりあえず…
[一言] アルクラド様「シャリーよ行くぞ」 シャリー「はい」スン アルクラド様「シャリーよ入るぞ」 シャリー「はい」スンスーン アルクラド様「シャリーよ飛ぶぞ」 シャリー「はい」スンスンスーン
[良い点] 蟹食い宿に長居しましたね。 アッズの居住地に討伐軍の進路が重ならないように予めアルクラドたちが誘導するのが良いと思いますが、ちゃんと街に戻ってきているのか
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