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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第13章
172/189

聖女の矜持

 剣を支えにして、震える手足で地に立つエリー。その驚きと怖れに満ちた目が、アルクラドへと向けられている。

「聖剣の力を超える奴なんているはずが……そんな、まさか……」

 ゆっくりと近づいてくるアルクラドを見つめながら、彼女はうわ言の様に何かを呟いている。

「其方はもう動けまい。訓練はこれで終い、其方の負けである」

 エリーの傍へと来たアルクラドは、そう言って彼女の鼻先に漆黒の剣を突き付けた。命のやり取りはない戦いであったが、いつでもエリーを殺せる態勢であり、それでもって彼女の敗北としたのである。

「聖剣の力でも消しきれない魔力……まさか、お前は……」

「その先は口にせぬ事だ」

 相手を見上げながら震える声で言うエリーの言葉を、アルクラドが遮った。魔力を漲らせ、刃を彼女の喉へあてがった。

「先程までの戦いは訓練であるとは言ったが、本来は互いの生死を賭けたものである。その戦いに敗れた其方の命は既に無く、死人しびとは語る口を持たぬ故な」

 エリーの目が大きく見開かれる。

 そう彼女は負けたのである。相手を殺す気で臨んだ戦いで、手も足も出ず、傷を負わせることも出来ずに負けたのである。アルクラドの言う通り、これが本来の戦いであったならば、エリーの命は呆気なく終わっていたのである。

 アルクラドがただの人間ヒューマスでは無く、人族でもないこと。そしてただの魔族ですらないこと。そのことに気が付いたエリーは、しかしアルクラドに言葉を遮られ、口をつぐんだ。自分にはその資格がないのだと。

「それを口にしたくば、我を殺し、この首を手に喧伝する事だ」

 そうすれば誰も文句は言わないだろう、とアルクラドは続ける。

「そうか……そうだね。君を殺せば、誰も文句は言えないだろうね」

 エリーの瞳に光が戻ってきた。戦慄の表情は消え、弱々しいながらも笑みを浮かべた。

「聖女エリーの名において誓おう。今日の出来事は、君の命が尽きるまで、この胸に秘めると」

「うむ」

 アルクラドの眼を見つめて紡がれた誓いの言葉。果たされるかも分からぬその誓いに、アルクラドは満足げに頷いた。あれだけの力で戦っておきながら、一応は正体を隠しているつもりなのだ。

「聖女の名において、誓いは必ず果たす。けれど……」

 エリーの笑みが消え、強い意思が瞳に宿る。

「けれど、私はまだ負けてない……私はまだ、死んでない!」

 アルクラドを睨みつけながら、エリーは擦れた声でそう叫ぶ。

「私が死ねば、誰が魔族を殺す……? 私が死ねば、誰が人族を守る……?」

 アルクラドを見上げるその瞳は、もう彼を映してはいない。

「もう何も、魔族に奪わせやしない! 魔王もただの魔族も全て殺す! この命を燃やしても……!」

 心の底から、魂が叫ぶ様な声。

 エリーは地面に膝を突き、支えの剣を抱きしめる。

「いくら君でも、これには耐えられないんじゃないかい……?」

 そう言って最後に笑うエリー。

 聖剣が再び金色の光を湛える。

「シャリーよ、全ての魔力を解き放て!!」

 アルクラドは目を見開き、そう叫ぶのであった。


 叫ぶエリーの手の中で、聖剣が輝く。

 その輝きを見た瞬間に、シャリーは総毛だつのを感じた。言い知れぬ恐怖は、命の危険を感じた故であった。

 魔力を解き放ちながら、アルクラドが珍しく声を張り上げる。

「っ……! はいっ!」

 それに驚きながらも、シャリーは言われた通りに魔力を解放する。

 薄衣越しの様にぼやける、アルクラドとエリーの姿。アルクラドの魔力が辺りを満たす直前に感じた聖気は、今までと比べ物にならないものであった。

 それはアルクラドの魔力をもってしても相殺しきれぬ可能性があるほどで、そんなアルクラドの考えをシャリーは理解した。そして押し寄せる聖気に少しでも抵抗する為に、出来得る限りの防御を張る。

「万物に宿りし精霊よ、我は汝にこいねがう……来たるは眩き聖なる力、魔を打ち払う見えざる刃……汝を切り裂く凶刃なれど、牢固たる盾を表し給えっ!」

 シャリーの元に精霊の力が集う。それが彼女の魔力と混じり合い、シャリー達の前に、煌めき澄んだ壁を生み出した。

 いつもより強く感じる精霊の力。しかしそれを不思議に思う余裕はシャリーにはなかった。彼女自身全力で魔力を解放しており、また今は少しでも強い力が必要だった。聖気による攻撃を防げるかは別だが、多くの力を貸してくれた精霊にシャリーは感謝を捧げた。

 その壁の向こう、昏く紅く霞んだ景色の中で、濃密な魔力が渦巻いていた。

 景色を霞ませる魔力でさえ身体の震えが止まらなくなるほどであるのに、その流れがはっきりと見えるだけの魔力からは、意識が遠のきそうなほどの圧力が感じられた。

 エリーへと向けられたアルクラドの手の先で、眩い金色の光を放つ聖剣を中心に、黒を纏った紅き魔力が渦巻いている。

「其は全てを内に秘める物なれば……」

 エリーの周りに流れる魔力は更にその濃密さを増し、アルクラドの生み出す黒布の様に、エリーの足元から何かが這い出てくる。

 黒を纏った紅く薄い何か。幾重にも重なり連なるそれらは、幾つもの花弁を持つ花。

 山間の窪地に突如咲いた、人を包み込むほどの、紅き大輪の花。

 アルクラドが生み出した紅き花は、蕾に戻る様に、中心に向かって閉じてゆく。

 大きな花弁が順に、幾重にも重なり、エリーを包み込んでいく。花弁の隙間から眩い光が漏れ、しかしそれさえも全て包み込み、大きな花の蕾が姿を現した。

 瞬きの間に起こった、花の退行。

 蕾の周りには紅き魔力が渦巻き、それを見て、アルクラドの眼に僅かに宿っていた険が消える。

 次の瞬間。

 僅かな閃きが起こり、その後にはもう紅き蕾は無く、霞む景色と渦巻く魔力の中で、エリーが横たわっているだけであった。


 紅き流れは煙の様に立ち消え、昏く紅い霞が晴れていく。

 最後の最後で途轍もなく大きく膨れ上がったエリーの聖気。死力を尽くしての攻撃であっただろうそれは防がれ、アルクラドは元よりシャリー達を傷つけることはなかった。

 しかし向こうの景色を遮るほどに凝り固まったアルクラドの魔力。それが生み出した蕾を一瞬で消し去ってしまうほどの聖気が、エリーの持つ聖剣から放たれたのである。そんな聖気を直に浴びてしまえば、力ある魔族と言えどただでは済まない。下手をすれば、それだけで身体中の魔力を散らされ、命を落としてしまうかも知れない。

 膨大な魔力をただ放つだけの龍の吐息ブレスの様に、エリーの最後の攻撃もただ聖気を放っただけのものであった。しかしその聖気の量が尋常ではなく、大量の聖気を全方位にただ放つだけ故に、回避の難しい攻撃。それはアルクラドが魔族であると分かったが故の、彼女の最後の足掻きであった。

 山間の窪地の中心で、横たわるエリーを見下ろすアルクラド。彼女の横に転がる聖銀の剣を拾い上げ、そして顔をしかめた。

 眩い輝きは収まったものの、自ら光を放っているかの様に、金色の光を湛えた聖銀の剣。北の遺跡で初めて剣を手にした時以上の不快感が、アルクラドに襲い掛かっていた。

「アルクラド様っ! 大丈夫ですか!?」

「うむ、見ての通りである」

 アルクラドの言う通り、その身体に目立った外傷はない。しかしエリーの凄まじい聖気を感じた後では、アルクラドは大丈夫だろうと思っていても尋ねずにはいられなかった。

「エリーさんは、大丈夫なんですか……?」

「うむ。生きておる故、問題なかろう」

 アルクラドの前に横たわるエリーを見れば、服は土で汚れ、露出した肌には擦り傷や打撲の痕が見て取れた。しかし大量の出血などは無く、目を閉じた彼女の胸は規則的に上下していた。

 確かに外見上は問題なさそうであるが、身体の内側がどうかは分からなかった。

 内臓が傷ついているなど物理的な損傷は、吐血をしていないことから、問題は無いと判断できる。しかし彼女は途方もない聖気を使い、恐らくは使い果たしたのだ。聖気は人間ヒューマスの生命維持に直結するものではないが、気を失っている彼女を見れば、何らかの影響があるのではと思わずにはいられなかった。

「エリーッ!!」

 そこへ、彼女の仲間達が、剣士の青年を先頭にして駆けつけてきた。

 青年はアルクラドとエリーの間に割って入り、剣を抜かないまでも、腰に差した剣の柄に手をかけながらアルクラドを睨みつけている。その瞳には敵対心がありありと映されており、しかし彼の手足は恐怖の為に震えている。

 アルクラドの紅い瞳が、彼に向けられる。

「これ以上やるなら……こ、こっからは俺が、相手、だっ……!」

 未だ剣は抜かず、アルクラドを強く睨みつけて、彼は言う。その声は震えているものの、己の生死にかかわらず戦うという強い意思が感じられた。

「これはこの娘の訓練である。この者がもう戦えぬ故、訓練は終いである」

 傍目には訓練には見えない戦いであったが、アルクラドは自身の言葉通り、エリーを殺さずに戦いを終えた。生きていれば問題無いと言いそうなアルクラドであるが、エリーは手足を失うことも無く、訓練と言う言葉もしっかりと守られていた。

「……其方、名は?」

 しばしの沈黙の後、アルクラドが青年に尋ねた。

「……俺は、エスクードだ」

 青年は、剣から手を放し背筋を伸ばして、名乗りを上げた。しかしその身体は強張っており、未だ臨戦態勢を取っていた。

「エスクードよ、その娘に伝え置け」

 アルクラドはそう言って、聖銀の剣を彼の足元へ緩く投げた。

「次に戦う時あらば、それは生死を賭けたものになる、と」

 驚くエスクードに構うことなく、アルクラドはエリーへの言付けを伝える。

「またその剣も預けておこう、その者の命尽きるまで」

 地面に横たわる聖銀の剣を指さし、アルクラドは言う。その言葉に、エスクード達は酷く驚く。自分を殺しに来るであろう者に対し、武器を、それも飛び切り強力な物を与える。普通では考えられぬことであるからだ。

 しかしシャリーは、驚きつつも、納得していた。聖銀の剣から伝わる気配が、著しく変化していたからだ。

 シャリーが初めて聖銀の剣を見た時、それほど強い不快感を覚えることはなかった。もし直に触れていれば違っていたのかも知れないが、離れて見ている分には大きな問題は無い程度だった。しかし今は離れて見ていても、魔力が散らされる違和感や不快感が強くあり、正直に言うと近くにはいたくなかった。

 恐らくは強力な魔力に晒され続け、アルクラドと同じく封印状態にあったものが、エリーによって元の状態に戻ったからだろう。アルクラドの命を脅かすほどではないが、彼が持って歩きたくない、と思う程度に力が戻ったのは、アルクラドの表情からも分かることだった。

「一体、何の真似だ……?」

 しかしそんな2人の考えが分からないエスクードは、瞳に険を宿して言う。

「それ程の聖気を放つ剣は邪魔以外の何物でも無い故、本来持つべき者に預けるだけの事である」

 何か裏があるのではと勘繰るエスクードだが、アルクラドにそんな考えは一切無い。強い聖気による不快感を避けたい、ただそれだけである。

 アルクラドは、聖銀の剣に特別な思い入れがあるわけではない。その為、わざわざ魔力で聖気を封印しようなどと考えるどころか、その考えを思い付きすらしなかっただけなのである。

「……こいつを使ってたくさんの魔族を殺すかも知れねぇぜ? それにあんたのことを黙ってる保証もねぇ」

「我に生かされた命で魔族を狩る事を自らに赦すのならば、また聖女の名にかけた誓いが重みを持たぬのならば、好きにせよ」

 挑発する様なエスクードの言葉に、アルクラドは無感情に答える。そしてこうも続ける。

「其方らがエリーの仲間だと言うのならば、その娘の誓いを無下にはすまい」

 エスクードは口をつぐみ、悔しそうに顔をしかめた。

「……見逃してくれて感謝する。ただし、次は無い。そのことをよく覚えておけ」

 何か言いたげなエスクードであったが、彼はエリーを抱きかかえると、アルクラドを睨みつつも小さく礼を言った。最後に負け惜しみの様な言葉を付けて。そして商人風の男が聖銀の剣を拾い、4人は踵を返して山里から離れていった。

「アルクラド様、大丈夫でしょうか?」

 立ち去るエリー達を見ながら、シャリーは尋ねる。果たして彼らが約束を守るのか、不安だったのだ。

「自らの名に誓ったのだ。問題は無かろう」

 対してアルクラドは何の不安も抱いてはいなかった。嘘を好まぬアルクラドにとって、名に誓うことはとても重い意味を持つのだから。

「それより……」

 エリー達から視線を切ったアルクラドは、自らの腹を見下ろした。どうやら久々に激しく動いたので、お腹がとても空いてきた様だった。朝食を食べたばかりではあるが、またカンクリーを食べたい。それを伝えようと、アルクラドはシルド達を振り返った。

 その目に映ったのは、額を地面につけて平伏しきった山里の住人達の姿であった。

お読みいただきありがとうございます。

戦いはアルクラドの勝負で終わりましたが、最後にでかい足掻きがありました。

聖女たちはここで退場、次話、次々話くらいで13章はお終いとなります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女はアイデンティティとプライドが保てませんでしたか。 目覚ました後に仲間からチャレンジは失敗したという話を聞いたら更にどうなるか。 意地悪な考えをすると、聖剣も手もとにありますしアルクラ…
[良い点] アルクラドの戦闘を間近で見れたのは、ある意味で先祖より幸運だったでしょうね。
[一言] 聖女がひたすら不快だった
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