閑話 ~アルクラドと余計なお世話~
遺跡調査の依頼を終え、かつての居城があるという南方を目指すアルクラドとシャリー。しかしすぐさま王都を発たず、依頼の報告を終えたのが飯時だった為、まずは腹ごしらえを、と美味しい料理屋を探していた。
いつもの様に、町に漂う香りからアルクラドが店を見つけ出し、そこで食事となった。
「アルクラド様、どうやって大平原を渡りましょうか」
店の名物料理を注文した後、シャリーがそう尋ねた。
プルーシ王国からアルクラドの居城があるという南の果てへは、1月以上の時がかかる。その長い旅の大部分を占めるのが、人族領と魔族領を分けるイリグック大平原を渡る旅である。
人魔大戦において激戦の地であったイリグック大平原には、今も町や村が無いと言われている。イリグック大平原を渡り切るのにどれだけの時間がかかるか正確には分かっていないが、その中で補給が出来ない為、最寄りの村や町で食糧を準備しなければならない。春が近づいているとはいえ、まだ野に獲物が少ない冬であり、かなりの量が必要となってくる。
アルクラドなら可能だが、通常は10日や20日に及ぶ旅の荷物を1人で背負うことは不可能であり、馬車や荷車が必要となってくる。
もし馬車などを使用する場合、どこかで借りるかまたは購入しなければならない。だが大平原の近くの町や村で馬車を調達できるかは分からない。
それらの理由で、どうやって大平原を渡るかを、シャリーは尋ねたのである。
しかしアルクラドから返ってきたのは、シャリーの予想通り最悪のものだった。
「誰も居らぬのならば、空を往けば良かろう」
かつて空を飛んでドール王国とラテリア王国を行き来した時、本来であれば10日はかかる旅路を1日と少しまで縮めることが出来た。もし空を飛んでイリグック大平原を渡れば、それにかかる時間は2日か3日程度になるであろう。そうなれば無駄に食糧を買い込む必要もなく、南へ往く最も良い方法であった。
空を飛ぶという耐え難い恐怖を除けば。
「あの、空を飛ぶのは止めませんか……?」
以前に空を飛んだ時、シャリーは途轍もない恐怖を感じた。
鳥の様に空を飛ぶことが出来れば気持ちがいいのだろうか。そんなことを考えたこともある彼女であったが、実際に体験するとそんな気持ちは一切浮かんでこなかった。
目も眩む様な高さ、身体を打つ冷たく強い風、地に足が着いていない言い知れぬ不安感。それら全てが、空を飛ぶことの恐怖を大きく大きくしていったのだ。
もし仮にアルクラドが、その腕でしっかりと抱きかかえてくれていれば、その恐怖も和らいでいたかも知れない。むしろアルクラドがシャリーを抱えるその方法が、一番彼女の恐怖を煽っていたのかも知れない。
膝の下に腕を入れ、もう片方の腕を背中に回す。そうして落ちない様にしっかりと抱きとめる。アルクラドが取ったのはそんな方法ではなく、わきの下に手を入れるだけという酷く安定感に欠ける持ち方だった。
まるで荷物を運ぶ様な持ち方に、シャリーの恐怖は何倍にも膨れ上がったのであった。
「何故だ? 人の目が無ければ問題も無かろう」
しかしそんなシャリーの恐怖を理解しえないアルクラドは、首を傾げる。
以前シャリーが空を飛ぶのは止めようと言った時、それは周りに人の目があるかも知れないから、というものだった。つまり人に見られる心配がなければ、空を飛んでも大丈夫。それがアルクラドの認識だったのだ。
「正直、生きた心地がしないんです……」
「そうか。だが実際に死ぬ訳では無かろう?」
「そうなんですけど……」
空を飛びたくない理由を正直に話すシャリー。しかしアルクラドはやはり首を傾げる。以前空から降り立った時の、シャリーの憔悴しきった様子も覚えていないのかも知れなかった。
「其方がそれ程までに厭うのであれば、無理に空を往きはせぬが……料理が来た様であるな」
心底嫌そうな顔をするシャリーを慮る様に言うアルクラドは、自分達のテーブルへ近づいてくる料理の匂いに視線を向けた。イリグック大平原を渡る話は一先ず脇に置き、まずは料理を食べようと言うのだ。
そんなアルクラド達の元に運ばれてきたのは、グツグツと煮立つ鍋の様な音のする料理だった。
乾酪をたっぷりと使い、器ごと窯で焼き上げたというこの店の名物料理。まだフツフツと音がしており、料理が熱々であることを物語っていた。
スプーンを差し込めばフワリと湯気が立ち昇り、焦げたチーズの香ばしさと共に、芋と肉の脂の甘い香りが漂ってきた。スプーンを持ち上げれば、肉、芋、乾酪が3層になっているのがよく分かった。
火傷するほど熱いその料理を、アルクラドはすぐさま、シャリーは息で冷ました後、口にした。
濃厚でトロリとした乾酪、甘くフワフワとした芋、旨味の強く柔らかなひき肉。それらが一体となって口の中に広がっていく。
乳の旨味と甘味の濃厚な乾酪は、焼かれて焦げることでその風味を更に強くしていた。蒸して潰したあと乳と混ぜた芋は、フワフワととろける様な食感に。数種の野菜と共に葡萄酒で煮込んだひき肉は、強く深い旨味をかもし出していた。
どれも味が強く食べ進めるうちにくどくなりそうな料理であるが、そこには一工夫がされていた。
乾酪と芋の間には香辛料が振りかけられており、乳臭さを抑え料理に爽やかさを与えている。またひき肉の煮込みには果実酢が加えられており、脂のくどさが抑えられ甘味が引き出されている。
それらのおかげで飽きずに食べ進めることが出来、いつものことであるが、2人はあっという間に料理を平らげてしまった。
「そう言えば、ラインさんにあのこと言わなくて良かったんでしょうか?」
「あの事とは?」
料理を食べ終えひと息ついている時に、シャリーが思い出した様に言った。が、彼女の言っていることが何を示しているのか分からずアルクラドは首を傾げる。
「屋敷の前の扉を守っていた、鋼の巨人のことです」
「……あの守り手の事であれば、話したではないか」
ドクトルの屋敷へ続く扉を守っていた鋼の巨人。アルクラドはラインに遺跡の罠について尋ねられた時、魔力を吸収する広間のことと合わせ、巨人のことも彼に話していた。
魔力を吸収される広間で、凄まじい再生能力を持つ敵と戦う。それを聞いた時のラインは酷く頭を抱えていたが、アルクラドは気にも留めず、鋼の巨人について分かっていることを余すことなく伝えていた。
「いえ、鋼の巨人の強さのことじゃなくて……アルクラド様が直したことについてです」
シャリーはマキナと別れた後のことを思い出しながら言う。
無数の金属の欠片で埋め尽くされた広間。その中に埋もれかかっていた巨人の核を見つけて、アルクラドは立ち止まった。そしてその金属の球体を持ち上げ、クルリと回すと、それに魔力を込めたのだ。
「此奴を倒さねば、ドクトルの試練を乗り越えた事にはならぬであろう」
驚いたシャリーが問えば、アルクラドは何食わぬ顔でそう言った。
ドクトルの定めた試練を乗り越えなければ、彼の蒐集品を得ることが出来ない。これから遺跡を訪れる者が現れた時、巨人が倒れたままでは最後の試練を越えることが出来ない。であれば扉の守り手を蘇らせよう。
そんな考えの下、アルクラドは鋼の巨人を復活させたのである。後から訪れる者のことを考えている様で、その実、この上なく余計なお世話だった。
驚きの止まぬシャリーの目の前で、巨人の核が昏く紅い輝きを帯びていく。それは足元に散らばる金属の欠片に広がっていき、真っ暗な部屋が紅く照らされていく。
無数の金属片が蠢き、床を這い壁に向かい、壁を伝って天井を覆っていく。
広間が金属に覆われると、床から大きな棺がせりあがってくる。そして残りの金属片が巨人を模ると、伸ばした腕で核を受け取り、自身の身体の中にそれを沈め、身体を床に横たえた。
紅く光る広間と床に身体を横たえた巨人。
死霊がいないことと光の色が青から紅に変わったことを除けば、広間は元通りになり、魔力が吸われる感覚までが元通りになった。
ドクトルの研究を纏めた書物を読んだばかりだというのに、見事アルクラドは彼の魔法を再現してしまったのである。
元通りになった広間と巨人を見て、アルクラドは満足そうに頷いた。そうして地上に戻る為に、広間を後にするのであった。
「我が元に戻したかどうかに拘わらず、鋼の巨人はあの広間に居るのだ。我が蘇らせた、と言う必要も無かろう」
改めてシャリーに言われても、アルクラドに余計なお世話をしたという思いは生まれなかった様だ。しかしアルクラドの言う通り、鋼の巨人が扉を守っているという事実に変わりはない。そしてアルクラドが蘇らせてしまった事実もまた変わらないのだから、それを伝えたところで何も変わらない。
伝えなくて良かったのかと問いながら、シャリーはやはり言わなくて良かったと思いなおしていた。もし知れば、ラインは烈火の如く怒り出しただろうから。
「食事も終えた故、往くとしよう」
「はい」
語る必要のないことについて話していても仕方がない、と2人は店を出て、南の果てを目指すのであった。
それからどれほど時が経った後か。
プルーシ王国の地下に眠る遺跡の最奥で、紅く輝き何度も再生する鋼の巨人に苦しめられる冒険者が、後を絶たなかったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
余りご飯のことを書いてなかったので、閑話で少しだけ。
そして鋼の巨人も直してしまいました。
少し時間を頂きまして、次から13章となります。
次章はあの人物が再登場します。
誰だ、誰だ? と考えながら、お待ちいただければ幸いです。
次回もよろしくお願いします。





