異形の隠れ里
皆様、お待たせしました!
本日より更新再開、13章の始まりです。
12章の終わりにもお伝えしましたが、今章はある人物が再登場します。
誰かと想像しながらお読みいただければ幸いです。
星の巡りの上では春が間近に迫った日の晴れ間。柔らかな陽の光が大地を暖かく照らし、しかし突き抜ける様な青空へと熱が逃げ、風が吹けば身体を抱かずにはいられない冬の終わり。
大勢の者達に囲まれる2人の男女の姿があった。
1人は、全身を黒の衣装で包んだ、女と見紛うばかりの美しい男。帽子、外套、上下の衣服、手袋、靴、その全てが艶のある黒一色で、時折赤みを帯びた2本差しの鞘が外套から覗いていた。
帽子のつばと外套の襟から覗く肌は白磁の如く白く滑らかで、血を溶かし込んだ深紅の双眸と朱を引いたかの様な薄い唇が、鮮烈な色彩を放っていた。緩く吹く風に銀糸の髪が揺れ、柔らかな陽光の下で煌めいている。
もう1人は、同じく全て黒の衣装を身に纏った、幼くも美しい少女。長い袖の服に長い裾のスカートは手首足首までを隠し、僅かに陽に晒された顔や手は、新雪の様に真っ白であった。その背には小柄な彼女にはいささか大きい、鳥の意匠が施された杖を携えている。
陽の光を受けて輝く豊かな金の髪、木の葉の様な細く長い耳、新緑を湛える瞳は、彼女がエルフたる所以。しかし金糸の髪に走る1条の漆黒と、片方の瞳に宿る黒紫の光は、彼女が純粋なエルフでないことも雄弁に物語っていた。
吸血鬼の始祖アルクラドと、魔人の血が流れるエルフのシャリーである。
広い平原の隅にあるこの地で、2人は大勢の魔族に囲まれていた。それもただの魔族ではない。
皆一様に、身体の一部が奇妙な形をしていた。
大鬼らしき魔族。しかしその右腕は大きな身体に不釣り合いなほど小さく、蛇の様な鱗に覆われている。
蜥蜴人らしき魔族。しかしその両の脚に鱗はなく、馬の様な蹄のある脚がついていた。
人狼らしき魔族。しかしその背には、鳥の翼が、それも不完全なものが片方だけついている。
挙げればきりがなく、異形の者達という言葉が頭を過る。
そんな彼らは、アルクラド達の周りを取り囲み、しかし地に手を突き、膝を突いているのだった。
事の起こりは、とある町での食事だった。
プルーシ王国に眠る遺跡の奥で、過去の情報を得たアルクラド達は、王都を発ち南を目指していた。南へ行く為の一番の問題である、イリグック大平原を渡る方法については結論が出ず、一先ず南へ向かって行くことになった。
イリグック大平原はとても広大で、端から端へ行くのにおよそ20日前後もかかる平原だった。
プルーシの王都から街道を南に行き、3日ほどで小さな町に着き、そこから更に南へ3日歩くと、イリグック大平原の端に着く様であった。
その町スーデンから南には町はなく、西には隣国であるハスバーグ王国への道が続いており、5日ほどで隣国の町に着く様であった。しかしそのどちらも国の端にある為に小さく、大平原を越える準備を充分に行えるとは思えない町だった。
その為シャリーは、馬車や食料の調達を全て済ませた上で王都を発とうと提案した。しかし最終的には空を飛べばいいと思っているアルクラドは、馬や荷車が荷物になることを嫌がった。
結局はシャリーが折れ、スーデンの町で準備をするということで、王都を出発することとなった。
スーデンまでの道中、何とか空を飛ばずに地面を行く様にアルクラドを説得しなければ、と思うシャリーだが、努力空しく、それが出来ぬままスーデンに到着することとなった。
町へ着くと、昼の食事には少し早い時間であったが、2人は昼食を食べることにした。そしてアルクラドの見つけた店で、ある衝撃的な出会いを果たしたのである。
現れたのは、茹でた後に軽く乾燥させたであろう、白身の肉。人の二の腕ほどの大きさのそれは、驚くほど白い、不思議な肉であった。
カンクリーと呼ばれるその肉を、豪快に火で炙っただけの料理。それが店の名物として出されたのである。
程よく焼かれ焦げ目のついた肉からは、食欲をそそる香ばしくも甘い香りが漂ってくる。そして不思議なことに、川辺に満ちる匂いを感じたのだ。決して嫌ではない、川の水、土、草木の香り。それらが香ばしく甘い香りと共に漂ってくるのだ。
そしてその身を噛めば、歯に伝わる感触もまた不思議だった。
肉の様に歯を強く押し返す弾力があるわけではない。魚の様にホロホロと身が解けていくわけでもない。身には適度な弾力があり、幾つもの繊維を断ち切っていく様な心地よい感触がある。
そしてその身を噛みしめる度に、力強い旨味と甘味が口の中一杯に広がっていく。色の無い真っ白な身からは想像も出来ない、強い味わいだった。肉に獣の臭みは一切無く、代わりに川魚に似た香りを仄かに持っていた。
獣なのか魚なのかよく分からない肉。しかしその味わいは初めて食べるものだったが、非常に美味であった。
「これは一体何の肉なのだ?」
大きなカンクリーの肉を、ペロリと平らげたアルクラドが、店の給仕に尋ねる。初めて食べる不思議な肉の正体が気になったのだ。
「これですか? 南の大平原の山の方で獲れるらしいんですが、名前以外よく分かってなくて……」
「分からないって、どういうことですか?」
料理屋が、店で出す料理の材料について理解していない。これは、とてもおかしなことであった。
料理の出来の善し悪しは、食材の質によって左右される場合が多い。そこを料理人の腕で補う為にも、食材の知識が必要となってくる。故に料理人が食材のことをよく理解していないのは、おかしなことに思えた。もっとも食材の名前が分からなくとも、料理法を研究すれば、美味な料理を作ることは可能だろうが。
「カンクリーの肉を売りにくる人がいるんですが、どんな生き物なのかは教えてくれないみたいで……」
給仕の話によれば、とある人物が定期的にカンクリーの肉を売りにくる様だった。しかしその人物は、いつも茹でて乾燥させた肉だけを売りにきて、姿のままのカンクリーを持ってくることはないらしい。店主が姿を見たいと言っても、余り美味しそうな見た目をしていないから、と断ると言う。
「その者が何処に住んでおるか、其方は識っておるか?」
「いえ、この町の人間じゃないんで……」
非常に美味でありながら、その姿が分からないカンクリーという生き物に、興味を引かれたアルクラド。その肉を売りにくる者から直接、カンクリーについて話を聞こうと思ったのだ。
今まで何度か、食材が取れる町でなければ食べられない料理というものがあった。取れたてでないと食べられないものや、様々な調理法を試すうちに生まれた料理などは、その最たる例である。カンクリーにおいても、この町では茹でて乾燥させたものを炙るだけという、単純な料理しか提供されていない。ぜひともカンクリーが取れる場所へ行き、様々な方法でこの不思議な肉を食べたいと考えたのだ。
しかし給仕は、肉を売りにくる者のことも分からないと言う。何でもいつも全身をローブですっぽりと隠した怪しい人物で、居所も名前も、その顔すらも分からないと言う。
この店の店主も初めはカンクリーの肉を買おうとはしなかったが、丁寧な物腰で何度も頼まれるうちに肉を買うことにしたのだとか。そして肉を食べてみると非常に美味であった為、今でも定期的に仕入れていると言う。
「ふむ……」
給仕の話を聞き、アルクラドは僅かに考える素振りを見せる。
「カンクリーとやらは、南の大平原の山で獲れる、と言っておったな」
「はい」
アルクラドの問いに頷く給仕。それと同時に、他の客に呼ばれた為、彼はアルクラドに断り2人のテーブルから離れていった。
「探しにいくんですか?」
「うむ。定期的に売りに来ておると言うのならば、この町の近くに住んでおるのだろう」
シャリーの思った通り、町の者が知らないのなら自分で探しにいこう、とアルクラドは考えていた。カンクリーを売りにくる者が近くに住んでいるというアルクラドの考えは、その根拠は違えどおおよそ正しいと思えるものであった。
まだ寒い季節とはいえ、完全に乾燥させていない肉はそれほど長く持たない。5日も10日も離れた場所から運んでいるとは考えづらく、1日、2日程度の距離が妥当な様に思えた。それだけ近くならば、もっとこの町の住人と交流があっても不思議ではないが、何か理由があるのだろう。
「往くぞ」
「はい」
シャリーがカンクリーを食べたのを見て、アルクラドは立ち上がる。
カンクリーの獲れる場所、そしてそれを売る者の住む場所。それらが南の果てへ行く道中にあるのか、それとも回り道をしなければならないのかは分からない。だが未知なる美味に出会ったアルクラドに、たとえ正反対の方向に行くとしても、行かないという選択肢はなかった。
店を出た2人は、南へ行く準備もそこそこに、未知なる美味の正体を求めて、町を出るのだった。
スーデンの町を出ると、その南に見渡す限りの大平原が広がっていた。
僅かに草の生えた平野は、どこまでも平野で、果てが無いかの様であった。しかし終わりなく広がっている様な大平原にも終わりはあり、アルクラド達の左手、つまりは東側には山の稜線が見えていた。
料理屋の給仕は、大平原の山の方でカンクリーが獲れると言っていたが、恐らくは今見えている山のどこかなのだろう。
町を出る前に大平原と山について少し情報を集めた2人。しかし余り有益な情報は得られなかった。
大平原は冬以外の季節であれば獲物が獲れる為、狩猟を行う者もいるという。しかし大平原から見える山々は岩だらけの土地で、植物も動物もほとんどいない為、立ち入る者はいないという。確かにその話の通り、草の生え始めた大平原と違い、山はほとんどが灰色で草木が生えている様子は少しも無かった。また大平原に連なる山々には恐ろしい魔族が棲みついている、という噂もあり、町の人々は余計に山に近づかないのだと言う。
このスーデンの町は、渡る為に20日以上の時がかかるイリグック大平原を挟んでいるとはいえ、魔族領に最も近い町の1つである。大戦終結から長い時間が経ち、魔族を目にすることが珍しくなった今であっても、魔族領から遠く離れた場所に住む人々よりもその恐怖は大きいのかも知れない。
しかしどれだけ凶悪な魔族が住んでいようと、それがアルクラドの足を止める理由にはならない。むしろ何か情報が得られるのではないかと、その場所へ向かう理由にさえなっていた。
「本当に魔族が住んでるんでしょうか」
大平原を山に向かって歩きながら、シャリーが尋ねる。
噂を語る者の中に、実際に恐ろしい魔族を見た者はいなかった。誰も彼も曖昧なことを言うばかりで、信憑性のある話をする者は誰もいなかった。どうも昔からある噂らしく興味深くはあったが、シャリーはそう思わずにはいられなかった。
「魔界を出て人族領で密かに暮らす者も居ると聞く。カンクリーの様な美味な獲物が居る所であれば、住む者が居ても可笑しくは無かろう」
対してアルクラドは、かつてドール王国内のとある町で出会った、人狼のことを思い出していた。町で裏組織の頭を務める彼は、魔王のやり方が気に入らず魔界を出た者の1人だった。魔界から遠く離れた町にも魔族がいるのだから、魔界に隣接した大平原のどこかに魔族が住んでいても何ら不思議ではなかった。
「ともかく往けば分かるであろう」
「そうですね」
山を目指すそもそもの目的はカンクリーであり、魔族のことはたまたま聞いたに過ぎない。カンクリーやそれを売っている者を見つけることが第一であり、魔族のことはついでに過ぎないのである。
そうして2人は予想よりも長い4日ほど歩き、山の麓まであと1日のところまでやってきていた。
山は高くも険しくもないものであったが、やはり土さえほとんど無い山であり、ここで暮らすのはとても厳しい様に思えた。しかしアルクラドは、山から吹いてくる風の中に、人の営みの匂いを感じ取っていた。
それは火を焚く匂いであり、料理の匂いであり、カンクリーの匂いであった。山にいるのが魔族かはさて置き、アルクラドはカンクリーとそれを食べる者達を見つけたのである。
その匂いを辿り山へ向かって野を歩く2人は、陽がもう一巡りした頃に山の麓へと到着した。
麓から見えるとろこに人影はないが、アルクラドにはもちろん、シャリーにもそこに住む者達の魔力が感じられていた。決して大きなわけではないが、人間よりも大きく、2人にとってなじみのある魔力が。
2人は山に向かって更に歩く。草木のない大地であるが、僅かながら踏みしめられた跡が山へと続いていた。山の中に住んでいる者がいる証左だった。
そうして少しもしないうちに、起伏の陰で麓から見えなかった開けた場所に到着した。
山の中にある窪地では火が焚かれ、山肌にはいくつもの横穴が掘られていた。そして何人もの魔族がおり、突然の来訪者に驚きの視線を向けている。
異形の者達。
かつて聞いたそんな言葉が、シャリーの頭に過った。
アルクラド達を見る者達の姿は、人族と姿形が全く違う魔族としても、異質と言えるものだった。
その種族にあるはずのものがなく、ないはずのものがある。身体の一部が極端に大きく、また極端に小さい。身体の一部が欠損していたり、逆に通常よりも多くある。
そんな者達が言葉を発さずに、険の籠った様な表情で、アルクラドを見つめていた。
「我はアルクラド。この山でカンクリーなる獲物が獲れると聞いてやって来た。誰か詳しい者は居るか?」
言葉を発しない彼らに、アルクラドは来訪の意図を告げる。彼らの奇妙な姿形に対して、アルクラドは何も思うところは無い様であった。
そんなアルクラドの問いに、山に住む魔族達は未だ言葉を発しない。
しかし少しして、そのうちの1人がハッと我に返った様に目をしばたたき、慌てて地面に膝を突いた。そんな彼に続き、他の魔族達も一様に地面に膝を突いた。気付けば山に空いた穴からも魔族が出て来て、やはり皆、一瞬の驚きの後に地に膝を突いた。
未知なる美味を求めてやってきただけのアルクラドであったが、そこの住人達に取り囲まれ、何故か平伏を以て迎えられるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ある人物の登場はまだ先ですが、何章か前に出てきた「異形の者達」の登場です。
グルメの前にアルクラドとの関わりがありそうです。
次回もよろしくお願いします。





