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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
158/189

遺跡の主

 真っ白な屋敷の中の、応接間にあたる部屋で、アルクラドとシャリーは茶を飲んでいた。その向かいの椅子には、動かない微笑みを湛えた侍女姿の美しい女性が座っている。

 白と濃紺で構成された侍女服は、時による劣化が著しく、色褪せ、所々に擦り切れがあった。その衣服を纏うのは滑らかな白磁の肢体。彼女の形の良い頭の上では、美しい金糸が結い上げられ、僅かに閉じられた瞼の奥では、青い水晶が輝いている。

「主様ガこの世から去られテ、モウ随分経ちマス。美味しい淹れ方ヲ忘れていなけレバ良いのデスガ」

 そう言いながら淹れた彼女のお茶は、とても美味しいものだった。数種の野草を乾燥させて作るものの様だが、鮮やかな緑色をした爽やかな香りと僅かな甘味が心地よい茶だった。

「どうやらお口ニ合った様デスネ、安心しマシタ」

 時折かすれる、耳心地の良い涼やかな声。常に変わらぬ調子であるのに、どこか安堵した様子を感じさせる声であった。

「サテ、何からお話ヲ致しマショウカ」

 彼女は僅かに首を傾け、古びた白い手袋をはめた手を、真っ白な白磁の肌に当てた。何から話すべきかを悩むその素振りを、アルクラド達は静かに見つめていた。彼女からはきっと有益な話が聞ける、と確信して。

 2人がそう思うに至った理由は、出会い頭の彼女の言葉だった。

 屋敷へ続く道の上で2人を迎えた彼女は、アルクラドと目が合うなりその動きを止めた。そして僅かな沈黙の後にこう言ったのだ。

「銀の髪に血の瞳、そして泉の湧く如く溢るる魔力……もしや貴方様は、吸血鬼ヴァンパイアの王で在らせられるアルクラド様では?」

 彼女は、漆黒の古代龍エンシェントドラゴンに続き、アルクラドの名を知る者であったのだ。それも黒龍よりも詳しく知っている様にも聞こえた。

 驚く2人に彼女は屋敷へ入る様に促し、今に至るのである。

「そう言えバ、自己紹介ガまだデシタネ、私はマキナと申しマス。主様ニお造り頂いた自律人形デ、この屋敷ノ管理を任されていマス。以後お見知りおきヲ」

 そう言ってマキナは椅子の上で、優雅に腰を折った。

 人形の様に美しい彼女は正しく人形であり、しかしその声音や仕草はとても人形だとは思えないほど人らしいものだった。片足が悪く歩き方こそぎこちないが、それ以外の動きはとても滑らかだ。

 しかし仮面の様に動かない表情や水晶の瞳、そしてひび割れた白磁の肌や金糸の髪を見ると、彼女が造られたものだということがよく分かった。

「我はアルクラド」

「私はアルクラド様の旅のお供で、シャリーと言います。それでマキナさんは、どうしてアルクラド様のことを知っているんですか? もしかして会ったことが?」

 マキナに続き名乗りを済ませた後、シャリーが尋ねる。出会い頭の言葉は、アルクラドと会ったことのある黒龍と似た様な口振りだったからだ。

「いえ、お会いした事ハありマセン。タダ主様ヨリ良く聞かされてイタのデス、決して逆らってハいけない御方ダ、と」

 マキナの主だった者は、どうやらアルクラドのことをよく知っている様だった。

「まずは貴方のご主人様について、教えてもらえませんか?」

 マキナを造ったのも、この遺跡を造ったのも、彼女の主人であるならば、その者について聞くのが一番いいとシャリーは考えた。

「そうデスネ。まずは我が主様の事からお話すると致しマショウ」

 マキナは頷き、居住まいを正して自らの主人のことを語り出したのだった。


「我が主様は名をドクトルと言い、今からおよそ2000年前に生まれた、有角族コルノスに連なる魔族の1人です」

「2000年前……」

 2000年も前となれば、長命なエルフをしても遥か昔と言わしめるほどである。その頃に生まれた魔族であれば、確かにアルクラドのことを知っていても不思議ではなかった。アルクラドが封印されたのがいつかは定かではないが、漆黒の古代龍(エンシェントドラゴン)は1000年以上前にアルクラドと出会った、と言っていた。それよりも前に、ドクトルがアルクラドと面識があった、または直に会った者から話を聞いた可能性は大いに有り得た。

「主様ハ魔法に秀でた魔族ノ中にあって、特ニ魔力の扱いガお得意だった様デス。日ごとニ魔法使いトしての実力ヲ伸ばしていった主様ハ、然し争いガ常であった時代ノ中にあって魔法ノ研究に自らの時間ヲ費やされマシタ」

 当時は国の体を為した集まりはまだ少なく、部族間での諍いが多くあり、人族、魔族関係なく争っていたと言う。そんな時代であるから優秀な魔法使いであるドクトルは、戦いへの参加を強く望まれていた。しかしその要請を全てはね退け、ドクトルは魔法の研究、魔道具の作成や解析、遺物の蒐集、に精を出していたと言う。

「その様ニして凡そ300年ノ時を過ごされた主様ハ、研究ノ成果や収集物ヲ保管する、ご自身ノ宝物庫ヲ造ろう、トお思いになられたのデス」

 そうして造られたのが、この白亜の屋敷なのだと言う。白く輝くこの建物は、通常の屋敷の役割を持つ棟と共に、その奥にもう1棟、巨大な保管庫を備えていた。正面から見ると大きな屋敷としか分からないが、上から見るとその後ろに屋敷よりも大きな建物が隠れているのがよく分かると言う。

「初めハ保管庫だけヲ造るおつもりだったのデスガ、常に傍に在りたいトお思いになり住居も一緒ニ造られたのデス」

 高名な魔法使いとして諸国の王と親交のあったドクトルは、彼らを自らの屋敷に呼ぶことがあった。王族を招くのに相応しいものを、と当時としても充分に豪奢な屋敷を建てたのだと言う。

「それじゃあ外の遺跡は、この屋敷や集めたものを護る為に造ったんですか?」

 2000年前に生まれた魔族が300年の時をかけて集めた品々やその研究の成果。この屋敷に収められている物の歴史的価値はとんでもないもので、当時としても遺物として扱われていた物などは計り知れない価値を持っているだろう。

 それだけの品々を護っているのだから遺跡に仕掛けられた罠の凶悪さも理解できるが、そうなるとシャリーを含め何人かが扉を開けられたことの説明がつかない。誰にも渡す気がないのなら、開かない扉を造る方が適しているのだから。

「今ハ遺跡と呼ばれているのデスネ。元々ハこの屋敷と宝物庫、地上へと続く通路、そして地上との出入り口を囲った建物シカありませんデシタ」

 当時は罠の張り巡らされた通路などなく、ただ真っ直ぐな道が続いていただけだと言う。入り口の扉も、ドクトルかマキナでなければ開けることが出来ず、無断では誰も入れなかったのだ。

「この広場ニ続く扉の向こうに罠ガ仕掛けられたノハ、主様がご自身ノ死期を悟られた時デス。それは主様ガ600年の時ヲ生きられた頃の事デス」

 研究者であり蒐集家であった彼は、自身の功績や所有物に強い執着があった。そんな彼が自らの死期を悟った時、屋敷に収められている物を誰かに譲渡するなど、一切考えていなかったと言う。

「主様ハ吝嗇りんしょくのきらいがあり、コノ世を去る時ハ、屋敷ヤ収蔵品諸共に、ト考えておいでデシタ。しかし自らノ所有物が他者ノ手に渡る事ヲ厭うと共に、それらを後世ニ残せない事モまた厭われたのデス」

 研究の成果や蒐集品を後世に残したい、しかし下手な輩には渡したくない。

 そう思ったドクトルは、それらを与えるに相応しい人物を選別する為に、迷路の様に通路を増やし、その中にいくつもの罠を仕掛けたのだ。

 数々の苦難を乗り越えた者には、屋敷に収められた品をくれてやろう。

 そうドクトルは考えたのであった。

「それだけ自分の物に執着していた人なら、あれだけの罠が仕掛けられていたのも納得ですね……」

 しかし分からないことがある。入り口の扉を開けることが出来る者と出来ない者がいることだ。苦難の道のりを乗り越えた者に蒐集品を与えると言うのなら、なぜ全ての者にその門戸が開いていないのか、と。

「それは主様ガ、人族嫌いデいらっしゃったからデス」

 シャリーの問いに、マキナは事も無げに答える。

「人族ハ、身体が弱い、魔力ガ弱い、加えて頭モ弱い。ト散々に扱き下ろしておいでデシタ」

 ドクトルの人族嫌いは相当だった様で、会うのも嫌、話すのも嫌、それどころか人族の話を聞くのも嫌だったらしい。

「そんな主様デスから、魔族でしか開けられナイ扉を、苦難の道のりノ入り口に置かれたのデス」

 誰もが扉を開けられない理由は分かったが、それだと話が合わない。アルクラドが開けたのならばドクトルの思い通りであるが、扉を開けたのはシャリーである。純血の魔族ではない彼女が開けられたのは、遺跡の建造者の意図するところではなかったはずだ。

「その点ハ主様も嘆いておいでデシタ。ドウ式を変えてモ純血以外の者も通してしまい、結局ハ魔族の血ヲ持つ者を通す扉トなったのデス」

 当初ドクトルは、人族混じりが屋敷に足を踏み入れる可能性があることを、非常に嘆いていた。しかし彼の造った罠だらけの通路は、純血の魔族であっても攻略が難しい代物である。その為、どうせ身体も魔力も頭も弱い人族の血を引く者など皆死んでしまうだろう、と考え扉に用いた魔法の改善を諦めたのだと言う。

「けど、魔族と人族の混血なんて余りいないでしょうし、そんなに心配しなくても良かったんじゃないですか? そもそもどうして人族領に屋敷を建てたんですか?」

 話を聞く内に、疑問は解消されるが、更なる疑問が湧いてくる。

 人魔大戦が終結するまでの間、人族と魔族は長きに亘って争ってきた。大戦が終わり争いもなくなった今でさえ両種族の間には大きな溝が横たわっているのだから、そんな時代にあって混血児が生まれることは更に稀であっただろう。加えて魔界に屋敷を建てれば、人族の血に汚される心配も大きく減ったはずだ。

「人族領……? 魔族ト人族は争ってはいマシタが、その両者デ領土を分けたりはしていませんデシタ」

 記憶を探る様に、頬に手を当てるマキナ。しかし人族領という言葉も、言葉が示す様な事柄も見つからなかった。

「それじゃあ、昔はここにも魔族が住んでたんですか?」

「ハイ」

 人族と魔族は遙か昔より領土を異にし争ってきた。

 人魔大戦の頃を生きた両親に、そう聞かされていたシャリーは、酷く驚いた。戦いの中で生まれ戦いの為に育てられたシャリーの両親がその様な過去を知らずとも無理はないが、2000年の時を遡れば両種族は生活の場を共にしていたのだ。

「主様ガお生まれニなったこの土地ダケでなく、世界ノ至る所に、魔族、人族関係なく、国ヤ部族の集まりガあった様デス。確かニ争いはしていマシタが、愛し合う者もいたでショウ。マタそうで無い者ノ間にも子ハ出来たでショウ。主様の生きた時代デハ、混血はありふれたものダッタのです」

 混血児はありふれたもの。マキナは当たり前の様に、そう言った。その昔語りの中の何気ない言葉に、シャリーは目頭が熱くなるのを感じた。

 2000年前という遥か昔であっても、自分や両親の様な者達が居たことが、何だかとても嬉しかったのである。

「デスから、主様は純血の魔族だけヲ、と苦心なされてイタのデス。結局ハ叶いませんデシタが……お代わりはイカガですか?」

 空になった器を見て、マキナが言う。

「貰おう」

 自己紹介の後、1つも言葉を発していなかったアルクラドが、そう言って器を差し出す。

 マキナの話を聞きながら自らの記憶を掘り起こしていたのか、アルクラドはその間、相槌を打つことさえなかった。しかしその成果があったのかは、彼の変わらない表情からは読み取れなかった。

「マキナよ、其方の主は、我について何と言っておったのだ?」

 ドクトルや遺跡について大まかに分かったところで、一番肝心なことを尋ねる。

「貴方様ハ、他者の評価ナド気にされナイ、とお聞きしていマスが……?」

 アルクラドの問いにマキナは僅かに首を傾げる。アルクラドの言葉が、主から聞かされていた人物像と合致しないからだ。

「我は永きに亘り封印されておった。その所為か我は記憶を失っておる。故に我の過去を識る者が居れば、尋ねておるのだ」

 アルクラドの言葉を聞くと、マキナは静かに頷いた。

「……そうデシタか。貴方様ノ前で貴方様ニついて語る……何ヤラ奇妙な事ですが、お話ヲさせて頂きマショウ」

 アルクラドとシャリーに茶のお代わりを注ぎ終えると、マキナは再び居住まいを正した。そうして自身に刻まれた記憶と辿る様にして、遥か昔の語りを始めるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

遺跡の管理人の昔語りがメインです。

あと数話は、昔語りや説明が多いかと思います。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは壊すわけにはいかなくなったかも。 事情を話すにしても罠は残しておいて命知らずならいけと言うしかないでしょうかね。 そして罠の方は誇張して伝えるか何かして人払いを
[一言] 主人亡き後もずっと仕え続けてんのに、主人公が居なくなったらギルドの奴等が荒らしそうなんだよな。 後味悪いのはやめてほしいですね。
[一言] ここに来て一気にアルクラド様の過去が!?更新が楽しみで楽しみで待ちきれません!んあっ!
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