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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
125/189

魔の力

 人の意識を刈り取るほどの魔力から生み出される、熱きの炎槍、鋭き風刃、硬き土杭、澄んだ氷矢。

 そのどれもが届かない。

 魔を払う聖銀の剣の一閃が魔法を霧散させ、魔力の防壁があちらとこちらを断絶する。岩を穿ち鉄を砕く拳も、防がれ受け流され、身体が砕け散りそうな衝撃を以て返される。

 だが決して諦めない。老体に鞭を打ち、魔力の強化を重ね、無理矢理に身体を動かす。不死身の吸血鬼ヴァンパイアに確かな傷を与える為に。

 最強の吸血鬼ヴァンパイアの守りは堅い。元々は脆く弱いはずの肉体が途方も無い魔力で強化され、何よりも頑なで強い身体となっていた。魔力による防御も強固で、拳も魔法もその身を砕くことは叶わない。しかしそんなことは関係ない。

 後先のことは考えない。己の持つ全ての魔力を、命を削り持ち得る以上の魔力をこの身に纏い、必ずあの身を砕く。心に思うのは、ただそれだけである。

 吸血鬼ヴァンパイアの始祖たるアルクラドに立ち向かうアルバリは、まるで子供の様にあしらわれていた。

 死力を尽くした攻撃は打撃、魔法にかかわらずそのほとんどがアルクラドの身体に届かない。僅かに届いた攻撃も、小さな傷を作るに終わり、それも瞬きの間に消えてしまう。

 アルバリの攻撃が途絶えると、アルクラドは反撃を見舞う。攻撃の際に僅かにできた隙を突かれ、アルバリは防御をする間もなく後方へと吹き飛ばされてしまう。身体が砕けそうな衝撃が走るが、何とか手足が折れ内臓が破れることはなかった。

 アルバリは死に物狂いでアルクラドに食らいついた。身体に走る激痛を意思の力でねじ伏せ、身体を無理矢理に動かす。身体に蓄積された疲れも気のせいだと言い聞かせ、尽きた魔力も限界を超えて搾り出す。

 そうするうちにアルバリは、痛みも疲れも全く感じなくなっていた。酷く意識は冴え渡り、無心でただひたすらアルクラドに殴りかかっていた。ただ1つ、不死身の吸血鬼ヴァンパイアの身を砕く、という思いだけを残して。

 そうして放たれた1撃の拳。渾身の力を込め、しかしボロボロの身体から放たれたそれは、アルクラドに容易く受け止められてしまう。

 その手が砕けた。耳に障る鈍い音を立てて。

 黒い手袋から滴り落ちる血を見て、動きを止める両者。アルバリは呆然とその様子を見つめ、アルクラドは僅かに驚きを以て魔人イビルスの老兵を見つめている。

「見事だ、アルバリよ。其方は真に魔法を使い、我に確かに傷を付けた」

 アルクラドが血に濡れた手袋を脱ぎ捨てた。白磁の様に白く滑らかな肌は赤黒く汚れ、細くしなやかな指はあらぬ方向へ曲がり、折れた骨が突きだしている。

「我を真の意味で傷付けられる者は少ない。幕の間際にて、其方は頂のふちに手を掛けたのである。誇るが良い、魔人イビルスの戦士アルバリよ」

 アルバリへの称賛の言葉。それは300年という短い生の中で頂への道を拓いた者への、紛れもない、心からの称賛だった。

「お褒めに預かり、恐悦至極にございます……」

 アルバリはアルクラドの言葉が何を意味するのか、正しくは理解できていなかった。しかしアルクラドの手放しの称賛だけは感じることができ、精根尽き果てながらも膝を付き頭を垂れた。

「其方の名、我の記憶に確と刻み、この尽きぬ命の果てまで連れ往こう。何か遺す言葉はあるか?」

 アルクラドはアルバリを見据えながら、砕かれた手を彼へと向ける。ゆっくりと手の傷が癒えていく中、滴る血の雫が宙に浮かび、球を模っていく。

「恐れながら……魔王様へも、寛大な御心遣いを、賜りたく存じます」

 血球が徐々に形を変え、深紅の細剣となり、アルクラドの手に握られる。

「寛大な心遣い……何をせよと言うのだ?」

「それは貴方様の御心次第でございます」

 膝を付き目を伏せたまま言うアルバリの言葉に、アルクラドは僅かに顔をしかめる。

「面倒な事を……だが聞き届けた。其方の言葉、無為にはすまい」

「有難き幸せ……」

 曖昧なアルバリの言葉。しかし誇りある戦士の言葉を、アルクラドは確かに聞き届けた。

「では、さらばだ」

「はっ……」

 アルクラドが高く深紅の細剣を振り上げる。アルバリは1度だけ顔を上げ、そして再び頭を垂れ、首を晒した。

 ゆっくりと振り下ろされた紅き断頭の刃。魔人イビルスの戦士の300年の生に、幕が下ろされたのである。


 万に及ぶ魔物軍の侵攻を押し止め、見事戦いに勝利したドール軍。アルクラドやエピスなどドール軍の強者達の活躍が大きかったとはいえ、死傷者の数を僅かに留めた彼らは完全勝利を収めたと言っていいものだった。

 送り火の魔法でアルバリを葬ったアルクラドは、エピス達、先陣の戦士達と合流。そこへは既にヴァイスが戻ってきていた。

「アルクラド殿、お怪我はありませんでしたか?」

 必要はないと分かりつつ定型的に尋ねるヴァイス。アルクラドの頷きを予想していたヴァイスは、返ってきた言葉に大いに驚いた。

「我に傷を付ける程の強き戦士であった。死の間際、魔の頂へと手を掛けた、誇りある戦士であった」

「そ、それほどまでに……?」

 驚きで上手く言葉が出ないヴァイス。アルクラドに目立った外傷はないが、彼にここまで言わしめる敵に恐れを感じずにはいられなかった。

「やはり、魔王の右腕ともなれば、一筋縄ではいきませんでしたか……」

 しかしエピスは、アルクラドと対する敵の強大な魔力を感じ取っていた為、その言葉にさして驚くことはなかった。アルバリがドール軍へ近づいてくる時に感じた魔力は、万全の状態の自分であれば何とかなると思えるものだったが、実際はとてもではないが相手になるものではなかった。エピスは改めて魔族というものの恐ろしさを痛感した思いだった。

 そうして敵の強さに驚きと恐ろしさを覚える2人だが、アルクラドにとってはどうでもいいことであった。

「我はシャリーの下へ往く。随分と力を使った様である故な」

 それよりも後陣で戦ったシャリーやライカ達のことが気になっていた。途中に感じた大きな精霊の力。それ以降、シャリーから感じる力はとても弱々しいものとなっていたからだ。

「我々も参りましょう。ヴァイスさん、撤退の指示を」

「はっ」

 もう敵のいない場所でエピス達のすることはなく、彼らはアルクラドと共に後陣へ行くこととした。ヴァイスは、先陣の戦士達に指示を出した後、無言で歩く2人の後を付いていくのだった。そうして半刻の更に半分ほど歩いた頃、アルクラド達はシャリー達が戦っていた場所へ到着した。

「シャリーよ……無事の様であるな」

 地面に座り込みロザリーの治癒魔法を受けるシャリーを見て、アルクラドはそう告げた。

「これのどこが無事なんだよ……」

「生きておるではないか」

「それを無事とは言わねぇよ……」

 アルクラドの的外れな言葉にライカが呆れつつ応える。シャリーは傍目には目立った外傷はないが、立つことができず治癒魔法を受けている。その時点で無事だとは言えない、少なくとも人族の間では。

「随分と魔力を使った様であるな」

 動けないほどに魔力を消費したシャリーに、アルクラドが言う。後陣へと向かった敵の魔力は、シャリーがここまで消耗するほどではなかった為、今のシャリーの様子がアルクラドには不思議に映ったのである。

「近くに寄られて魔法を邪魔されまして……ライカさん達に時間を稼いで貰ったんですが、お2人が近くにいたので範囲の広い魔法は使えなくて……」

 アルクラドに言われ、戦いの様子を言うシャリー。シューランを倒すだけであれば、別の魔法を使うこともできた。しかしシューランを倒すほどの魔法はライカ達を巻き込む可能性があり、強力かつ精密な魔法を使う必要があった。

 その点、氷雪の大精霊を喚び出す精霊魔法は、その対象を細かく限定することができる。氷雪の大精霊が触れるだけで、この世のほとんどのものは凍り付いてしまう。その為、大精霊に触れる対象を伝えればいいだけであり、シャリーはあの魔法を選択したのである。

「……何故、そこまでの接近を許したのだ? 近づかれる前に片を付ければ良かったであろう」

 話を聞いたアルクラドは、シャリーが消耗している理由には納得しつつも、そもそもの彼女の行動を不思議に思っていた。自分の様にやりすぎるなと言われていないのだから、遠くから周りの敵ごと纏めて吹き飛ばしてしまえばよかったのではないか、と。

「仰る通りです……どうしてそうしなかったのか、私も不思議です」

 多少の浮かれがあったとはいえ、原因は明らかに油断だった。アルクラドが大丈夫だと言うのだから大丈夫だ、という思いがシャリーにはあったのだ。それを口には出さず、シャリーは独り猛省するのであった。

「さて皆さん。1度皆で集まり、ドールへと戻りましょう。シャリーさん、立てますか?」

 戦いの決着は着いたが、後陣で戦っていた戦士達の多くがそれを知らない。戦いが終わった後は笛の音を合図に、決められた場所へ集まることになっている為、座り込むシャリーをエピスは気遣う。

「歩けないことは、ないと思いますが……」

 言われたシャリーはゆっくりと立ち上がる。ロザリーの治癒魔法で打撲などの外傷は治っている。しかし使い果たした魔力や体力、蓄積した疲労は元には戻っておらず、杖を支えにして立つのがやっとであった。

「歩くのは大変そうですね。アルクラド殿、手を貸してあげていただけませんか?」

 まともには歩けなさそうなシャリーを見て、エピスはアルクラドに彼女を運ぶように言う。歩くのが辛そうなシャリーを見かねての言葉であるが、戦いの功労者の1人である彼女へ報いる目的もあった。その意図を感じ取ったのか、ロザリーをはじめとした周囲の女性達から、羨望のまなざしがシャリーへと向けられた。

「うむ。我が運ぶが早いであろうな」

 早く移動する為という意図を感じ取ったアルクラドは、そう言ってシャリーの傍へと行く。そしてやや狼狽えた様に視線を彷徨わせるシャリーの傍で屈み、彼女を抱き上げた。

 否。担ぎ上げた。麦の詰まった袋を運ぶ時の様に。

 そうじゃない。

 それを見た全員の心が1つになった。

「アルクラド様、降ろしてください」

 お姫様の様に抱えられるのを期待しつつ、半ばこうなることを予想していたシャリーは、無感動な声で言う。いくら立つのがやっとなほど疲れ果てていようと、荷物の様に担がれて衆目に晒されるのは耐えられなかった。

「まともに立てぬのであろう、じっとしておれ」

 だがそんなシャリーの思いはアルクラドには一切伝わらない。降ろしてやれ、せめて負ぶってやれ、というライカ達の思いも伝わらない。

 結局シャリーは降ろしてもらえず、担がれたままドール軍の集合場所へと運ばれることとなった。

 そこへ行くまでの間、少なくない数の戦士達の傍を通り過ぎたアルクラド達。エピスやヴァイスという有名人がいることもさることながら、美丈夫が美少女を運搬している姿もまた彼らの視線を集めた。初めは降ろせと騒ぎ続けていたシャリーであるが、途中から諦めた様に無心で地面を見つめていた。

 そうして集合場所へと着くと、エピスとヴァイスが部下へと指示を出し、点呼、撤収の段取りをしていく。その間、やっと地面に降ろしてもらえたシャリーは、自分で歩けるように体力回復に努めていた。

「あれ、もう終わっちゃったんだ?」

 そうしていよいよドールへ戻るというところで、そんな声が聞こえてきた。エピスの下へ向かってくる4人の男女。その中の長い金髪をなびかせた少女が、残念そうな様子で何かを呟いている。

「エリー……? 何でここに!?」

 彼女を見たライカが驚きの声を上げる。ロザリーも同じ様な表情をしており、あの4人組は彼らの知り合いのようであった。

 戦いが終わったのか、と言う彼女の口ぶりから、戦いに参加するはずだった冒険者であろうか。彼女の声を聞いた者の多くがそう感じた。しかしエピスをはじめとした優れた魔法使い達は、彼女の気配を感じ、僅かに顔をしかめるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

魔王の右腕、強かったです。

その右腕より、魔王は強い予定です。

次で9章は終わりとなります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです 引き込まれるように最新話まで読んでしまいました。 魔王の右腕のアルバリもかっこよかったです
[良い点] 結果が圧勝であったとしても、やはり強さとかっこよさを兼ね備えた敵との戦いは素晴らしいですね
[一言] 魔王の片腕となると、意外と魔王との戦いは近かったりするのでしょうかねぇ。 それにしても、寛大な心遣いという曖昧な約束……アルクラドさんは思いっきり律儀なので後々の大きな伏線になりそうですな。…
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