梅シロップ
「時量さん!宿題教えてー!」
「時量さん、唐揚げつまみ食いしよー」
「時量さーん!お兄ちゃん邪魔だから連れてって!」
先日の時間屋での一件以来、私は何か吹っ切れたように、遠慮なく時量さんにからみまくってた。
「時量さん!梅の実収穫しよー!」
「いいですけど、突然ですね。」
私は、時量さんを連れて庭にでると、梅の木の前に、物置から出した梯子を設置する。
そうして、その場から一歩離れ『どうぞ?』と時量さんに場所を譲る。
「…私が登るんですか?」
「はい!お願いします!」
素直な時量さんは、身軽な様子でするすると梯子を昇り、下で私が広げている袋の中にもいだ梅の実をどんどんいれてくれる。
「時量さん、今、実をもいでる枝の付け根のところを見れますか?」
「はい。」
「そこに、びっしり白いちっちゃい虫が集まってるでしょ?それがいる年は、私は怖くて梅の実がとれないんです!」
説明するために、頭の中で想像するだけで腕に鳥肌がたつ。
「カイガラムシですよね?刺したりしませんよ?」
ついでに駆除しているのか、時量さんが枝をカリカリと引っ掻いている。
私が『ひぃ!』と叫んで離れると、梯子の上の時量さんが一瞬目を丸くしてから、手の甲で口を抑えて笑いを堪えている。
「だ、だって白くて小さい虫が、一箇所に張り付いて集まってるの見るとゾワゾワするじゃないですか!しかも、ちっちゃい時に『そいつら、ずーっと木の液チューチュー吸ってるんだぞ!』っておじいちゃんに言われて余計に気持ち悪い!」
「それでも、梅の実取りたいんですか?」
「だってこの時期にとらないと、梅シロップ飲めないし…。完熟したやつはお母さん全部梅干しにしちゃうから。」
「梅シロップ、好きなんですか?」
「めっちゃ美味しいよ!もいでくれたやつで私が作るから一緒に飲みましょうね!」
うちの家族は、お母さんとお兄ちゃんは甘いジュースはあまり好まないし、おじいちゃんとお父さんは梅酒派なので、現状梅シロップの美味しさを分かち合える人がいない。
私が期待を込めて時量さんを見上げると、『よしっ』と時量さんは腕まくりをしながら木を見上げた。
「たくさんとりましょうか。」
「あ、でも、この木と、そっちの木だけでいい。とった分の半分はおじいちゃんに梅酒作って。残りはお母さんの梅干し用に完熟させるから。」
「なるほど。」
収穫を終えた後は、二人で広げた新聞紙の上に座って、黙々と爪楊枝で梅の実のヘタ取りをした。
全てヘタを取り終わって、水で洗った梅の実が大きなザルの上に積んである。
乾いた布で拭った物を、煮沸した大きな保存瓶の中にポイポイといれていく。
瓶は二つあって、一つは梅シロップ用、もう一つは梅酒用だ。
「ちょっと黄色っぽいやつは、こっちの梅酒の方の瓶にいれてください。その方がおじいちゃんは美味しいんだって」
「なるほど、分かりました。」
また二人で黙々と作業に打ち込む。
十個目くらいの梅を瓶に投げ入れた時、私が不意に頭の中に浮かんだことを話しだす。
「時戻しのこと、家族には言わない方が良いと思って。」
「…そうですね。私もその方が良いと思います。」
時量さんがすんなり同意してくれてホッとする。
これ以上、させたところでどうしようもない心配を、させたくなかったのだ。
その後も、二人でポツポツと雑談がてら、時間屋に関することを話す。
あの日以降も、時量さんだけで時間屋で何度か十六年前の資料を見ているらしいのだが、これといっておかしなものは今のところ無いらしい。
「そもそも、もしかしたら調べるべきなのは十六年前ではないのかもしれません。」
「?」
いまいちピンときてない私の表情から、時量さんは説明を重ねるべく口を開く。
「私の年齢が約五十年ほど巻き戻っているのだから、そもそものズレは五十年前あたりの時軸にあるのかもしれません。」
五十年。
長い歴史で見たら大したことない数字なのかもしれないけど、
一人の人間としてみたら、人生の半分か、それ以上で。
どんな時代感なのかあまり想像つかない。
「私がちょうど時間屋の店主を継いだ頃ですし、私と先代、両方の記録を調べる必要があるので、もう少し時間がかかるかもしれません。」
そこまで言って黙って考え込む時量さん。
私は、手に持っていた拭い終わった梅をポイっと瓶に投げ入れた。
梅の実はコロコロと瓶の中で少し転がると、氷砂糖の隙間に収まる。
いつの間にか瓶の中には梅の実と氷砂糖の地層が出来上がっていた。
「時量さんは、やっぱり元に戻りたいんですか?」
「え?」と、一瞬驚いた様子を見せてから、間を空けず「どちらでも」と即答する。
「どっちでもいいんですか?」
「正直なところ、そうですね。時間屋の仕事は嫌いではありません。たぶんそれなりに責任というものを持ってやっていたと思います。」
梅の実を拭う時量さんを見ていると、時間屋で、大きな砂時計の隣に静かに座っている姿がすぐに想像できた。
今度は時量さんが、ポイっと梅の実を投げ入れる。
「ただ、…清太郎さんに毎日仕事を教わって、樹木の勉強をして、久谷家でみなさんと暮らすことを知ってしまった今、前と同じように時間屋で暮らすのは、難しいかもしれませんね。」
「なんかさ、…時量さんは、うちのおじいちゃん好きだよね。」
私は、時量さんが梅の実を入れようとしていた、おじいちゃんの梅酒用の瓶の上に、邪魔するように覆い被さった。
そんな私を見た時量さんは、ピクリと片方の眉を動かして、呆れたような、少し不満気な、あんまり見たことない表情をした。
(だって、おじいちゃんと、樹木と、久谷家のみなさんって。…最初に会ったのは、私なのに。)
子供のようないじけ方をしていることは、分かっているけれど、私の中で、時量さんがちょっと他の人と違う枠組みにいるみたいに、時量さんにも、私をちょっと贔屓して欲しかった。
(意味わかんないけど。)
時量さんは、瓶の上に伏せた私に目線を合わせるように肩肘をついた手に顎を乗せて、私の拗ねた顔を覗き込む。
「さっき言った通り、私が時戻しの原因を調べている理由は、自分のためじゃありません。このままで居て、一粒さんに問題がないか確認したいからです。」
「そうなんですか?」
伏せた姿勢のまま、キョトンとする私をしばらく眺めると、『はぁ』とため息をついて、時量さんは姿勢を元に戻して『音無川か、いや何言ってるんだ』とつぶやいていたけど、意味が分からなかった。
ちょっとだけ気持ちが浮上して、気になることを聞いてみる。
「五十年前の資料ってたくさんあるんですか?私も手伝えますか?」
「まぁ、少し古い文章ですが、普通に日本語の記録なので、読めはしますが。…学生さんは勉強が忙しいでしょう。」
「勉強が忙しいのは時量さんも同じでしょ。」
最近、時量さんが樹木医の資格の勉強を始めたのを知ってる。
おじいちゃんは、時量さんに仕事の助手をさせるだけではなくて、たぶん本気で自分の仕事を引き継がせるつもりだと思う。
だからどんどん現場に連れ回しているし、資格も勧めたんだろうな。
時量さんはもともと博識だし、植物に詳しかった。
本人曰く、砂時計を作る以外暇すぎて本ばかり読んでいたからだと。
「まぁ、そうですね。無理のない範囲なら…」
時量さんは迷っているのか、考え込んでなかなか返事をしないので、私は暇に任せてその様子を観察する。
時量さんは、つい先日長かった髪を切った。
今は顎あたりで切り揃えているボブの私より短いし、普通の男の人って感じの髪型。
おじいちゃんと屋外の作業が多いせいか、前ほど色白じゃない。
だから、前ほどミステリアスという感じではない。
出会った時ほどボーッとしなくなったし、全部ハイハイ言わなくなって、ちゃんと発言に時量さんの意思を感じる。
じっと無言で観察する私の視線に、何か勘違いしたのか、
「今度は何を勘違いしてるんですか?」
と疑わしげに見つめ返してくる。
何の話だろ。
私は最後の梅の実を拭って、ポイっと投げ込んだ。
「時量さん、梅シロップ楽しみですか?」
私が何だか楽しくなってニヤッと笑って質問すると
「一粒さんと、一緒に飲むのが楽しみですよ。」
と呆れたように笑ってくれた。




