時軸で
どこまでも眩しい白の中を、顔の見えないたくさんの誰かが歩いて行く。
過ぎていく時たちが、旅人があるいているのだ
それぞれ、早かったり、遅かったり、
それでも止まることなく、等しく通り過ぎて行く。
私はその中を、逆に歩いている。
流れに逆らってみて気づいたのは、ここの足元は細かい砂があって、ずっと進行方向に緩やかに流れているから、逆らって歩くのは結構疲れるということ。
あと景色っていうのは結構大事で、背景が何も変わらないとどれだけ進んだのか検討がつかなくて、進んだ感覚がないのに、身体だけが疲れていく。
(でも疲れているってことは、動いている。)
己を鼓舞する。
正直歩く方向だって合っているのか分からない。
でもどれだけ掛かっても、また探せばいいのだ。
『はぁ…、はぁ…』
少し前まで、あまりに変わらない景色にうんざりして、気晴らしにアニメソングを歌っていたけど、もうそんな気も起きなくなった。
(疲れるのに、喉も乾かないし、お腹も空かない…)
一歩、一歩砂を踏みしめる。
紺の制服は砂埃でもはや灰色になっていた。
自分では少し前と思ったけど
もしかしたら、何日も、何ヶ月も経っているのかもしれない。
右足を踏み出したら、左足を踏み出す
(右足、左足、右足、ひだり…)
私は歩くロボになっていた。
(…?)
ずっと同じだった景色に、痺れていた脳が、強い違和感を覚える。
単調な流れの中に、変な動きをする場所がある。
明らかに流れを邪魔する砂の小山があった。
そこを避けて通るために流れが膨らんでいる。
なんなら避けずに、無理やり踏んづけて通る旅人もいる。
(…あ)
私は弾かれたように砂の小山に向かって駆け出した。
しかし、力が入らない足は、逆らって流れる砂にもつれて何度も転んで手をつく。
その度に砂を蹴って立ち上がる。
小山にたどり着いた頃には、顔も手も砂だらけだった。
小山にしゃがんで必死で手で砂を崩していく。
その間も通り過ぎる流れに何度も押し流されそうになって踏ん張る。
『…っ!』
爪の中も砂だらけで、砂に水分を取られ過ぎて少しの砂も手の表面を傷つける。
指だけではない、手や、足や、身体が、砂粒に戻ろうと、少しずつ朽ちている気がする。
気づかないように、見ないようにしていた恐怖に飲み込まれそうになる。
ここは、私たちを砂粒に変えようとしている。
(怖い!怖い怖い怖い!でもそんなの知らない!)
痛いのか、悲しいのか、腹立たしいのかもう訳がわからない涙が滲んでくるけれど、必死で食いしばって掘り続ける。
山が半分ほど崩れてやっと思っていたものが見えてきた。
見慣れた灰色がかった髪の毛は、白い砂でほとんど白髪みたいになっている。
『ばか、ばか!ばか!なんで!』
やっと崩し終わった砂の山から出てきた時量さんは、あの日の夕方みたいに顔を突っ伏して背を丸めて、三角座りをしていた。
私はその頭に覆い被さるように膝立ちのまま抱きしめた。とても冷たかった。
『…時量さん』
ぴくりと、腕が動いた。
『時量さん!時量さん!時量さん!』
私は抱きしめたまま、泣き叫んでいた。
もう涙腺はとうに決壊して、時量さんのつむじを湿らせていた。
いっそびしょ濡れにしてやろうかと泣きながら叫び続けた。
『…一粒さんを、…待っていました。』
あの日と同じように何度か瞬きして、私を見て、
あの日と違って、砂だらけだけど、笑っていた。
涙が後から後から、どこから出てくるんだってくらい、ボロボロと溢れてきて、時量さんをよく見たいのに、滲んで見えない。
私は八つ当たりみたいに時量さんの顔と髪の砂を何度も手で払う。
『すっ、す、すごくっ、さっ、さが、探した!ぜ、全然、いなくて!こ、こわかっ、た!』
嗚咽で上手く喋れないのと、聞いて欲しい気持ちでぐちゃぐちゃで、なんなら顔も砂でぐちゃぐちゃで。
『なんで、待ってたの…』
『一粒さんは、来るだろうなぁと。私は待ってる方だろうと。』
『…ありがとう。待っててくれて、ありがとう。』
『ありがとうは、私なのに。いつも一粒さんの方が大変だ。』
『何もできないで待つのは、私には無理だよ。』
『確かに、待てずになんども緑の柿を齧っていましたね』
あははと時量さんは笑った時量さん。
私はいつまででも、この笑顔を見ていたいんだ。
この人がこんな風に笑えるならば、どこまででも探しにいける。
ずるいなぁ。ずるいのに、嬉しい。
『よし、時量さん、帰ろう。』
『一粒さん、すみません。私は元時間屋ですけど、この時軸は初めてでして、帰り方を知りません。』
『あ、うん。そうだよね。』
私は、無抵抗で頭を抱えられたままだった時量さんの声が篭っていることに気がついて、少し離れて両手をとって繋ぐ。
向かい合う形で、二人でうーんと首を捻る。
『でも、私なぜか少し分かる気がするんだよね。神様曰く、三十四年この辺漂ってたらしいし。』
『時量師神ですか?』
『うん。会えたから、ここに行かせてって言ったら。最後の一握りでってたぶん飛ばしてくれた。あ、…時間屋も、たぶんなくなっちゃって。』
『最後の。…私も最後の時間屋でしたし、彼のことはもう頼れないのでしょうね。』
『あ、でも!私たちが二人でいれば時軸の中で正しいって。そしたら二人で待っていれば正しい位置に戻される?あとは、なんだっけ、今の時間と繋ぐもの?』
私は時軸にくる前の朧げな記憶を必死に掻き集める。
『今の時間と繋ぐか。…一粒さん、もしかして私が渡した御神木のお守り、今持っていたりしますか?』
『あ!あるよ!』
私は首の紐を引っ張って、制服のブラウスの中から御神木の砂時計を引っ張り出す。
服の中にあったからか、時軸の砂嵐の砂もついておらず、つるりと綺麗なガラスのままだ。
『時戻しの客に必要な条件は、たくさんあります。それらが奇跡的に揃って、かつ本人が強く望んでいることです。その状態で時戻しの砂時計をひっくり返すことで、望んだ時に戻ります。』
私たちは御神木の砂時計を見つめる。
『条件なんて全く揃っていないですが、私たちは強く望んでいます。そして、今居る時軸はきっと正しくない。出鱈目な砂時計とも言えないお守りですが、もしもまだムクロジに力があるなら、引き寄せてくれるかもしれません。』
『やってみよう。ダメなら二人で歩こう。』
私は時量さんの目を見て頷いた。
時量さんと私は、繋いだままの二人の手の間に御神木の砂時計を挟んだ。
もう一度頷き合い、私たちは手首を返して砂時計をひっくり返した。
強く、強く、帰る場所を願って。
砂が打ちつけて、砂と自分の境目が分からなくなって、それでも決して手は離さなかった。
時量さんと繋がれたら手だけが、私を繋げていた。




