33話 旅路
オーラムの死によって、魔物の軍勢の大半を占めていたアンデッドは骸にかえり、ギバール達の活躍もありタウロン連邦軍は勝利した。
オーラム討伐と国土再生の一部始終を語ると王族たちは歓喜し、リリを救国の英雄と奉ったが
「イサクさんがいなければ私たちは死んでいました。彼こそが本当の英雄です」
と涙を流すリリに感じ入り、彼を王国最高のヴォドンとして手厚く弔った。
クロとキリク、ハタルも歓待を受けた。特にクロには特例の一代貴族に、との話も出たが固辞した。
「美味い食い物も酒も葉巻も、毎日じゃ飽きちまう。あの時のあれ、美味かったなあぐらいがちょうどいいんだよ」
「確かにそうかもな。俺もサロホーリに帰って釣りの生活に戻りたいな」
「ハタルはゲルメクで総督の元で働くことにしたニャ。シティガールになるニャ」
ネロスは今回の功もあり、ゲルメクの副総督から総督に昇進した。と言っても、仕事は変わらない。元々総督は統治には関わらず王都で税金の上前をはねるだけの役職だったのを、ネロスが追い出しただけだ。
「計画どおりだけど、オーラムのおかげで3年早まったよ。オーラム様々だね」
と、ネロスはいたずらっぽく笑う。
戦争終結から1ヶ月後、王宮でリリの勲章の授与式がおこなわれた。リリには宮廷アニマの地位と王子との縁談が用意されていて、断るのに難儀したが勲章は受けることにしたのだ。
いつかの舞踏会と同じように、リリの支度はメガンが整えてくれた。メガンと会うのは戦争が終わって以来だ。
「メガンさん、久しぶり!変わりない?」
「う〜ん、それがな……まだ分からんがお腹に赤ん坊ができてるようなんだ」
「えっ!?ステキ、おめでとう!」
「まだ分からないがね。なにしろゴーレムに握り潰されかけた身だからね。また経過を手紙に書くよ。これからはどうするつもりだ?」
「まだはっきりとは決めてないけど……大陸で行っていない街もまだまだあるから見て回りたいなって。クロも付き合ってくれるし」
「そうか、クロとか。フフフ……」
「なんかメガンさん、笑いかたがネロスさんに似てきたね。やっぱり夫婦って似てくるのかな」
「なっ……!」
アフタヌーンドレスを着て、王宮のテラスでセトルベル王から勲章を受けるリリ。外苑には王都の市民も詰めかけている。
「陛下、こうしてお目にかかるのは舞踏会以来です」
そう言ってリリは最敬礼のカーテシーを可憐におこなってみせる。
「いやはや、あの夜はネロスにまんまと担がれたわい。
しかし、異界から呼ばれて不安げな顔をしていた少女があの夜の歌姫で、そして本当に国を救ってくれるとは……」
王も手の甲に口づけして返礼し、リリの胸に勲章をつけながら尋ねる。
「リリ、他になにか望みはないか?出来ることなら叶えてやりたい。儂からのせめてもの礼じゃ」
リリはあごに指を当ててしばし考えていたが、なにかひらめいて快活な笑みを浮かべた。
「じゃあ、一曲歌わせていただける?」
急遽、テラスにピアノが運び入れられる。舞踏会の夜に共演した宮廷楽団も楽器と椅子を持って集まり、リリと短い打ち合わせをする。
何事が始まるのかと観衆がさざめくなか、ピアノの前に腰かけたリリは青い空を仰いでイサクとソレイリアのことに暫し思いを馳せた。
観客が静まったところでリリは、静謐で切ないC - G - Am - Fのカノン進行の和音を奏で始める。
舞踏会の夜と同じ、ザ・ビートルズの『Let it be』だ。
『私の魂が迷うとき
精霊たちがあらわれ
ともに歌ってくれる
あるがままにと……』
ピアノの音色とリリの歌声は、外苑に集う群衆ひとりひとりに、空から降り注ぐように聞こえた。風の精霊ルズヤが波長を増幅し、広場の隅々まで届けていたのだ。
2コーラスめからはリリが弾き振りし楽団が伴奏をつける。当代一の楽士の集まりである宮廷楽団にとっても、あの夜異世界から来た少女が奏でた曲は衝撃だった。一度で覚え意見を持ち寄り、すでに譜面にまで落とされていた。即興ではなく完璧に合わせてみせる。
精霊たちも光の糸を引きながら周りを飛び回りはじめた。トプラはリリの姿が見えやすいように外苑の端の土地を少し持ち上げたし、スーが霧雨を降らせ虹を描くと、アテスがパイロのように王宮の尖塔の先から炎を上げた。
『あるがままに
あるがままに
精霊とともに歌おう
あるがままにと……』
リフレインを歌い終えピアノの一音を叩き終わっても、観衆は水を打ったように静かだった。リリが立ち上がり頭を下げた時、王都中の小鳥が逃げ出すくらいの歓声が鳴り響いた。
リリはどこかにいるはずのクロの姿を探したが見つけられず、スーの作った虹のかかる空を見上げた。
1週間後リリとクロは、2人が出会った王都のバウンサーギルドでテーブルを囲んでいた。クロはエール、リリは馬乳酒だ。
「やっぱりオーラムが魔物をせっせと増やしてたんだな!魔物が減ってバウンサー稼業は左前だぜ。救国の英雄なのに、バウンサー仲間からはうっすら恨まれちまってるよ」
「まあ平和に越したことはないじゃない!この大陸にも、まだまだ知らないところがたくさんあるよ!一緒に見に行こうよ!」
と、腕を掴んで立ち上がらせようとするリリに、クロが口調を改めて語りかける。
「リリ、それより俺に紹介しないといけない人がいるんじゃないか?」
リリがストンと椅子に座り直し頭を掻く。
「えへへ、やっぱりバレてた?こちら、悪魔ザマン」
リリの背後に捻じくれた3本角の赤い悪魔が現れる。
「ザマン、やっぱりリリについてたのか」
「オーラム亡き今、渇望の大きさ純粋さ、運命の糸の縺れ具合、どれをとっても我々悪魔にとってはリリが最高のご馳走だ」
「ザマン!オーラムがいなくなって、やっとその件を落ち着いて話せるんだけど!」
「……クレームを言われる予感がするな」
「もちろん!大クレームよ!
まず、こっちの世界の契約を見てると“〇〇を差し出します”って事前申告ありきよね?
あの時“大事なものを差し出す覚悟”って抽象的な言葉で命を取るのは、説明不足じゃない?
それに私はオーディションに受かっただけで事故にあったのよ?これって私の望みを叶えたと言えるの?
私の家族はどうなの?他の契約見てると、家族全員の命と歌手になる夢だと、どう考えても割に合わないよね?
そして私はあの事故で死んでいたはずなのに、別の契約でこの世界に転移されて怪我がリセットされた。今契約はどうなってるの?私の命は貴方に握られたまま?」
ザマンがクロの顔を横目で見ると、クロは目で(お前がなんとかしろ)と訴える。ザマンが紳士的に、だが若干おそるおそる語りだす。
「まず、君と私の契約についてだ。オーラムがいた時にも話したが、君の死は転移で有耶無耶になってしまった。それは私も初めて経験する例で、対応に困るところだ。
しかしそれ以前に……いや以後と言うべきか。君は自分の力で歌手になってしまった」
「え?」
「元いた世界でのオーディション合格は私の力によるものだ。だが勲章授与式で君は歌い、自分の歌で数万人の心を震わせた。それは君が望み目指していたこと、そのものだろう?」
「そうだけど……」
「もう一度言おう。君は自分の力で歌手になった。私が与えるべき利益は無くなった。だから私が君の命を貰う理由も無くなった。契約は解除だ」
呆然としているリリの肩をクロが叩く。
「それから、大きな誤解があるようだから言っておこう。オーディションの夜に起こった交通事故。あれに私は介在していない。純然たる事故だ。ゆえに、君の家族の安否も私の知るところではない。
契約の対象としたのは君の命だけだ。そして君の言うように、私なら君が歌手として登りつめたその時に命を貰い受ける」
今度はクロが呆然としたが、リリはポロポロ涙を流しはじめた。
「よかった……パパもママもお兄ちゃんも、私が殺したんじゃなかった……」
「そうだリリ!リリの家族はきっと皆生きてるよ!」
あらためてクロがリリの肩を叩く。
涙を拭って頷いているリリに、ザマンが再び語りかける。
「なお、私は時空を越える最強の悪魔ザマンだ。君が望むなら、私と出会い事故が起きるあの日の前まで時間を遡ることも出来る。これは新たな契約だ、必要なら声をかけてくれ給え」
「どういうこと?」
「言葉どおりの意味だ。時間を巻き戻し、君の元いた世界、私に出会う前に戻す」
「でも、転移は?」
「相応の供物を渡せば、“救国の英雄に選ばれない”や“私と会わない”という条件付で戻ることも可能だ」
「……」
「いいじゃねえかリリ!家族の元に帰れるんだぞ!お前のためなら……俺が供物になったっていい!」
「バカなこと言わないでクロ!」
一度引っ込んだ涙が、またリリの目に溢れ出してくる。
「……すまん、そうだよな。俺なんかが、そんなバカでかい望みの供物になれるわけが無え」
「じゅうぶんだ」
「え?」
「我々悪魔に対し、供物の軽重をたばかることはできない。クロはリリにとって今、この世で最もかけがえのない存在だ。もはや自己の生命すら超えると言って差し支えない」
「ち、ちょっとザマン!恥ずかしいから人の感情を冷静に解説しないでよ、この悪魔!
ちゃんと自分で言うから……」
再び涙が引っ込んだリリが真っ赤な顔で抗議する。馬乳酒を一気飲みし、両手でクロの顔を押さえて詰め寄る。
「クロ、今ザマンが言ったとおりよ。この世界に来て、クロが側に寄り添ってくれて、クロが守ってくれて、一緒に旅して一緒に戦った。
わたしはクロが好き、大好き。愛してる。ずっと一緒にいたい。
……クロはわたしのこと、どう思ってる?」
「う、うん。俺も好き……はじめて会った時から、いいなと思ってた……」
「……それだけ?」
「クロにとってリリがどういう存在か、私から説明することも出来る。必要か?」
「うるせー!黙ってろこの悪魔め!」
口を挟んだザマンにクロが銃を抜くと、周りでどうなるかと聞き耳を立てていたバウンサー仲間達が一斉に床に伏せる。
「クロ、出禁になっちゃうよ!もう行こ!皆、これで一杯ずつ飲んで!」
照れ隠しもあり、テーブルに金貨をバシッと叩きつけるリリ。
「おぉ〜さすがリリちゃん!救国の英雄!」
大歓声を背にギルドを後にし、王都の城門を出る2人。初ミッションで通った草原にさしかかる。
「ここ懐かしい〜!ガノー平原に行くときに通ったよね!」
「……いいのかリリ?元の世界に帰らなくて」
「……精霊と魂が飛び交って、そしてクロがわたしの側にいるこの美しい世界が、わたしの世界だよ。
さあ次は一緒にどこに行く?傭兵都市?竜の都?ワーウルフの里?ヴォドンの総本山?」
リリがクロの手を取り、2人の姿が丘の向こうに消えていった。
第一部 完




