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――お戻りください。
何処からか、そんな声が聞こえた。女性の物の様、だけど聞き覚えは無い。
声は木々の間を通り反響して、出所は分かりそうにない。
「だ、れ・・・ですか?」
背の剣に手を掛ける。
人か、魔物か。敵か、味方か。
――味方、なんて自然に使うとは思わなかった。味方の定義なんて解らない癖に。
少し待ってみても、返事は返ってこなかった。
自由な片手を、何時の間にか握り締めていた。震えているのが分かる。
怖い。恐怖はあるけれど、引き返すのならここまで来た意味が無い。
(行こう)
これ以外の選択肢なんて、馬鹿な己には分からないのだから。きっと、存在すらしない。
――お戻りください。
暫く進むと、また声が聞こえた。先程と同じ女性の声。そしてまた、出所は分からない。
「誰なんですか?貴女は」
声の主は答えない。
人なのか、人ならざるものなのか。
どちらにしても、唯進むだけ。
その為に来たのだから。
更に進んだ。あれ以来、声が聞こえる事は無かった。
唯々静かで、生き物一つ見かけない森。
偶に聞こえるのは、木々を揺らす風の音だけ。
弱い風が、髪を揺らす。明るい茶色の髪が、視界に映った。
あまり光の入らないこの森には、なんとも似合わない色だと思う。
どう動けばいいのかも分からない。道の無い森を真直ぐに進んで行く。
開けた、道の様になっている場所に出た。
「道、・・・」
足を止め、周囲を見回す。
道があるとは思わなかった。
罠、なのだろうか。それとも、
(森の導き・・・?)
自分の発想を、鼻で笑う。冗談とはいえ、馬鹿げている。
否、‘‘馬鹿げている‘‘なんて今言える言葉ではないか。だって、今の自分の状況の方が馬鹿げているのだから。
現実味の無い世界。馬鹿げた妄想のような状況。これに比べたら、何も馬鹿げてはいない。
まあ、比べる様な物では無いのだけれど。
罠か、否か。
なんて、きっと関係無い。
森の奥に続くだろう方向と、戻るであろう方向。
柄に手は掛けたまま、また奥へと歩き出した。
奥の奥。森の大分深い所まで来たと思う。
地図は無いから、確かではないが。
耳に届くのは、木々の葉が揺れる音と己が土を踏みしめる音だけ。
相も変わらず自分以外の生物は見かけない。
先程よりも更に暗い森。日が沈もうと動いているからではない。この辺りの木は大きく背が高いから。遮られて届かないだけ。
今は何時頃なのだろうか。
考えても分かる事は無い。
無意味な事だと思う。自分は無意味で、無駄な事ばかり。今までも、これからも。それが変わる事は無いだろう。
時間は分からないけれど、遮られているから熱くは感じない。
――風が止んだ。
森に入ってから、強弱はあれど止む事は無かった風が。
この先に何かがあると、否が応でも理解してしまう。
一つ息を吐いて柄を握る手に力を込める。
何時でも剣が抜けるように。何時でも動き出せるように。




