新オフィスの設立と、多重下請け(軍勢召喚)のS級
東京・探索者ギルド本部、3階の貸しオフィスフロア。
本日付で正式に法人登記を済ませた【朝倉商事】の記念すべき本社オフィスは、ダンボールと事務用品が散乱する引っ越し作業の真っ只中だった。
「はい、そこの観葉植物は社長のデスクの横に! 灰原くん、そのダンボールは第一営業部のロッカーへ運んでください!」
秘書のしずくが、的確な指示(タスク管理)を飛ばしながら、エクセルで作った座席表にチェックを入れていく。
「ひぃぃ、重い……っ! でも、安全な室内で肉体労働ができるなんて、前のパーティーの囮役に比べたら完全に天国です……!」
灰原は涙ぐみながらダンボールを運んでいる。
「……社長ぉ。私、もうMPじゃなくて体力がゼロなんですけど。定時(17時)回ったんで帰っていいですかぁ」
部屋の隅では、空間ハッカーのルミが、高級ゲーミングチェアの上でスライムのように溶けていた。
「バカ言わないの! まだ社長専用の特注レザーソファが届いてないのよ! あと、この部屋ちょっと狭すぎない? 私のお父様に頼んで、六本木のタワーマンションの一室をオフィスとして買い上げましょうか?」
副社長を自称するミレイが、呆れたようにため息をつく。
俺は自分のデスク(ただの事務机)に深く腰掛け、淹れたてのコーヒーを啜った。
「いや、スタートアップ(起業)はランニングコストを抑えるのが鉄則だ。身の丈に合ったこの狭さがいい。……お前ら、文句を言いながらも楽しそうじゃないか」
個性豊かすぎる5人の初期メンバー。これが俺の創った、システムに抗うための会社だ。
そんな和やかな空気が流れていた、その時だった。
「――ほう。ここが噂の『スーツの悪魔』が立ち上げた、ド底辺のベンチャー企業かい?」
バンッ、とオフィスの扉が無遠慮に開かれ、派手な毛皮のコートを羽織った男が現れた。
その後ろには、武装した骸骨や、巨大なオークの魔物たちが、まるでガードマンのようにズラリと並んでいる。
「……誰だ、お前は。アポは取ってあるのか?」
俺がコーヒーカップを置くと、男は芝居がかった動作で肩をすくめた。
「俺はS級第6位、【百鬼夜行】の九条だ。固有スキルは『軍勢召喚』。俺一人で数千体の魔物を支配し、使役できる。ダンジョン界における【最大の多重下請け構造】のトップさ」
九条。その名はニュースで聞いたことがある。
自身の召喚獣たちに24時間休みなくダンジョンの素材掘りや雑魚狩りを強制させ、莫大な利益を上げている「数の暴力」の体現者だ。
「竜崎のバカから聞いたぜ。お前、S級の誘いを断って、そんなゴミみたいな落ちこぼれ(不良債権)を集めて起業したんだってな。たった5人の零細企業で、俺たち大手ギルドに対抗できるとでも思ってんのか?」
九条が鼻で笑う。
「悪いことは言わねえ。その会社、俺の傘下(下請け)に入れよ。そうすりゃ、お前のその硬いスーツも、前線で『壁役(肉の盾)』として有効活用してやるぜ?」
挑発的な言葉に、ミレイが怒りで杖を構え、しずくが冷たい目を向ける。
だが、俺はデスクから立ち上がり、九条の前に歩み寄って、その毛皮のコートの襟を軽く払った。
「断る。お前のやり方は、ただの『ブラックな多重下請け』だ。無駄に人員(召喚獣)を増やせば、管理コストが膨れ上がり、一人ひとりの品質が低下する。そんな頭数だけの組織じゃ、いずれ現れる『理不尽な本社の役員(神)』のプレッシャーには耐えられない」
「なんだと……?」
「俺の会社は少数精鋭だ。お前が数千の雑魚(下請け)を使って処理する仕事を、俺たちはこの5人だけで、定時内に、完璧なクオリティで終わらせる。……市場のシェアを奪われる前に、せいぜい自社の労務管理を見直しておくんだな」
俺の『漆黒のオーダースーツ』から微かに漏れ出した底知れぬプレッシャーに、九条の背後にいた数千の軍勢が、恐怖でカタカタと骨を鳴らして後ずさりした。
「チッ……! 口の減らない新参者が。近々、関東に第2形態の『特S級ダンジョン』が出現するって噂だ。そこでどっちの組織形態が上か、嫌でも思い知ることになるぜ……!」
九条は冷や汗を拭いながら、逃げるようにオフィスを去っていった。
こうして、同業他社(既存S級)からの理不尽なマウントを跳ね除け、朝倉商事の第一日目の業務は無事に終了したのだった。




