真理を視る少女、そして剣聖の勧誘
探索者協会東京本部、VIP専用査定室。
分厚いジュラルミンケースの中に並べられた、黒光りする数十個の『未知の魔石』を前に、協会の査定責任者は滝のような冷や汗を流していた。
「……朝倉さん、でしたね。もう一度聞きます。この、A級ボスすら凌駕する純度の魔石を、どこで手に入れたと?」
「ですから、新宿のF級ダンジョンの奥の隠し部屋みたいなところで、たまたま拾ったんですよ。誰かが落としたんじゃないですかね?」
俺が営業スマイルでシラを切ると、責任者はバンッと机を叩いた。
「いい加減にしてください! F級ダンジョンにこんな魔石が落ちているわけがない! あなたの等級は【F級】。もしや、悪徳クランと組んで深層の密猟品をロンダリングしようとしているのでは……!」
責任者の血走った目に、隣に座るしずくがビクッと肩を震わせる。
さすがに「拾った」で数億円の未知の素材を換金するのは無理があったらしい。
「この魔石は一旦協会で預かります。出所が不透明な以上、あなたには特別室でステータスと所持スキルの『厳密な再測定』を受けていただき――」
「あ、あの……査定の追加資料、お持ちしました……」
ピリついた空気を遮るように、ノックと共に一人の小柄な少女が入ってきた。
丸眼鏡をかけ、両手いっぱいにファイルの束を抱えたギルドの雑用係――天音 結だ。
(ん? この子、数日前に新宿の公園で腰を抜かしていた……)
俺が思い出したその瞬間。結の丸眼鏡の奥の瞳が、限界まで見開かれた。
バサバサバサッ!!
彼女の腕から力が抜け、抱えていた大量の書類が床に散乱する。
「ひ、ひぃぃぃ……っ!!」
結はガチガチと歯を鳴らしながら、後ずさって壁に背中を張り付けた。
対象の真実を視覚化する彼女のユニークスキル
『真理の眼』。
その眼には、責任者がどれだけ機械で再測定しようとも測れない、俺の異常すぎる真実が視えていた。
(ウソ、ウソでしょ……!? なんであの人、両手足に『神話級の空間圧縮魔術』を、手袋みたいに巻きつけてるの!? まるで空間そのものをブラックホールみたいに丸めて……あんなの、少しでも制御を間違えれば東京が吹き飛ぶわよ!?)
さらに、その圧縮空間の奥でとぐろを巻く神竜の魔力。
結には分かっていた。目の前の男は密猟の運び屋などではない。この未知の魔石は間違いなく、彼自身が「文字通りバケモノを素手で殴り殺して」むしり取ってきたものだと。
「お、おい天音! 何をやっている! お客様の前だぞ!」
責任者が怒鳴るが、結は「見ちゃダメ、絶対に見ちゃダメ……!」とブツブツ呟きながら震えている。
「おっと、大丈夫か?」
俺がしゃがみ込んで書類を拾ってやると、結は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げて涙目になった。
その時だった。
「キャァァァッ!!」
「うおおっ!? 本物の【剣聖】だ!! 天羽様だ!!」
査定室の外、ロビーの方から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
責任者の顔色が一変する。
「天羽様だと……!? なぜ、日本最高峰の『S級公認ギルド』のマスターがこんな所に……!」
探索者の世界にはルールがある。
この「協会(ギルド本部)」とは別に、特権階級として独自の組織『公認ギルド(クラン)』を設立できるのは、国に認められた一部のA級探索者と、8人のS級探索者のみ。
その中でもトップクラスの勢力を誇る公認ギルド『天刃』のマスター。
日本S級第2位、【剣聖】天羽 蓮。
ラフなパーカー姿に日本刀を差した青年が、騒ぎなど気にも留めない様子で、真っ直ぐにこの査定室のドアを開け放った。
「あ、天羽様! 当協会にどのようなご用件で――」
「どけ」
揉み手で擦り寄る責任者を冷たくあしらい、天羽の鋭い眼光は、書類を拾い集めていた俺の『両手』に釘付けになった。
「昨夜、新宿の地下で異常な空間の軋みを感じたが……なるほど。見つけたぞ」
天羽の言葉に、査定室の空気が刃物のように張り詰める。
『次元断』のスキルを持つ彼の空間認識能力が、俺の手を覆っている『見えない空間の断層』と激しく摩擦を起こして警鐘を鳴らしていたのだ。
「お前、その手に何を纏っている? 異常な質量の空間圧縮……そいつで昨日、何かを『消し飛ばした』な?」
「え? いや、別に何も。最近手荒れが酷くてハンドクリームを塗ってるくらいですが」
俺が営業スマイルでシラを切ると、天羽はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「……面白い。俺の眼をごまかそうとするか」
チャキッ、と。
天羽の親指が、腰の日本刀の鍔を弾いた。
S級探索者の本気の抜刀。空間そのものを斬り裂く『次元断』の剣気が、俺の右腕を試すように、目にも留まらぬ神速で放たれた。
「ひぃっ!?」と責任者としずくが悲鳴を上げる。
だが、俺の目にはあくびが出るほど遅く見えた。
――ガキンッ!!!
甲高い金属音と共に、火花が散った。
天羽の必殺の刃は、俺が軽く持ち上げた『右手の人差し指』に受け止められ、ピタリと静止していた。
「……は?」
天羽が、初めて冷静さを欠いた声を漏らす。
俺の指を覆う「見えない空間のグローブ」は、剣聖の斬撃を1ミリも通すことなく、完璧に弾き返していたのだ。
「危ないじゃないですか」
俺はニコリと笑い、人差し指で刀の腹をトンッと弾いた。
弾き返された衝撃で、天羽はタタタッと数歩後ずさる。
「スーツの袖が切れたら、どうしてくれるんですか。昨日破けたばっかりで、これから伊勢丹に新しいのを買いに行くところなんですよ」
俺の言葉に、査定室は水を打ったように静まり返った。
あのS級の剣聖の斬撃を、F級のサラリーマンが「指一本」で止め、あろうことか服の心配をしている。責任者は白目を剥きそうになり、結は「やっぱりこの人、人間の皮を被った終末装置だ……!」と頭を抱えている。
「……くくっ、ははははっ!!」
不意に、天羽が大笑いし始めた。
彼は刀をスチャリと鞘に納め、俺をギラギラとした熱帯魚を見るような目で見つめた。
「指一本で俺の剣を防いだ奴は初めてだ。お前、名前は?」
「……朝倉 健人です」
「朝倉。俺のギルド『天刃』に入れ。お前のそのデタラメな空間制御能力なら、いきなり副マスターの席を用意してやってもいい。俺と一緒に、世界のダンジョンを制覇しないか?」
S級からの直接のスカウト。おまけに特権階級である公認ギルドの副マスターという、探索者なら誰もが涙を流して喜ぶ破格の提案。責任者も「なっ……!?」と驚愕している。
だが、俺の答えは決まっていた。
「……お断りします」
「なに?」
天羽が意外そうに眉をひそめる。
「俺、本業がありますし、会社に副業禁止って言われてるんで。それに、S級のギルドなんて入ったら、連日ダンジョン攻略で徹夜(サービス残業)させられたり、マスコミに追われたりするじゃないですか。そういうの、一番嫌いなんですよ」
俺はビジネスバッグを肩に担ぎ直し、しずくに「行くぞ」と目配せをした。
「俺が欲しいのは、定時退社と、誰にも干渉されない『60点の平和な日常』ですから。じゃあ、魔石の換金、よろしくお願いしますね。税金引かれた分は指定の口座に振り込んでおいてください」
唖然とする天羽と責任者、そして腰を抜かしている結を残し。
俺は悠然と、査定室を後にするのだった。




