遺産相続パニック【9】
俺の隣に座っていた砂橋が立つとそれを見て雛子と座布団からぴょんと跳び下りた。
「金山さん、遺言書を見せてもらっていいですか?」
「いいですよ」
「ヒナも見るー!」
砂橋と雛子の前に金山が遺言書をまた開いて差し出す。俺も立ち上がってそれを覗き込む。達筆で金山が読み上げた文章がそのまま書かれていた。何か暗号が書いてあるわけでもなければ、字が崩れているわけでもない。
「今日中に見つからなければってことは今日の零時になったら、金山さんがこの金庫を開けて、中身を持っていくんですか?」
「いえ、この中身を私が持っていくことはありません」
「は?」
私は思わず声をあげた。
中に入っているのは遺産なのだから、遺産を寄付するとなれば中身を持っていかなければならないはずだ。砂橋は「うんうん」といつも通りの余裕で頷いた。
「砂橋、何か分かったのか?」
「何も。分かるわけないじゃん」
それもそうだ。俺にも何が何かさっぱりだ。
「俺たちも家の中を探すか?」
砂橋は声をあげて笑った。
「弾正。忘れたの?僕らの仕事は金庫を開けることじゃないよ。遺産相続の話し合いの場にて月影雛子を手助けしてほしい、なんだから」
そういえば、そうだった。砂橋は雛子の方を向くと彼女に問いかけた。
「雛子ちゃん、どうしたい?」
「んー……ヒナ、すなちゃんと遊びたい!」
「……雛子ちゃんがそれならそれでいいけど」
砂橋は困ったなぁと眉を八の字にしたが、雛子はそれを気にせずに砂橋の手を掴んで引っ張った。雛子の手を振り払うわけにもいかず、砂橋は雛子に手を引かれるままに廊下に出て、他の三人が向かった方向へと行ってしまった。
「すみません、雛子ちゃんが……」
「大丈夫です。子供を相手にすることがないから戸惑ってるだけだと思うので……」
坂口の言葉に俺は思わず笑ってしまう。数年に一度くらいだろう。砂橋が人に翻弄される様子を見るのは。いつも俺を連れまわしている分、今日は砂橋が雛子に連れまわされていればいい。困惑している様子を見に行ってみたいが、俺は坂口さんの方を見た。坂口さんは座布団を運んで、居間へと持っていくと低いテーブルの周りに置いた。
「金山さんもこちらにどうぞ。お茶を出しますね」
「ありがとうございます。金庫が開けるまで待ってなければいけないので……たぶん長期戦になりますから、ありがたいです」
金山さんは低いテーブルの前に座ると黒革の鞄から文庫本を取り出した。暇潰しのために持ってきたのだろう。なんの小説を読むのか知りたいが、ブックカバーをつけているので分からない。
隣に座るわけにはいかず、俺はテーブルを挟んで金山の斜め前に腰を下ろした。坂口が俺と金山、そして自分の分のコップを持ってきて、それぞれの前に置いた。
「弾正さんは砂橋さんと一緒にいなくていいんですか?」
「ああ、大丈夫です。むしろ、大輔さんたち三人の様子を見に行かないんですか?」
気になっていたことを坂口に聞いてみる。金庫の暗証番号のヒントを探すためにこの家の部屋を荒らしたりしないだろうか。この家にずっと住んでいなかった人間に家探しされるのはあまりいい気分ではないだろう。
坂口は首を横に振った。
「大丈夫だと思います。探しているとしたら書斎だと思うので」
書斎があるのか。朗氏はどんな書籍を持っているのだろうか。さすがに本を全てひっくり返して探すことはしないだろう。