14話 ロジック
ユーリカ村の子供達を乗せたキャタピラポッドを脇道へ隠し、俺たちゲジ男隊は来た道を引き返している。
先生のハーレム号はどうなるかわからない。
俺たちと行動を共にするかどうかは先生が決めればいいと判断し、立ち尽くす先生を置いてきたからだ。
俺に先生の道決める権利はない、それに血の涙を流す先生に声をかけることはできなかったからだ、元から嫌われているしな。
「何故引き返すんだよ!」
うるさいのが沸いてきた、白に黒の混じった髪、キラキラした白銀に黒い模様が入った服、自称精霊のパウリカだ。
嫌ならゲジ男から降りろよ面倒くせぇな。
「そう決まったからだよ」
「獣人族の問題だろ、君には関係ないじゃないか!」
「俺もそう思うよ」
「だったら!」
「むしろお前こそあいつらの為に戦うべきだろ」
「僕はもう嫌なんだよ!」
「一つ言っていいか」
「なんだよ!」
「お前、今まで獣人の連中に神だとか守り神だとかって崇められてたんだろ?」
「だからどうしたって言うんだよ」
「今までチヤホヤされていた癖に、そいつ等の危機を目の前にして見捨てるような、そんな奴を乗せて旅をする気になんねぇんだよ――俺は」
「……」
「今までどんな扱いを受けていたか知らんけど、自分の都合だけで動く奴がいると全体を危険に晒すんだよ」
これは凄く実感する、身にしみて。
「でも……」
「お前がどんな価値観持ってても知ったことじゃないけどな」
だが獣人族全体を助けるってことになると、戦争自体を継続不可能にするしかないよなぁ。
「とりあえず、もう引き返すって決まったんだよ、誰にも詳細は伝えていないけど、俺はレパス軍を壊滅に追い込むつもりだ」
「相手は聖人がいるんだ、君には無理だよ」
「もう決まったことだ」
「なんでそんなに無理をするんだよ」
何でだろうな、なんていうか『そう決定したから』としか答えようがないんだが……あえて別の理由を探すなら……
「そういえば、全てを受け入れて悟ったような婆がいたな……もしピンチに颯爽とヒーローが現れて絶望から救われたら、死ぬつもりでいた年寄りでも泣くんだろうか……なんてとこかな」
「僕には何のことかわからないよ」
「俺にもわからんことをわかられてたまるかよ、もういいだろ、お前はお前で好きにしろ」
俺は布団に潜り込むとそのまま目を瞑った、徹夜で戦闘はシンドイだろうから少しでも休んで力を蓄えないとな。
パウリカがどうしているかは全く気にならず深い眠りに落ちた。
それから二時間くらいたっただろうか、ヨモギに叩き起こされて外を除いてみれば、小高い丘の上でゲジ男は停車していて、眼下では防戦中のヤザン砦が見える。
砦は東側の崖を背にして作られた半円のもので、まだ陥落してはいないようだ。
俺たちが逃げ出したときにはぐるりと堀で囲まれていたが南側は土砂でところどころ埋められている。
よく観察していると土砂を運んでいるわけではなく土が湧き出ているようにみえる、ハミュー曰く土魔術だそうだ。
砦側から放たれている矢は突風に煽られ力なく地に落ちている、風魔術ってやつだ。
敵の魔術師の配置はわかった、土魔術を使っている奴は二人、風魔法の奴は一人だ、だが聖人とかいう生き物が何処に配置されているのかわからない。
目立っていないってことは、実は大したこと無いのかね?
石を砦に向かって飛ばしている兵器は四台ある、投擲器ってやつか、なるほどレパス兵は三〇〇人前後いる。
「いきましょう!」
赤い猪は今にも丘を駆け下りそうなほど気負っているが。
「まだまだ早いよ、黙ってろ」
「……でも」
何か言いたそうにしているが唇を噛んでこらえている。
今までなら無策に突っ込んでいたろうが少しは学習したようだ、よしよし、知力ステータスが一上がって二になったみたいだな。
「本音を言えば兵法なんか知らん、だがこの段階で飛び込んでも意味が無いことはわかる、なんと言っても数が少ないからな」
「……どうするつもりなのよ」
レパス軍は全軍で砦を包囲している、ユーリカ村は砦のすぐ西側奥にあるらしいがそっちに兵を回している様子は無い。
村人全てが砦に立て篭もっているのだろう。
それを包囲しているレパス軍の陣形は、南側に五〇人くらい、西、北側に二五人づつ、その背後に本隊で二〇〇人はいる。
全軍で力攻めって状況ではなく、まだ序盤だろう、ド素人でもそのくらいはわかる、総攻撃は砦の防衛力を削ぎ落としてからだろうな。
「砦の中にいた獣人戦士は一〇〇人そこそこだった、まだその数が減る段階ではない、こちらも準備をできる限りしておく」
「このまま見ているだけなの?」
赤頭はウズウズしている、体力が有り余ってんならスクワットでもしてろよ。
「まず段取りを組む、戦争なんかは知らない、だけど勝つ奴は始まる前から勝っている。全てにおいてがそうだ、その場の機転で対応? 組織が大きくなるほど、規模が大きくなるほどありえない。そういうのは右往左往っていうんだ」
周りを見渡しながら確かめるように言う、話さずとも伝わっている赤帝も一言も発することはない。
ハミューは黙って頷いた、以心伝心ってやつだ、具体的には『性能の悪い赤頭にも分かるように説明して』と聞こえた。
「だから、砦の門がコジ開けられてレパス軍本隊が突入するまでひたすら準備する」
「その間、見ているだけなの……」
「当たり前だ、人間は他人の願望では動かない、段取りがあって始めて集団は単体として動く。まして俺たちはレパス軍からも獣人側からも数えられていない存在だ、俺たちだけで流れを作るのは無理だ。できることは状況が動いたときに生じる流れを捻じ曲げて乗ることだ」
「具体的に言ってよ! わからない」
「馬鹿だもんな」
「いいからっ! 教えてよ……」
無知の赤頭を煽るのもそこそこに俺は続ける。
「俺たちは獣人との間に何の打ち合わせもしていない、仮に俺たちが単発で仕掛けても砦にいる獣人がそれに呼応することはありえないんだ。だから獣人側が必ず動くときに便乗する。何度も言うが俺には兵法なんかわからない、わからないが城門が空けられたときにレパス軍本隊が砦内部に突入しようとすることくらいはわかる、獣人側がそれを防ぐ為に打って出ることもわかる。作戦ではなく必然だからな」
「うん……」
「必然に合わせて最大の効果が期待できるタイミング、配置、作戦を今から決める……ハミュー、もし俺の思い違いがあれば指摘してくれ、俺に軍って組織はわかんねぇんだからな」
「わかったわ――」
それから眼下で繰り広げられている戦闘を眺めながら入念に行動計画を練った、赤い頭も熱心に聞いている。
自分たちの武器は何なのか、それがわかっていれば流れを作るのは可能だ。
赤帝がいるから敵に察知されることもなく配置ができるし奇襲もできる、ハミューがいるから魔術で大打撃を与えることもできる、俺とヨモギで核となる強い固体を潰す。
ハミューが指摘する軍の指揮系統、行動パターンなども織り込みながら計画を練り上げ、赤帝の誘導に従い各自が持ち場についた。
「そろそろ城門が破られそうですね」
草葉の陰でヨモギが小声で囁く、草葉の陰とはいっても死んだわけではなくヨモギとセットで身を潜めているだけだ。
それぞれが持ち場で待機している。
城門前の堀は全て埋め立てられ大木の先を尖らせた物を雑兵三〇名ほどで勢いをつけて叩きつけている。
もちろん壁の上では獣人が石を落としたり矢を射掛けているが、レパス側の魔術師が風を操って防いでいるため効果は上がっていない。
負傷兵は数えるほど、壁の内側は見えないが獣人側の方が投石の影響で被害は大きそうだ。
城門は砕けそうに見えるが耐えているのは内側から抑えつけているからだろう、あっ、壁から石を投げつけているのって例の婆じゃねぇか。へへっ、生き残ってやがった。
「あぁ、手筈どおりにいくぞ」
本陣から城門付近へ大規模な動きがおこっている、本隊が配置を始めたようだ。
(そろそろ空くな)
ゴクリと生唾を飲み込みスルスルと剣を抜く――。
『ゴガッシャー』と爆音が鳴り響き門の中央に丸太が突き刺さった、それと同時に展開していたレパス軍が門に大挙する――。
「いくぞ!」
剣を抜き猛然と駆ける、その脇で白い蛇が走り抜け展開していたレパス軍の中央を切り裂き、氷の世界が出現する。
背後からの大規模魔術、避けられるわけがない、その被害も、その後の混乱もな!
俺は一直線に駆け抜け土魔術を使っていた魔術師を一人は背後から、返す刀でもう一人の頭を叩き割った。
ヨモギは風の魔術師を予定通りに始末したのか、もうレパス兵の混乱を突き、血煙を巻き上げている、仕事が速いな。
門に突入していたレパス軍本隊は後方の混乱が伝達し、城門から打って出た獣人戦士と個別での乱戦になっている。
策が全て図に当たった、指揮系統は一気に乱れて回復の見込みはないだろう。
後方から見渡せる高台程度の高さの丘からまハミューが一方的に氷魔術を乱射し、ハミューの丘まで登れる一本道はカリスティルがなんとか守っている。
柵を道に組んで、登ろうとする敵を隙間から突き刺す単純作業。
地形を最高の形で利用できている。
敵の遠距離攻撃手段は全て潰し、城門からは獣人が吐き出され、後方はハミューとカリスティルが塞ぎ、既に内部は俺とヨモギが斬り込んでいる、これで指揮系統を回復できるもんならしてみやがれってところだ。
あと一押しでレパス軍の組織として再起不能にできる、あとなにかあれば……
ヨモギはスピードを生かして獣人に応戦しようとするレパス兵の後方から次々に攻撃を加えている、しかも指揮官を優先して潰す。関係ないけどすっげぇ笑顔だ。
全て計画どおり、挟み撃ちではなく俺とヨモギはもう獣人と接触するほど突き進んでいる。
そんな矢先、何かがレパス軍の本隊に飛び込んだ。
三メートル以上の大きく白い虎が混乱するレパス兵を蹴散らしている。
獣人はこんな秘密兵器を隠し持っていやがったのか――
だが獣人も「大湿林の守り神さまだ…・・・」「言い伝えは本当だったのか……」などと口々にこぼしていて、味方なのかはわからぬ、だが――
レパス軍はいよいよ総崩れ、こちらに有利に働いていることは間違いない。
城門が開いてから三分も経っていない。
だが組織的な反撃は不可能なほどの一撃を見舞った。
「ユタカ、あれですよね」
ヨモギが俺に声をかけ指差す、その方向には一際豪奢な装備をまとった男が、数名の護衛に囲まれて続々と集まる獣人の猛攻に耐えていた。
「そうだな、あいつを斬れば全て終了だ」
俺とヨモギは遠征軍の指揮官へ向け駆け出した……




