15話 聖人狩り
「だ~、うっるせぇなぁ~」
後は指揮官を討てばこの戦闘は終わりだ、そう確信して斬りかかろうとした時、大音量の怒声と共に指揮官を包囲していた獣人一人の体が、爆散した――。
反射的に後方に飛び下がりながら身構え、爆心地を凝視すると、フラフラと揺れる人影が見える。
鎖骨まで垂れ下がった銀髪は油分が多いのかベタッとした質感、目は赤く焦点は定まらず、足取りは覚束ない雰囲気、身なりは白を基調とした貴族風の装いだが首元は大きく開き、見える肌は桜色に染まっている――。
てか――酔ってるよなこいつ。
ヨモギはその男の背後に回り込み剣を振ろうとしたが――嫌な予感がした。
「戻れ! ファン○ル!!」
「ヨモギです」
さすが俺の分身、戦闘に酔って熱くなってはいない。
通常通りの冷静な返答を伴い、不可思議な男から距離を取った。
「うっい~、おっ、お前……黒髪か?」
「違う」
即答した。
「おっかし~な、まぁ違うならいいかぁ~死ね~」
酔っ払いは俺に向かって足元をフラつかせながらも飛び掛ってきた――弾丸みたいな速度で。
「ぅくっ!」
俺は咄嗟に剣を斜め受けの体勢のまま横っ飛びし『ガッ』接触はしたものの回避した、が、空中で当たったものだから体勢を崩してトリプルアクセルをした挙句、顔面から着地した『ズシャッ』と効果音と共に顔に擦り傷が大量発生。いってぇ!
男はその勢いのまま一直線、砦の堀に飛び込み、大量の水飛沫を上げた……
とんでもない身体能力だが、酔いすぎだ。
俺は銀髪野郎の落ちた堀に向かって剣を構えながら周囲へ叫ぶ。
「こいつは俺と相棒で抑える! お前らはさっさとそいつを始末しろ!」
俺は周囲で呆けた顔をしたまま立ち尽くす獣人達へ、孤立したままのレパス軍指揮官を討つよう促す。
銀髪男の身体能力はおかしい、おかしいがこいつは軍服が違うからレパス軍の軍人ではない。
おそらくこいつが傭兵の聖人。
隣のヨモギが俺に向かって囁く。
「今から私はヨモギ・ホウジョウと名乗ります、そういうことですよね」
意味がわからない。
後方で戦闘が始まった、獣人連中がレパス軍指揮官とその護衛相手に戦闘を開始したらしい。
周辺のレパス軍の兵は混乱の中、バラバラに撤退を始めている、全体の勝敗は決したようだ。
後は勝ち方だ。
「ふっざけんなよ~服がきもちわるぃ~ぞぉ」
堀から銀髪が這い上がってきた。
俺はヨモギとアイコンタクトを交わして銀髪に駈け寄り、全力で袈裟懸けに斬りつける。
「いって~なぁ!」
『ぐちゃぁ』っという手応えで振りぬいた、が、首筋から肩にかけては斬れたが――浅手だ――ペーパーナイフで安物ステーキを切るように分厚すぎる感触、人間とは思えない。
「しねぇ~~」
男が振り回した腕を剣で受ける、受けた瞬間視界が高速で揺れ、十メートル近く弾き飛ばされた。
銀髪の腕からは流血が伺える、刃で受けたからな。
だが、受け方がマズかったのか剣がくの字に曲がっている。
理解が出来ない、俺の手が痺れて柄を握っていた手から流血しているのに気づいた。
化け物だ。
「まぁた、いってぇ~くそっ!」
全身ズブ濡れの銀髪は焦点の合わない銀色の目を濁った色に変えて、俺を睨みつけている。
どうやら聖人って生き物は人外だ、普通に斬るのは相当難しい、だから――。
「バレては仕方がない、俺は確かに黒髪だ、だからどうした」
最初の出会いからやり直してみた。相手は酔っ払いだ、ひょっとしたら通用するかもしれない。
「そっかぁ~やっぱりなぁ~」
通用してしまった、さすがに驚いたがひょっとしたらコイツには黒髪の友人がいるのかもしれない。
仲良くなってウヤムヤにできる可能性が……
「あの女の仲間だろ~、ひっく、殺してやるぅ~」
どうやら変な地雷だったようだ、余計なピンチを招いたらしく聖人の酔って緩んでいた顔が急に鋭さを増してきている、マズイ。
女とはなんだ、さっぱりわからない。
俺は勝利の女神にアイコンタクトを送り――。
「フッ、そんなにその女に会いたいなら合わせてやるよ……ほれ」
そう言って砦の壁の上を顎で指し示した。
銀髪は歯をぎりっと鳴らしながら腰の剣を掴み背後を振り返る――当然そんなところには誰もいない。
『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕かれん』
振り返った男の背後から無数の白い蛇が群がり、男の体を真っ白に拘束していく。
アイコンタクトを送った相手はレパス軍の撤退を受けて、俺たちの援護にやってきていたハミューだ。
「きっさま……」
それでも銀髪はあさっての方向を向いた体をベキベキ言わせながら振り向く、体は凍りきって動くたびに亀裂が入っていってるがお構いなしだ。タフにも程がある。
『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕かれん』
だが俺の勝利の女神は容赦がない、更に凍て付く一撃を加える。銀髪の全身を輝く彫刻に変える。
それでもメシメシと軋むような音を響かせながら、その氷像に命の火が灯っていることを証明している。
『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕かれん』
……ドン引きである、三回目のダメダメ押しは銀髪の聖人を白い塊に変えた、ハミューの顔色は相当に悪くなっている、大技を連発だ、しかしこの方に詰めの甘さは存在しないようだ。
淡々としとめてしまった。
味方すら心胆寒からしめるハミューお姉さんだ。
「これで終わりかしら――」
薄茶色の髪をした、いい匂いのするお姉さんは俺に優しく問い掛ける、思わず「ヒイッ」と声が出てしまった。
少しオシッコ漏れたかもしれんがバレてはいないはずだ。
「あぁ! これで終わりだ!」
俺は必要以上に虚勢を張った声で答えると氷像の首辺りを蹴り砕いた、骨の髄まで凍りきっていたらしくMRIのような断面がそこにあった。余計に俺の心は冷えた。
背後の獣人たちから歓声が上がる、どうやら指揮官を討ったらしい、まさに完勝だ、俺の顔面の擦り傷以外、仲間に負傷者はいない。
俺は回りの獣人が歓喜の雄たけびをあげているのを横目に砦に向かって駆け出した。
そういえばまだやることが残っている。
「いよう、婆さん。ご機嫌はどうだい」
俺は砦の城壁に駆け上がり、疲れきってへたり込んでいる婆さんに陽気な声をかけた。
婆さんは俺の姿を視界に入れるや否や、驚いたような表情を浮かべ、俺に飛び掛ってきた。
「なんでここにいるんじゃ……子供達は、子供達はどうしたんじゃ!」
感激して泣いて感謝の言葉を述べるかと思っていたのに、俺に預けた子供のことで頭がいっぱいのご様子だ。
この顔は……俺が子供を捨ててきたと勘違いしている顔だ……ふざけんなよ。
「心配すんな、みんな無事だ、無事のはずだ……一緒にロリコンがいるから一抹の不安があるが……」
「どこじゃ! どこにいるんじゃ!」
凄い剣幕だ。
鬼の形相で俺の襟首を掴み上げ、ユサユサ揺らしながら――取り調べ状態だ。
こんな予定ではなかった。
「脇道――ゲホゲホッ、そこの脇道を登っていけば見つかる、はずだから! 苦しいだろ婆ぁ!」
婆は俺の首から手をゴミを捨てるかのように払いのけ離すと振り返ることもなく、ついでに感謝の言葉もなく階段を駆け下りていった……
俺がかわいそうだ。
「まだ終わってねぇぞ! このままブエナビ村を奪還する」
俺は大勝に沸き返っている砦の外に出て、こっそり周囲に散らばる死体から金貨袋を回収すると大声で場を制した。
八つ当たりではない。
示し合わせた通り赤帝とゲジ男、それに先生のハーレム号もその後ろに付けている。
子供たちの乗っていたキャタピラポッドは獣人たちの輪に囲まれていた、やはり子供も先生のハーレムに参加するより自分の両親の方がいいよな。
「お前ら、このままブエナビをレパス王国の拠点として残しておいたらまた同じことが起こるぞ! ついでにブエナビの拠点を落とすから準備しろ!」
俺は獣人どもを怒鳴りつける、どうせこの国からおさらばすんだから好感度なんか知ったことではない。
俺の態度がヤサグレて悪いのは恩知らずの婆のせいだ。
だが正論ってのは人を動かす、獣人の戦士は俺の指摘に気持を切り替えたのかテキパキと馬を準備し始めた。
「さすがユタカですね」
ヨモギが声をかけてくれた、俺を甘やかしてくれるのはお前だけだよ、子供だけど。
ハミューは体調を崩し荷台の中で休んでいる、また無理をさせてしまった。
あと少しで計画どおり終わる、周りでは騎乗した獣人が集結してきている。
数は三〇騎はいるかな、十分だろう。
本隊は壊滅した、残った守備隊がどの程度かはわからんが大した数はいないだろう。
あえて獣人と一緒に行動する理由。
旅費を稼ぐ為にちと略奪を……ねっ……




