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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
4章 大湿林編
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11話 暴虐の徒

 

「我らは貴様らの争いに加わるつもりはない、即刻包囲を解き、我らを解放することを要望する」

「そんなことを言わず、滅亡の危機に喘ぐ哀れな獣族に手を貸してくださらんか。レパス国軍は目と鼻の先に迫っているのです、あなた方にとってもこのままのでは戦に巻き込まれるだけの状況、ここは手を携えて共に戦おうではありませんか」

「貴様らが我々を包囲してこの場に留めているだけではないか」

「それは否定できませんが、我々の置かれた状況を鑑みるに他に打つ手がないのです、わかっていただけませんか」


 俺たちは砦の山側にある本丸に入り、ルヒルデの先導で最上階にある一室に案内された。

 普段は作戦などを立案する本部のような場所なのだろう、部屋はバスケットコートほどの広さ、レンガを積んだだけのような粗野な作りだが、真ん中に一つだけ置かれたテーブルは卓球台を四つ並べたくらいの大きなもの、窓は人が通れないほど縦長で狭いものがポツポツと配置されている。


 テーブルを挟んで奥側に村長とその部下だろう連中が並んで座り、手前側に村長と相対する真ん中の席が赤帝、それを挟むようにカリスティルとハミューが座り、カリスティルの隣にはヨモギも腰掛けている……


 俺? 俺は壁際にもたれかけるような体勢で立っている。


 最初にこの部屋に入ったとき、椅子に座っていた村長が立ち上がり。


「どうぞ、そちらにお掛けください」


 と、テーブルの向かい側に手をさして着席を促した。俺は不測の事態に備え、隙を見せ不用意に座るのはまずいと判断し。


「いや、ここでいい」


 と、返答した――俺はそう返答したのだが、それを差し置いて赤帝が真ん中に座ったのを皮切りにみんな次々に着席し、立ち尽くした俺だけが残されたわけだ……あんまりだと思う。


 村長は見た目年齢六歳の赤帝にも腰の低い対応に終始している、思ったよりも獣人側が高圧的な対応ではない理由は、話し合い直前に密偵よりもたらされた情報によるところが大きい。




 ブエナビの前線部隊襲撃の報を受けたレパス軍の本隊は夜明けにはブエナビに到着、残存兵を接収するも被害甚大で編成に手間取り、追撃を見合わせた、俺たちに追っ手がかからなかったのはその為みたいだ。


 編成を整えたレパス軍は、ブエナビ村を襲ったユーリカの獣人族討伐を決定、現在レパス軍本隊が北上中、総勢は三〇〇名前後で魔術師も加わっている。ユーリカの獣人戦士は一五〇そこそこ、数でも劣る原人崩れの獣人では歯が立たないだろう。


 まぁレパス軍侵攻の理由はわからんでもない、前線部隊が猫獣人女の子とニャンニャンしているところを襲撃されて大損害。

 方面軍指揮官の責任問題だ、そりゃそうだ、監督責任と結果責任のダブルインパクト。

 失敗が本国に知れる前に手柄を上げてうやむやにしたいのだろう。

 

 何はともあれこのヤザン砦が戦場になるのは間違いない、俺たちにとって一番最悪なのはこのままの状態で戦闘になることだ、周りが敵か味方かわからん状態で明確な敵であるレパス兵と戦闘、最悪である。

 もちろん最優先は戦争からの逃避であるが、もう僅かの時間しかない現状では難しい、目の前で人畜無害を演じている村長もそれは承知している。

 獣人側からすればレパス軍が迫るまで俺たちを拘束しているだけでいいのだ、俺たち、特に俺はレパス軍の前線部隊幹部を皆殺しにしたうえ顔をバッチリみられている、会った瞬間殺し合いになる。


 獣人からすれば俺たちは、味方として連携するか、敵の敵は味方って距離感で使うかの違いだ。

 レパス軍が動いたおかげで話し合いそのものの意味が薄れている。


「我らがここに留まる理由は無い」

「ハハハ、まぁそうおっしゃらずに――」


 赤帝は責任を感じているのか粘り強く交渉しているが無意味だろう、明日にはこの砦も包囲される、形だけでも友好的に見せかけて裏切る以外の方法はないな、とすると……


「まぁわかった、形だけでも不戦協定って形で――」


 だが村長は俺の提案が聞こえないのか、赤帝に笑顔を向けて話しかけ続ける。


「我々獣族はあなた方を歓迎しておりますぞ」

「だが我らは一刻も早く――」


 むむ、俺の声が小さくて聞こえなかったのか?

 声のトーンを上げて会話に加わろう。

 

「まぁ、俺らも少しくらいならお前らに協力しても――」

「そうおっしゃらずに、哀れな我らを助けると思ってなにとぞ良しなに」

「だがっ――ムムッ――」


 おかしい、村長は明らかに俺を無視して赤帝とだけ話している、唯でさえ一人だけつっ立っていて疎外感が身にしみているのに、相手にまで無視されるとか酷すぎるぞ。


 結局話し合いは俺を蚊帳の外に置いたまま平行線に終わった。




「獣人族は人族を身なりによってランク付けするのよ」


 不毛に終わった話し合いの後、ハミューは俺が無視され続けた原因を教えてくれた。

 みんな綺麗にオシャレしているなかで破れ裂けたボロボロの服を着た俺、格下の扱いを受けていたわけだ。

 なんで教えてくれないんだよ!


「なんで教えてくれないんだよ!」


 口に出してみた。


「坊やはずっと自分の部屋から出てこなかったでしょ」


 やれやれといったため息をついてハミューは俺の目を見つめる――関係ないけど髪からいい匂いがする。


「うん」


 確かに俺は日が沈むまで隔離部屋に引きこもっていた、だが誰かが教えに来てくれてもいい気がするんだよ、壁の隙間からとか。

 カリスティルと顔を合わしたくない俺は隔離小屋の入り口を荷物で封鎖して逃げていたんだから……


 あっ……これもカリスティルのせいなのか?

 ちくしょうあの赤頭、また意地悪しやがって……いや、よそう……あきらかに八つ当たりだ。




 俺が目に見えぬ運命の力に屈服し、肩を落としてゲジ男に乗り込もうとしたとき、荷台の柱に括り付けられている人影が見えた、誰だろう?

 ゲジ男に駆け登って人影の正体を確かめると獣人女だった。


 あっ、思い出した、俺が扱いに困って縛っていたんだった、すっかり忘れていた。

 犬耳女は虜囚の身で放置され心細かったのだろう、目は泣き腫らして真っ赤だ、丸一日以上何も食べていないはずだからお腹も空いているだろう、かわいそうに。

 この女の子が好みの顔だったら罪悪感で死ぬところだった。


「まぁ、なんだ……ごめんな」


 俺は縄を解いてやった、消耗しきっているのか立ち上がることもできないようだ、顔をしかめ必死に踏ん張っているが、力が入らないのか膝がガクガクと揺れ、崩れ落ちた。

 そんな『かわいそうな私』アピールやめてくんない? 俺が傷ついたらどうすんだよ、もう面倒だからゲジ男から蹴り落としてしまおうかな。

 獣人女の扱いに困っていると


「あたしが、あいつらに引き渡してきても……いいよ」


 いつの間にか俺の背後にいたカリスティルがそう呟いた、いつもの迷惑な音量の声ではない。

 だが、俺は赤頭の人格が変わったかのような殊勝な物言いが癇に障る。

 いいか、お前のせいだぞ、お前のせいで今から犬耳娘に八つ当たりをしてやる。


「いや、待ってくれ、今、服を脱がせるから」


 俺は「いや……やめて……」と眉を顰める獣人女の服に手をかけた、最悪の外道様である。

 カリスティルの様子を伺うと下を向いて唇を噛み締めている。

 俺の覇道を遮る者はいない、ひょっとして俺の天下が到来したのだろうか。


「フンフフ~ン♪」


 俺は鼻歌交じりで獣人女の服を力任せに剥ぎ取ろうと、回復したての右手に力を込める。

「いや、あぁぁ……」衰弱していると思っていた獣人女が絶望感溢れる弱々しい悲鳴を上げ、俺の視界が急に流れた。


『ガン!」という荷台の柱に頭をぶつける音が響き目の前に星が輝く。


「いてぇ」


 どうやら横殴りの力が加わり、俺を吹き飛ばしたらしい。

 獣人たちの思惑を理解し油断していた、敵襲か!

 剣の柄を握り辺りを見渡すとカリスティルが獣人女を抱きかかえて俺に向けて足を伸ばしていた。

 

「あんた! なんでこんなことすんのよ! いくらなんでも酷すぎるわ!」


 状況から判断すると、さんざん俺に迷惑をかけ続けたカリスティルが、俺に蹴りを入れたらしい。

 信じられない暴挙だ、感謝すべき存在である俺を……

 手のひら返しのような考え無し赤頭の見事な復活劇に軽く失笑がもれる。


 バリケードの向こうでは、柵をユサユサ揺らしながらたくさんの獣人兵が大声で喚いている、部外者は引っ込んでろ!


「ソイツのせいで俺たちはこんな状況になっているんだ、その報いを受けるのは当然だろ!」

「この子のせいじゃないわ!」

「なんでだよ、ソイツが赤帝を(そそのか)してこんな敵地に俺たちを連れてきたんじゃねぇかよ!」

「そんなこと今更言っても始まらないでしょ!」


 なんてことだ、俺たちが決死の覚悟で救出してやってまだ一日しか経っていない。

 俺は負傷し、ハミューは衰弱して寝込むほどの激戦だった、それほどの代償を払って助け出してやったのに……

 恩知らずとはこいつの為にあるような言葉だ。


「いいからそいつを渡せよ、生きているのが辛いほどの思い出をプレゼントしてやる」


 俺はすっくと立ち上がり、カリスティルに抱えられた獣人女に手を伸ば――あれ? 目の前が不規則に揺れ、体が浮いているような錯覚が……どうやらカリスティルに蹴られて、ゲジ男の体から転げ落ちている最中か。

 どうやらたった一日で下克上を起こされてしまったようだ。

 ゲジ男から……いや、玉座から転がり落ちた俺は二メートル以上の高さから叩きつけられ、リーダーシップが粉々に砕けたことを自覚した。


 柵の外から意味不明の大歓声が沸き、何故かバリケードの外から俺目掛けて石が投げつけられ始めた……転落したダメージで避けられない、痛い、痛い、痛い。


 しばらく俺が石つぶてに耐えていると歓声が上がった、雰囲気でカリスティルが獣人女を野蛮人どもに引き渡したのだとわかる。

 俺をダシに人気取りしてんじゃねぇよ謀反人が!


 さらに飛び交う石が俺の体に青痣をマーキングしていたが、ピタリと止んだ。

 それから俺を抱きかかえるいい匂いのする存在……ハミューか。

 命の恩人である俺を蹴落とした、赤髪の人でなし、その親友であるハミューは俺に呆れ顔の混じった優しい笑みを浮かべ。


「どうしようもないほど――かわいくて、かわいそうな坊や」


 と、意味不明な供述をしており……まぁ、理不尽な裏切りを受けた、かわいそうな存在であることは同意しておこう。




 タイトル初防衛戦で一ラウンドKO負けを食らったボクサーのように、一人寂しく怪我の治療をしていると、俺の隔離小屋にヨモギが駆け込んできた。

 どうした? 敗者には何もくれてやるな……


「ユタカ、ユーリカ村の住人が柵の中に進入してきていて、先ほどまで話を聞いていたんですが、ここから抜け出すことができそうです」


 どうやら俺の王国が建国宣言を待たずに崩壊していた最中、何者かが忍び込んでいたらしい。

 そして、俺の与り知らぬところで話が進められ。

 俺の与り知らぬところで次の行動が決定しようとしていたらしい。


(さて、どんな顔をして話を聞きにいけばいいのやら)


 俺は新執行部の決定を聞くため、皆の待つ荷台へ向かった。

 正直いうと勝手にしてくれって気分だが、俺以外が行動計画を組むと大体が失敗する、経験則だ。

 荷台の入り口で「ハ~」と深呼吸して中に入る。


 荷台の中には全員が揃っていた、それに見たこともない獣人の、これは兵士ではなく村人か? 薄い毛皮の服を着ているし歳を取りすぎている、婆様だ。

 年寄りがカルマにされない社会ってことは、実は獣人の方が人族より人間らしいのかもしれないね。


「意見を聞いてもいいかしら……」


 集まりの中心にいるカリスティルが俺に意見を求める、言い難そうにしているのは当然だ。この赤毛がイメージ的には玉座から、物理的にはゲジ男から俺を蹴落として一時間ほどしか経過していない。


「話の内容を聞いていないから答えようがない」


 今まで青痣に軟膏塗ったりして忙しかったんだよ、知ってるだろ。

 

 


 目の前の獣人はつらつらと事情を説明し始めた。

 さらに世界の情勢についても語り始めた、獣人は情報通なのかねぇ、まぁ大湿林はガナディア大陸の三分の二を閉める広大な土地だから獣人同士のコミュニティーは大きいんだろうな。

 

 その婆様が言うには、村長など上層部以外の人々はこの戦に勝ち目はないと踏んでいるとのこと。

 レパス軍に傭兵として、元ルーキフェアの聖人が参加していることが大きい。つい先日の大会戦で正体不明の黒髪にルーキフェア宰相リーリンは翻弄され、その親衛隊は手も足も出なかった。

 世界の安定を願っていたのは元々リーリンを中心とした派閥のみで、分派の勢力は世界最強の重石が崩れたのを幸いに各地へ独自戦力を分散し始めているとのことだ。


 星はもう出ない、天使の術式は聖人も使えないが、聖人は天の使いとしての力を一端ではあるがその身に内包する、そんな人を超えた力を持つ聖人がレパス軍に加わっている。

 魔術師に加えその聖人も参加している三〇〇の正規軍、勝算などありえないそうだ、異世界の常識は俺に備わっていない、凄さはわからん。


「勝ち目がないのはわかった、それでどうするんだ?」

「わしらは今さら村を捨てることはできぬ、しかし子供たちは別じゃ、なんとか命だけでも繋ぎ止めたい。そこでじゃ、わしらがお前さん方をここから脱出させる手助けをする代わりに、子供たちも安全なところまで連れて行ってもらいたいのじゃ」


 婆様は身を乗り出して俺に詰め寄る、いやいや、俺にそんな決定権はないぞ、先ほど皇帝から虫けらにランクダウンしたばかりなんだ。

 だが、みんな俺の顔をぐっと力を入れて見つめたまま口を開かない。

 ん? 軍師として再雇用してくれるのかな? まぁ話の続きを聞こう。


「だが、見てのとおり周囲を柵で被われ身動きが取れんぞ」

「心配には及ばぬ、回りの兵も既に覚悟を決めわしらの案に同意しておる、合図があればすぐ進路を確保する手筈じゃ」


 悪い話ではない、てか渡りに船だ。


「その後はどうすればいい?」

「砦を抜けてすぐ近くの脇道に、キャラピラポッド五台に分譲した子供たちが待機しておる……どうじゃ?」

「俺たちに文句はないが……」

「おぉ、頼まれてくれるか」

「だが、あんたらは全員助からんぞ」

「この村で生まれ、この村で充分に生きた、この村から逃げ出すことはできんよ」


 犬耳をピンと立てながら婆様は満面の笑顔で『ニカッ』と笑う。

 その、全てを受け入れて達観したような表情がムカつく。


 異論を挟む余地もなく計画に同意した……



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