10話 cage
「武器を捨てろ、逃げられると思っているのか!」
「お前らこそ武器を捨てて包囲をとけ! この女がどうなってもいいのか!」
絶体絶命の状況で俺が取った行動、それは『獣人女を人質に取り、時間を稼ぐ』という非常に見苦しいものだった。
二日連続で俺の人質にされた犬耳の女は足がガクガク震えている、かわいそうにな。
「一歩でも近づけば殺す、わかっているよなぁ!」
「馬鹿なマネはやめろ!」
そんな怒声の応酬をしている。
一見すると俺が人質を取って立て篭もっている銀行強盗に見えるだろうが、当方は被害者であることを先に明記しておく。
「こちらは話をしたいだけだ」
ルヒルデはそんなことを言っているが信用できない、他人は全て悪人と思って対処するのが俺の処世術だ。
性善説など悪党が提唱するカモ教育だと思っている。
「話なら夜に聞こう、それまでに兵隊が一歩でも近づけばこの女は殺す、わかったか!」
俺は偉そうに応答した、相手が高圧的にでれば余計と怒らせてしまう性分だからな。
そんな言葉の応酬を演じ、俺は腕の中で恐怖に震える獣人女の首に跡がつくほど剣の腹を押し付ける。
「いやあああああああ、助けてぇっ! 死にたくない!」
大声で鳴いてくれた、よしよし演出効果は抜群だ。
周りを取り囲む獣人が、卑怯にも人質を取った俺に殺意満載の視線を向ける……お前ら最初にどちらが仕掛けたか忘れてねぇよな?
騒ぎに気づいたカリスティルが荷台から踊り出てきた、だが俺に負い目があるせいか悲しそうな顔で俺を眺めているだけだ。
ヨモギは相変わらず俺に優しげな目を向けている、俺が何をしようと批判することはありえない、こいつは恐らく男を駄目にするタイプの女に育つ。
「わかった。いったん兵を引く、だが逃げる素振りを見せれば許さぬ」
「――いいだろう、夜になれば話を聞いてやる」
ルヒルデはゲジ男を包囲した兵を引かせ、砦の出入り口の門を硬く閉じ、ゲジ男を遠巻きに囲むバリケードを設置し始めた。これは逃げられないな。
まるっきり俺を信用していない対応だ。
なぜだろう。
だが俺の目的は達せられている、戦況は五分五分と見ていいだろう。
赤い太陽が昇ればハミューもある程度回復する、それにヨモギもマナの回復が見込めるから俺の傷もマシになっているだろう。
話? 力を貸せって言うに決まっている。
俺の返答も決まっている『NO』だ、一悶着あるだろう、覚悟して夜を待つ。
膠着状態のまま赤い太陽が登った、ゲジ男の周囲には何重にも柵が設置され強行突破は不可能だろう。
こちらは獣人女を縄で縛り今はヨモギが監視している。
先生は砦に入る前にいなくなっていたので、ゲジ男隊正式の拘束方式ではなく普通に縛って荷台の柱に括っている。
チャレンジしてみたが亀甲縛りは俺には無理だった、仕方がない。
そんな現状だがカリスティルに連れられてハミューが現れた。
ハミューは重そうな体をゆっくりとゲジ男のなだらかな傾斜に横たえ、前身に赤い光を浴び始めた、と、顔色も徐々に良くなってきた。
肝不全みたいな顔色で、死んでしまうんじゃないかと不安だった、一安心。
「少しは良くなってきたか?」
俺は日光浴をしているハミューの隣に座り声をかける。少し緊張する。
ハミューは気分が高まると、蟷螂のように俺を捕食しに隔離小屋へ姿を現すが、それ以外の時は話す機会がない。
カリスティルとハミューは殆どワンセットで行動するし、俺は一人で刀を研いだり一人で部屋の掃除をしたり一人でゲジ男の体を磨いたりしているからだ。
今もハミューの隣、俺とは逆隣にカリスティルが座っているが『声をかけない』『目を合わせない』などで対応している。
ハミューの前でカリスティルの生おっぱいを揉んだ話とかされても困るしな。
「坊やみたいに負傷していたわけではないからね――魔力が切れていただけだからもう平気よ」
そう薄く微笑みかけながら答えた、薄茶色の髪からいい匂いがする。
赤い日光をなるべく多く浴びるためノースリーブのような薄手の服なので、あまり見ないようにしている。心臓が波打って言葉が出なくなるから。
本題に移る。
「赤帝はションボリしていて役に立たない、夜に俺とヨモギで話とやらを聞きに行く、ハミューはゲジ男の防衛でいいか?」
もはや俺とハミューしか頼りになる奴がいない、全てを俺たちで決める。
「相手の数が多いから無理ね、全員で話し合いに臨むべきだと思うわ――」
「でも、それだとゲジ男が一人になってしまう……」
ハミューは溜息をつき、俺を諭すように言葉を紡ぐ。
「坊や――獣人はこのキャタピラポッドを人質に使おうとは思わないはずよ」
「そんなわけないだろ、巨体だがゲジ男は大人しい草食で拘束するのは容易だぞ」
「――坊やはね、このキャタピラポッドに愛情を注ぎすぎなの、何も知らない相手からしてみれば、乗り物に人質としての価値を見出していないでしょうね――」
「……」
子供を諭すように俺にそう言って聞かせる、坊や坊や言うなよ、悲しくなるだろ……
それは置いておくとして、タダの乗り物――確かにそうだ、その価値観に対して憤りは感じるが相手側からしてみたらゲジ男は運搬用の家畜でしかない。
たとえば、自転車を人質に取って『コイツの命が惜しくば命をかけて我々と共に闘え』とはさすがの獣人でも言わないだろう。ただのコントだ。
盲点だった、愛は盲目とはよくいったものだ。
「そうか……じゃあみんな一緒にいくか」
打ち合わせを簡潔に済ませ、俺は立ち上がり自分の隔離小屋まで向かおうとした。
「まっt……まちなさいよ!」
カリスティルがすっくと立ち上がり俺を引きとめた、右肩に手をかけてな! 痛いよ馬鹿ぁ。
歯を食いしばりながら悲鳴を噛み殺す、周りは敵だらけだ、監視されている中で弱みを見せるわけにはいかない。
「なんだよ……」
「あんた、あたしに言いたいことがあるんじゃないの!」
「なんでだよ、構ってちゃんかよ、何もねぇよ」
肩を握る手に力を入れるな! 傷が開いちゃうだろうがぁ!
「だって、いっぱい迷惑かけたし、大怪我もさせたし……なのに、何で、何も言わないのよ!」
「だからっ、もう終わったことだ、どうでもいい」
「何か言ってよ……どうしていいか、わからないもの……」
カリスティルを見たくないのでハミューに目をやると、苦笑いして鼻の頭を人差し指で掻いていた。
俺を助けるつもりはないらしい、わかるよ、お前は俺に似ているから。
「別になにもしなくていい」
「でも……」
カリスティルは酷く涙声になってきている、なんかムズムズするから逃げ出す。
表情は見ていないからわからないが確認する必要はない
「何も望んでない、どうでもいい」
俺はまた血の滲んできた肩からカリスティルの手を振りほどき隔離小屋を目指し歩調を速める。
「うっ……うっ……」
背後から嗚咽が聞こえる、五二歳の女が恥ずかし気もなくよくやるよ。
本当に、あの胸がでかいだけの単純赤頭は、すぐに騙されて、本気で泣いて、本気で怒って、本気で傷ついて、馬鹿で、世間知らずで、誰にでも親身になり、すぐ情に絆されて、また騙される。
……まったく……何でそんな風に素顔のままで生きられるんだ……うらやましいよ。
赤い太陽が沈み、いよいよ話し合いとやらの時間になった。
闇を照らすかがり火が砦の各所で揺らめき、聞いてもいないのに『約束の時間ですよ~』と伝えてくれる。
赤い太陽の時間に俺はヨモギに治療を受けてなんとか剣が振れる程度に回復した。
ハミューの顔色も通常に戻っているから闘えるだろう。
ヨモギはなんだかんだ無傷だから今回もがんばってもらうつもりだ、てか新しい服を買ってからヨモギは本当に怪我をしない。
無事これ名馬とはコイツの為にある言葉だな。
「村長が参られた、貴様らとの話し合いに応じる、さっさとついて来い」
いつのまにか柵の中に入ってきたルヒルデが、でかい声で俺たちを呼びつける。
周りをぐるりと取り囲んだバリケードには、出入り口もつけられていたようで、そこからルヒルデが入ってきたのだ。
偉そうにしやがってむかつくぜ。
「あぁ、準備が整ったら行ってやるよ」
えらそうな態度を取り返してやった、意味はない。
準備なんかもう済んでいるが俺は隔離小屋に再び入って床掃除を少ししてから入り口から踊り出た。
時間を無駄にしただけだが勝った気分になれた。
「坊や――いきましょう」
ハミューが声をかけてきた。
装いは黄色のサテン生地で誂えた豪奢なパーティードレス……あんたどこに行くつもりなんだよ。
髪は綺麗に上にまとめてこれから舞踏会にでも出かけそうな装いだ。
てかどこに仕舞っていた? まあいい。
「そんな格好……交渉決裂で闘うことになるかもしれないんだぞ」
「だからよ――坊やにはわからないかしら」
つっこんでみたが訳のわからない返答を頂いた、まあいい。
カリスティルは汚れ一つない純白の戦闘服、腰には剣が挿してある、パーティードレスじゃなくて安心したが、これはこれで疑問がある、戦闘服のデザインがヨモギとお揃いだ……いつ作ったんだよ。
ヨモギも純白の戦闘服、予備があるのだろうか、これもシミ一つ無い、それと剣が二本挿しになっている、そのうち一本は宝石が埋め込まれた宝剣。
いつ、どこで手に入れた?
赤帝は俺とお揃いの戦闘服ではなく、出会ったころに着ていた金銀散りばめた豪華絢爛の服だ。
それでいて俺は愛用の黒い戦闘服、胸と肩は先日の戦闘で切り裂かれて布がビロ~ンってなっている……なんていうか一人だけ貧乏臭くていやなんだけど……
「まぁいくか」
装いに関しては諦めて、俺たちゲジ男隊はバリケートを抜けユーリカ村の村長がいる砦の本丸へ歩いていった……




