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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
4章 大湿林編
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9話 武器を捨てろ

 

 カリスティルを奪還しゲジ男と合流を果たした俺たち一行は、街道をいったん北進し始めた。

 メランコリー街道という人間側がつけた正式名称はあるが獣人はパウメロ街道と呼んでいる、面倒くさいので大湿林の道は覚えないことにする。

 どうせ赤帝を仲間に加えている俺たちが道に迷うことは無い。


 ギャタピラポッドが二匹に増えたが、俺、赤帝、ヨモギ、カリスティル、ハミュー、そして先ほど回収した獣人女は全てゲジ男に搭乗している。

 余剰スペースがありそうな増えたほうのキャタピラポッドへ、カリスティルがハミューを搭乗させてくれるよう頼んだが先生は


「猫耳号には年齢制限がありますので」


 先生はカリスティルに臆面も無く堂々と言い放った。

 ヨモギは当然搭乗可能だが、本人の希望でゲジ男に搭乗し、先生もヨモギの搭乗に拘らなかった。

 さすが先生だ、幼女の前では少女は無価値と断じた、素直に感心するしカッコイイと思う。


 負傷した俺と衰弱したハミューを乗せ、重い空気のまま街道をひた走るゲジ男、その後を追走する先生のハーレム、そんな編成とあいなった。




 北進を開始してしばらくすると地平線に太陽が顔を出してきた。

 追撃の危険性が高まるが俺の右手は、なんとか動くようになったが、痛みが残り完全回復はしていない、ヨモギが血統魔法で治療してくれたが劇的な治癒力はないのだ。


 ハミューの衰弱は赤い太陽が昇るまで回復しないらしい、今はカリスティルが付きっ切りで看病している。

 

 カリスティルにヨモギが聞いてくれた、俺はしばらくカリスティルと会話をしたくないから伝達係りはありがたい。

 意味も価値もない説教など聞きたくないからな。


 拾ってきた獣人女は、ずっと赤帝の隣に座っているらしい。

 俺には警戒心を剥き出しにしているが赤帝に対しては最初から好意的だ、不愉快極まりない、俺が何したっていうんだ。

 俺が避けられているから言うわけではないが、不用意に外部の者と接触するのはお勧めできないんだけど、まぁ赤帝なら大丈夫か。


 それは別としてヨモギが若干ションボリしている。

 先生に突然捨てられたからだろう、その気持ちはよくわかるぞ。

 俺は『これで仲間ができた』という気持ちを噛み殺して優しくヨモギの髪を撫でてやっている。


「ユタカ……辛いです」


 ヨモギは妙に甘ったるい声で俺の胸に顔を埋めてきた。

 ……俺に嘘が通じると思っているのか?

 お前は幼女に熱視線を注ぐ先生を眺めて邪悪な笑みを浮かべていただろ、自分に対する好意が失われて寂しくはあっても辛いなんて微塵も思っていないはずだ。


 他の奴が気づかないとしてもこの俺が見逃すと思うか? 子供の癖に変な策を使うなよ……一人になりたくなった。


「そろそろ追っ手がくるだろうから一人が辛くなくなるぞ、赤帝に後方の様子を尋ねてきてくれ」

「ハ~……」


 ヨモギは溜息を吐いて俺の隔離部屋から退出していった。

 俺でなければ雰囲気に流されて『もうロリコンでもいいや』って開き直っていたことだろう、危ないところだ。




「この先に右に折れる曲がり角がある、その道を進めばこの区域から抜け出せるはずだ、人をやって御者に伝えるがよい」

 

 一人になった瞬間、今までどこに隠れていたのか、パウリカが俺のすぐそばに立って話しかけてきた。

 いつ現れたのか全く気づかなかった、キラキラと存在感抜群の女なのに。


 口調が上品に変わっている、初対面の馴れ馴れしい態度で俺の反応が悪かったから修正したのだろうか。

 最初に会ったときには持っていなかった孔雀のような扇子で口元を隠している。取って付けたような過剰演出……わりと俗っぽい性格なのかもしれない。


 だがな……


「お前は何者だ、その武器を捨てろ」


 俺は演出で騙されるような男ではない、神出鬼没の不審者に心を開くことはありえない。

 パウリカは予期せぬ返答だったのか仮面のような光沢を放つ顔を歪めた。


「う……わかった……」


 よっぽど俺に話を聞いて欲しいのか、そそくさと扇を床に置く。

 床に置かれた扇は光の粒子を放ってその場から消え失せた……どんな原理だかわからない、怪しいだろ、誰でもそう思うよな。


「これでよいだろう、でわ(わらわ)の話を――」

「――駄目だ、意味不明な力を使う者を容易く信用できない――まだ武器を隠し持っているはずだ……その服を脱げ」


 俺はさらに要求をした、外に声が漏れないように小声で。


「――えっ」


 パウリカは作り物のような顔を、砕けるのではないかと心配になるほど歪める。今にも泣き出しそうな銀色の瞳には涙を浮かべ「えっ?」ともう一回続けた。

 胸の辺りがシクシク傷む……しかしだ! 不法侵入してきた不審者であることに変わりは無いんだ! 俺がここで良心の呵責なんて下らないもので! そんなもので警戒を解いたとする!

 くだらない正義感はきっと仲間を窮地に陥れるだろう! カリスティルが証明したばかりだ! 

 だから俺は折れない!

 全ては仲間を守るため! それ以外のやましい気持ちは一切ない! 本当だ!


「……聞こえなかったのか、その服を脱ぐんだ……もしくはこの場から去れ」


 俺は再度通告する、全ては仲間を守る為に……決して外に声が漏れないように小声で、俺の所業を仲間に悟られこれ以上人望を失わないように。


「ううっ……」


 何かを堪えるような呻き声を上げながら俺に背を向け、『スルスル』と艶めかしい衣擦れ音を立てつつ、一枚一枚銀に黒の模様が入った服をハラリ、ハラリと脱ぎ落としていく。


 その後姿は「ヒック、ヒック」としゃくりあげるような声に連動して肩を上下させている。

 ――その様を眺めていると、ズキズキと胸を刺す痛みが広がってきた気がする、だがパウリカの演技かもしれない、騙されるな! 弱い心はダストボックスに投げ捨てる。

 とうとう最後のインナーがハラリと落ちパウリカは一糸まとわぬ後姿を晒した。

 

 目をゴシゴシと擦る動作を挟んで、そのまま胸と下腹部を手で覆い隠しながらおずおずと俺の正面に振り返った。


「こ……これで、ヒック……よかろう……(わらわ)の話を――」

「――あぁ、わかった――」「いや待て!」


 銀色だった筈の目を真っ赤にし、しゃくりあげるパウリカを見ていると、なんだかすごい悪いことをしている気分だ――――だが! まっ、まだわからないじゃないか! 


よく考えるんだ北条豊! ここで気を許せば! お前が油断すればこのパーティーは全滅するんだぞ!

 カリスティルは頭が悪く情緒に弱すぎてただのウイークポイントだ、赤帝は優秀だが美学と心情と圧力に弱すぎる、ハミューは賢いがカリスティルとの友情に付き合って地獄でもお供しそうだ、ヨモギは何も考えていない、先生の知識やスキルは尊敬すべきだが本性は唯のロリコンだ、俺だけだ! メンバーの安全の為に鬼になれるのは俺だけなんだ!

 俺は仲間の為に! それだけの為に悪鬼羅刹となろう!


「そっ――その手で隠している部分に武器を忍ばせいていない保証は無い……そっ、その手をどけろ……」

 『ゴクリ』意味もなく生唾を飲んでしまった、本当に意味はない。


「ふっ、うぇ……」


 なんていうか、その――パウリカは形容しがたいほど悲しげに表情を歪め、悲痛と絶望をない交ぜにした眼差しを俺に向けた。


 目からは堰を切ったようにドバドバと涙が溢れ、鼻水も凄い勢いで口に流れ込んでいる、汚い。

 表情の全てが俺の悪逆非道を痛烈に非難している……誰が悪いわけでもないのに。


 胸と下腹部を手で覆い隠したままパウリカは床にへたり込み、俺に怨嗟の言葉を投げかけ始めた。


「酷いよ……僕は、僕はただ話を、ヒック……聞いて欲しかった、だけなのに……」


 何故か一人称が僕に変化しているが、それを気にするのはまたの機会でいい……仲間の為、そう全ては仲間の為、ただ仲間の為に泥を被る、その覚悟だった。

 だがおそらくこれはやりすぎた、てか最初の段階でやりすぎていた気もする。

 ここはなんとか水に流して話を聞いてやるべきだ、そうだろ! この空気は耐えられない、方向転換は可能なはずだ!


「わっ、悪かった、話を聞く、全て聞く、余すところ無く聞くから、だから――」

「――ユタカ、その女は誰ですか?」


 気づくとヨモギが入り口を少しくぐった辺りで姿勢良く立っている。

 相変わらず優しい眼差しを俺に注いで、いつもと同じ表情だから心情がまるっきり理解できない。

 

「――そんな」


 その一言だけが弱々しく聞こえ、パウリカはガラスが割れるかのように粉々に砕け、光の粒子となって消えうせた。

 パウリカは何かを俺に伝えたかったはずなのに、俺は理不尽な要求で彼女をに全裸にしただけで何一つ話を聞いてやれなかった……申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 跡形も無く消えうせたパウリカに驚いたのだろう、目を丸くしたヨモギは「今のは……なんですか?」と尋ねてきた。

 何ですかと聞かれても、パウリカが何の為に現れたのか話を聞いていないので全くわからない。

 わからないので……


「えっ? 何か見えたか? 俺は……そうだ――いつも愛用している剣に『ごくろうさま』と労いの言葉をかけていただけだぞ」


 咄嗟に手にした剣をヨモギに突き出し、とぼける事にした、無理筋だが他に思い浮かばない。


「私には泣き腫らした顔をした裸の女性が見えましたが――」

「――それは……お前は疲れているんだ、うん、あの馬鹿の救出作戦でお互い徹夜だろ、そりゃあ幻覚もみえるってもんだ」

「幻覚ですか……」

「そうだ、幻覚だ、俺を信じろ!」


 俺はヨモギにそう訴えた、誠実に、まっすぐヨモギの瞳を見つめ、ありのままの真実を伝える。


「わかりました、ユタカが幻覚だというなら幻覚です」


 ヨモギが俺の潔白を証明してくれた、俺に理不尽な要求を突きつけられ、裸に剥かれて泣き崩れていた女の子は存在しない。

 ヨモギのおかげで救われた気持ちになれた、俺のことを信じてくれるのはお前だけだ、ありがとう。




 もうロリコンでもいいや、そう思ってヨモギの手を掴み、引き寄せた正にその時だった。

 視界が一瞬暗くなった事を不信に感じて壁の隙間から外の様子を伺うと――どう見ても人造の建築物の中にゲジ男ごと進入している、非常事態だ。

 ヨモギの舌打ちが聞こえた気もするが、俺の大切な何かが救われた気もする。 

 だがそれどころじゃない。


「ここは! どこに入った?」


 行動計画ではブエナビ村を撤収した後、街道を北進し、暫く進んだ先にある脇道に進路を変更、この地域から離脱する予定のはずだ。

 こんな場所は知らない。


「どういうことだよ!」


 俺は用心の為に剣を取り、隔離小屋の外へ飛び出すと手綱を握る赤帝に駆け寄った。

 そのまま赤帝の襟首を掴み問いかける。


「おい! 何があった? ここはどこだ?」

「うむ――ここはユーリカ村の手前にあるヤザン砦だ」


 淡々と答える赤帝に腹が立つ。


「なんだその『えっ、知らないの?』みたいな態度は! なんでこんなところに来たのか聞いているんだよ!」

「それは、この犬娘に頼まれて――な」


 あくまで淡々と告げる、その余裕が気に入らない。

 赤帝が指差す先には獣人女が俺に敵愾心溢れる視線を向けている、胸を隠しながらな。

 心配しなくても興味ねえよクソッタレ。


「ふざけんな、こんなところにいたら戦争に巻き込まれるぞ!」

「心配するな、こやつの思惑は把握しておる、こやつはただ仲間の下に帰りたいと我に願っただけだ」


 なるほどな……やってしまった、赤帝は触れた人間の心が読める、それゆえ第三者の思惑に対して鈍い、鈍感ってのも弱点に上げなければならないよな……


「じゃあよ、この展開も把握してたか?」

「ぬうっ――」


 俺が指差した先の光景を見て赤帝は苦悶の表情を浮かべた。

 ゲジ男の回りを武装した犬獣人が何重にも取り囲んでいる、総勢は百人以上だろう。

 その指揮を執っているのはルヒルデだ、先に逃げ帰ってたんだな。

 ブエナビ村でのことは全て筒抜けってことか、最悪だ。


 今さら怒鳴り散らしてもしょうがないが言ってわからせる。

 俺の心はもう赤帝に伝わっているから言われなくてもわかるだろうが、あえて口に出す。


「いいか、そこの犬耳女にそんな意図は無いだろう、お前ならわかるだろうな、わかっているから善意で望みを叶えてやったのだろう」

「くっ――」

 

 赤帝が苦悶の表情を浮かべる。


「だがな、こいつ個人の思惑と組織の思惑は違う、あそこにルヒルデがいる、もう最悪だ、ここにいる全ての人間に俺たちがブエナビ村で何をしたか知れてしまっている」

「わかっておる――」

「最後まで言わせろ、いいか、この獣人たちはレパス王国って国家と戦争をしているんだよ、そんな連中がなぁ『正規軍相手に斬り込み、魔術と剣技で正規兵を寡兵で突破し、本営に捕らえられている仲間を単騎で救出、一人も欠けることなく撤収した』それを目撃したんだ、目の前でな」


 赤帝の顔が青い、この状況をどうしようもないことと悟ったのだろう。


「……」

「そんな戦力を手中に収めてみすみす手放すと思うのか? 戦争中なのに――」

「……」

「俺なら、誰かを人質にとって使い潰すだろうなぁ――」


 獣人たちは俺たちの力を警戒しているのだろう、一気に襲い掛かることはせず、ジリジリと間合いを詰めている。

 今、赤帝を責めたばかりだが俺にも過失はある。

 獣人女を自由に泳がせる危険性を認識しながら、パウリカの服を脱がすことに躍起になって何もかもを後回しにしていた、迂闊だ。

 

 さぁ、どうしたものか……


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