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Cross gazes  作者: 水紋


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2/3

いつもと違う夏休み

あれ以降、あの場所には行っていない。



 あの日、家に帰り普段通りの家族と話していると、あの人との出来事は不思議に感じた。


 しかし、テストがあって忙しく、あの時のことを深く考えることもなく日々が過ぎていく――。


 気付けば、夏休み前の修業式の日になっていた。



 修業式が午前中に終わり部活もなかったので、午後が空いていることもあり、智也から誘われて部活のみんなと遊ぶことになった。

 テストの間は遊ぶこともなかったから、ストレス発散ができてすっきりした。


 でも、俺は途中で用事があると言って抜け出しまった。どうしても、今すぐあの場所に行きたくてたまらなかった。




 いつものように自転車を停め、歩いてみる。

 しかし、いつもと違って今日はまだ暗くなるにはまだ早い時間だった。

 ネオンや街灯の明かりがなくて、行き交う人々の様子も全然違う。

 自分の知らない場所のようにに感じて、新鮮で面白かった。

 そうやってしばらく歩き回ってから、フェンスに寄りかかった。ぼーっとして、通りを眺めていた。


 気付けば辺りは暗くなり、自分の知っている世界になっていた。ずいぶん時間がたっていたらしい。




 俺は再び歩き出す。

 一歩一歩噛みしめるように。いつも通り心地よさを感じていた。

 それでもヒビの入っているグラスに水を注いでいる時のように満たされることのない気持ちを紛らわせたくて仕方ない。

 周りの声や音に耳を傾けて、揺れ動く気持ちを静めようとした。



 不意に後ろから何かを感じ、パッと振り向くと見覚えのある人物が驚いたように声を上げた。


「まさか、気づくとは思わなかったよ。エスパーかな?」

「なんでまたいるんですか、蒼真さん」


 この人は前に会ったときと同じような嘘くさい笑みを浮かべていた。


「また会えてうれしいよ。ここ何日も見かけなかったから、もう来ないと思ってたよ」

「なんでですか」

「え〜、だってこの前のことがあったからさ」


 蒼真さんはちょっとだけ気まずそうに頭をかいでつぶやいた。少しだけ驚いた。この人が気にしているとはなんだか意外だったからだ。


「別に、気にしてませんけど。他人のせいで自分が遠慮するなんておかしいし」

「あっそう。じゃあ、最近来なかったのはなんで?」

「それはテストがあったからですよ。さすがにテストがあるのに遊び歩きませんよ」

「テストか。懐かしいわ」


 俺は勉強全然やらなかったからなと蒼真さんはポケットに手を突っ込みながら笑っていた。


 この人のペースに乗せられてしっかり話し込んでしまった。正直この人のことはよく分からない。嘘くさい所があるが、全部が全部そうではないから困惑する。

 なぜ今日も俺に話しかけてきたのか。用事なんてないはずなのに。

 結局大した話もせず、何がしたいのかさっぱりだ。

 俺が疑問で頭をいっぱいにしているうちに、自転車を停めていた場所まで戻ってきていた。


「俺もう帰りますね」


蒼真さんはじっと駐輪場を見つめる。


「いつもここに停めて歩いてんの?」

「そうですけど……何か?」


 なぜそんなことをわざわざ確かめるのだろう。ここじゃなくても駐輪場はたくさんあるしどこでもいいじゃないか。蒼真さんが何を気にしているのか理解できなかった。


「あのさ、キミが来てない間のことなんだけど。警察とか結構来てたのよ」


「え?」


「ここらへんは夜になると人も多いし、夏場になるとヤバいやつもいっぱい出るから見回りが増えるっぽいんだよね」

「そうなんですか?」

「あれ、今までそういうことなかったのかな」

 蒼真は首を傾げた。


 自分が知らないだけでそんなことになっていたとは。俺が一人でこんな時間に出歩いていたら確実に警察に声をかけられることになる。

 つまり、この場所に来づらくなるということ。

 せっかく見つけたこの場所を夏休みの間は来られないかもしれないということに、俺はため息をついた。


「ともかく、キミは一人でここをうろつくのはもうだめだから」


念押しされなくても分かっている。


「ここを歩きたいときは、俺がいるときだけにしなよ」


「は?」


「だから、今度からキミがいつも自転車停めてるここの近くにいるようにするから。あと、俺がいない時は、まっすぐ家に帰ること」


この人の言葉に俺は混乱した。


「なんで蒼真さんがそんなことするんですか。関係ないですよね」

「でも、ここが好きなんでしょ」


言葉が詰まる俺を見て、この人はふっと笑った。


「せっかく年上がいいって言ってるんだから、素直に甘えとけばいいのよ」

「……。蒼真さんと歩きたくはないです」


俺は拗ねたような言い方しかできなかった。こんなにも俺を見てくれるのはなぜだろうか。


「素直に喜べばいいのに。年上をこき使えるいい機会なんだぞ」

「自分で言ってて悲しくないですか」


 なんとも情けないセリフ、しかし、蒼真さん言葉に口が緩んでいる俺がいた。


 それからは俺があの場所に行くたびに蒼真さんはいつも待っていた。

 場所は毎回少しづつ違うけれど、必ず蒼真さんはいた。俺は気付けば外出する用があってもなくても、あの場所に足を運ぶようになった。

 初めの頃は、蒼真さんといるより一人のほうがいいと思っていた。

 蒼真さんはそんな俺の様子を感じ取ったのだろうか。無理に会話しなくてもいいと言ってくれた。

 でも次第にポツポツと会話するようになって、そのうち思ったほど嫌じゃなくなった。

 今では蒼真さんと他愛もない話をしていることが楽しくなっていた。

 周りを観察して耳を澄ませる以上に蒼真さんと過ごす時間は心地良かった。

 気付けば名前を一方的に知っている関係ではなく、お互いに呼び合うような関係になっていた。


 こうして過ごしてみると、蒼真さんは第一印象とかなり違う人だった。

 蒼真さんは大学生ぐらいかと思っていたが、そんなに若くはないよと笑っていた。25歳らしい。自分からしたら大して変わらないような気がしていたが、蒼真さんはそんな俺を見て、みんながキミのように捉えてくれるといいけどねと少し悲しそうであった。

 ちなみに、仕事は何でも屋をやっていて猫探しや近所の困りごと解決をメインにやっているらしい。儲かるのかどうかは少しだけ謎だった。

 見た目の軽そうな雰囲気とは違い、実は誰とでも飲み歩くわけでもなく相談に乗るときのついでらしい。なんなら、居酒屋よりも喫茶店に出入りすることが多いらしい。




 「湊くんはここ最近、毎日来てるけど部活とか忙しいんじゃないの?」


蒼真さんが近くの自販機で買ったペットボトルを差し出す。俺を差し出されたペットボトルのふたにぐっと力を入れながら答えた。


「朝から晩までってわけじゃないので。慣れればどうってことないですよ」

「ふ〜ん。そういうもんか。部活の話とかあんまり聞いたことないけど、サッカーいつからやってるの?」

「中学に入ってからですかね」

「結構続けてるね。サッカー好きじゃなければ続けられないね」


俺はなんて返せばいいのか一瞬分からなかった。

誤魔化すほうが楽なのは分かっているが、蒼真さんに嘘をつく気になれなかった。


「どうなんだろ。中学からの延長で何となく続けてるだけかもしれません」


蒼真さんからすぐに反応がないので、間違えたと思った。俺は蒼真さんを横目で見た。


「好きか分からないか。それでも続けてこられるなんてすごいね」


蒼真さんは言葉を選ぶようにして続けた。


「好きかどうか分からないものを続けることは、好きなことをやり続けるよりもずっと……難しいことだと思う。しかも団体プレーのスポーツなんて、みんなと気持ちを合わせることも必要だし、みんなのために頑張らなくちゃいけない。……簡単じゃない。湊くんは努力してきたんだな〜」


そう言って俺に笑いかけた後、缶を傾けてぐっと飲み干す。

 蒼真さんが、紡ぐ言葉を俺は心の中で反芻してぐっと熱くなる気持ちを抑えた。


「でも、無理すんなよ。嫌になったら、やめたっていい。立ち止まって自分が何したいか考えればいい」


 話していると分かったことがある。


 蒼真さんは俺にどんな言葉を向けるべきか真剣に考えてくれている。

 俺が気づけないくらい自然にそっと寄り添って、俺のためにまっすぐに話してくれる。

 こういうときの蒼真さんはいつものヘラヘラとした笑いではなく、考え込むような表情を見せる。


「気楽にやれよ」

「うん」


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