第7章 『観測者の正体 ―人間という装置―』
黒門の闇。
灯りは消えたまま。
だが、浮浪雲晴明の視界だけは、妙にクリアだった。
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目の前にいる。
“自分と同じ顔の男”。
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煙草の煙が、ゆっくりと二人の間を漂う。
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「……ふざけるなよ」
浮浪雲は吐き捨てる。
だが、その声に、ほんのわずかな揺れがあった。
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男は笑う。
穏やかに、まるで昔から知っているように。
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「ふざけていません。あなたは本当に、あなたです」
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「意味わからんこと言うな」
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「では、簡単に言いましょう」
男は一歩、近づいた。
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「あなたは一度、“消されています”」
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沈黙。
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「そして――」
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「作り直された観測者です」
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風が吹いた。
だが、葉は揺れない。
音だけが存在する。
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浮浪雲は、ゆっくりと笑った。
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「……なるほどな」
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否定はしない。
否定できない。
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なぜなら――
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思い出してしまったからだ。
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白い部屋。
音のない空間。
自分の“形”が、曖昧になっていく感覚。
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そして、誰かの声。
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「この個体は観測に耐えうる」
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「……お前ら、誰や」
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浮浪雲は低く問う。
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男は答える。
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「“お前ら”ではありません」
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一瞬の間。
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「“人間”です」
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空気が、変わる。
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「人間はね」
男は続ける。
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「世界をそのまま見ているわけではない」
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「都合よく“編集”して見ている」
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「忘れること」
「見ないこと」
「気づかないこと」
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男は静かに言った。
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「それが“社会”です」
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浮浪雲は、煙を吐いた。
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「……ほな」
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「消された奴らはどうなる」
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男は、少しだけ目を細める。
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「簡単です」
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「最初からいなかったことになる」
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その瞬間。
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浮浪雲の中で、何かが“切れた”。
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「……ふざけんなや」
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声が低くなる。
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「人一人消しといて、“社会”で済ますんか」
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男は、淡々としている。
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「済ませているのは、あなたたちです」
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「見なければ、存在しない」
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「記録されなければ、起きていない」
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「誰も覚えていなければ――」
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「それは“無”です」
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沈黙。
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浮浪雲は、ゆっくりと立ち上がる。
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目は笑っていない。
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「……なるほどな」
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「やっとわかったわ」
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煙草を地面に落とし、踏み潰す。
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「俺は、その“無”を見てもうたんやな」
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男は頷く。
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「だからあなたは危険なんです」
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「観測の外を知った人間は」
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「社会にとって“ノイズ”になる」
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「だから消される」
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浮浪雲は、ニヤリと笑った。
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「見えるもんが全部や思うなよ」
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空気が震えた。
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男は、初めて表情を変えた。
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わずかに、興味。
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「では、どうします?」
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「あなたは」
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「“世界に戻る”か」
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「“世界を壊す”か」
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風が止まる。
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音が消える。
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浮浪雲は、少しだけ空を見上げた。
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黒い空。
星は見えない。
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だが、彼には“見えていた”。
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「……ほな、ちょっとだけ――」
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間。
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「世界、ひっくり返したろか」




