第四十八話 ヤママユガ
小学校時代の某夜、便所に入った時のこと。
何気なく窓を見ると、暗い夜空になにやら動くものがある。
15センチはあろうかという巨大な蛾だ。
灯りに引き寄せられたのか、目玉模様がついた薄気味悪い翅を広げていた。
初めは、ヤママユガの類いだと思った。
しかし、違った。
よく見たら、人間の顔だった。ちょうどアイマスクのような形をした“目の周りの部分”だけが、窓の向こうに浮かんでいた。
気づいた途端、目が合った──ように感じた──。すると、それはゆらゆら揺れながら窓枠右側へとフレームアウトしていった。
慌てて親の元へ走り見たもののことを話すと、母は「気持ち悪いの見たね」と苦笑した。怯える私を気の毒に思ったのか、蛾だったのではないかとフォローしてくれたのだが、父が「この辺にそんな大型の蛾は生息してないはずだ」と一蹴したため、私は一睡もできずに朝を迎えることとなった。
これが軽いトラウマとなり、しばらくは便所に行くのが苦痛でならなかった。中学生になってもなるべく窓のほうを見ないようにして用を足していたほどだ。
先日、ふとこの時のことを思い出し、実家周辺で巨大な蛾の目撃情報がないか調べてみた。するとしっかり確認されていたので、私が見たのはヤママユガだった可能性も出てきた。
だが腑に落ちないことがある。もし蛾だったのなら、あれはなぜ灯りに背を向けたまま、羽ばたきもせず横に移動していったのだろう。
記憶が薄れつつある今でも、あの目玉模様が大きく見開かれた人の目にしか見えなかったことだけは鮮明に覚えている。
ただ、人間であった可能性は低い。何故なら、件の便所は二階にあり、下に足場はないからだ。
それにしても、私が遭遇する怪異はやけに“便所絡み”が多い。裏鬼門であることのほかに、なにか理由があるのだろうか。




