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最終回

 結城さんの車に乗せてもらい、結城さんの実家に来た。 まわりに田園風景が広がる、いかにもこの県らしい光景があるところに一人のおばあさんが家の玄関で待っていた。

 そのおばあさんが結城さんのお母さんで、将を見たという人。 どっちに行ったのか、様子はどうだったのか、いつごろ見たのかを聞いて、あたりを結城さんと二人で手分けして探し回った。 だけれども将の影一つ見つけることはできなかった。

 結城さんがおばあさんと話している中、崩れる。 もう立っていられない。

 見つからない。 見かけたと聞いてすぐここに来たのに、見つからない。


「……おかしい。 こんなことあっちゃいけない。 父親が息子を見つけ出せないなんて、そんなのおかしい。 間違ってる」


 間違っている。 こんな世界は間違っている。


「諦めちゃうんですか?」


 腰をかがめて、結城さんが小さい子に言い聞かすように言った。


「……諦めはしない。 だけど、見つからないんだ!! どんなに探しても、どこを探しても、いないんだ!! 舞と約束した! それなのに、それなのに————」

「諦めてないなら、動きましょ。 明日になっても明後日になっても、立って歩かないと見つかりませんよ」


 感情に比例して貯まった涙を結城さんがハンカチで拭い、優しく微笑む。 いつの日か夢で舞が言いかけていたことを思い出す。 「本当は私がそばにいて支えてやりたいけどね。 それは別の誰かに任せるよ」そんな言葉。 その「別の誰か」はもしかしたら、いま目の前にいるこの女性(ゆうきさん)なのかもしれない。

 俺は立ち上がり、乱暴に目をこする。 結城さんはそれを満足そうに眺めていた。


「この辺で将くんが行きそうなところってあります?」

「そうは言っても、将は記憶が……」

「そんなの関係なしにどこかないですか?」


 しばらく思案していると、将が行きそうなところを一つだけ思い出した。 ただ、そこに行くということは記憶が戻っている前提の話になる。 だけど四の五の考えるより、動いてみるほうがはマシだ。 たとえ、無駄足に終わろうとも。

 結城さんにお願いして、俺たちは舞の墓に行った。




 墓場は時間も遅いこともあって、おどろおどしい雰囲気をまとっていた。

 俺は声を上げて将の名前を呼ぶ。 返ってくる言葉はない。 俺は舞の墓まで駆けだすと、舞の墓の前で突っ立てる子が目に入った。

 足がこれまでにないほど加速する。

 ものの数秒で墓の前で来ることで、やっと認識でした。


「将……帰るぞ。 腹減っただろ?」


 そう呼びかけても将は微動だもせず、ずっと墓を見たまま。 将からの言葉を待っている間に結城さんも来て、ほっとした表情を見せた。

 それから少しだけ待ってようやく将が言葉を発した。


「なんで、おかあさんはショウ(・・・)をうんだの……」


 記憶が戻っている。


「お前のお母さんだからだ」

「しんじゃうのに……?」

「それでもだ」


 将はこっちに向き直り首を横に振る。


「それがわからない。 しんじゃうのは、こわいことなのになんで……。 セイさんはとめなかったの……?」

「止め……られなかった。 お前が生まれる瞬間までは舞は元気で、順調だったんだ。 でもな、一度だけもしものことで話し合ったことがある。 子供をとるか、舞の命をとるか。 正直言うと、考えるのも嫌だったけど、俺は舞の命をとることを望んだ。 舞がいるから子供がほしいって言ったことがある」


 少しだけ昔のことを話す。 将がまだおなかの中にいたころの話。

 俺の話しを聞いた舞は、微笑んで大きなおなかを優しく撫でていた。 舞は俺とは逆の考えを持っていた。

『私だってね、生きたいよ。 この子と一緒にいろんなものを見て、この子の成長を見守って、あなたと幸せに暮らしたい。 でもそれ以上にこの子を産んであげたい。 この子に綺麗な外の世界を見せてあげたい。この世界は楽しいことでいっぱいだってことを知ってほしい。 だからお願い、私にもしものことがあっても産ませてほしいの』

 悟ったように、落ち着いた声で言われた。

 少しばかりケンカをした。 お互いがお互いの主張をするだけして、まったくかみ合わなかった。 でも、舞のまっすな目でお願いされたとき、認めてしまった。

 してしまった。 あのとき、どんなことを言われても認めるべきではなかったかもしれない。


 将は俺の話を黙って聞いていた。


「あのとき、認めなければ舞は生きていた。 だけど認めていなければ、将は今ここにいない。 別の誰かが将の代わりにいたのかもしれない。 そう考えると、気が気じゃなかった。 だから考えることを止めて受け止めた。 どちらが正しいではなく、相手の考えを認める。 舞がお前に見せてやりたかったこと、一緒にやりたかったこと、それらを代わりに俺が叶えてやる」 


 これが俺が勝手に舞と約束した事。


「だから帰ろう、な?」


 手を差し延ばすと、将は一回だけを鼻を鳴らして一歩を踏み出した。




 冬が明け、春が来た。 新しい一年の始まり。

 

「将ー、遅れるぞー!!」

「まってくれ、なふだがないんだ!!」


 時計をチラチラ見ながら玄関先で待つ。 もう出ないと俺が会社に遅刻してしまう。 また去年みたいにしょっぱなから、新人に示しがつかないことだけはしたくない。


「ポッケの中にあるんじゃないかー!」

「……あった!!」


 名札を持って駆けてくる。


「どこにしまったかぐらい覚えとけ」

「すまんな、としをとるとどうも……」


 まだ五歳にもなってないのに何を言う。

 名札を付けてやり、車に乗った。

 今年も、来年もずっとこんな日が続けばいいな、と密かに思った。

  

 

 

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