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六十二話

 将はうまくやっているだろうか。

 会社に着くなり、ずっとそのことばかり考えている。

 結城さんがいるのだから問題はないと思うけど、そばにいて見守ってやりたい。 記憶が無くなったことでみおちゃんと大輔くんとケンカになってなければいいけど……。

 それはいらない心配か。 なにせ将の友達だし、きっと力になってくれるだろう。


「先輩、時間いいんですか? 今日、前田さんと打ち合わせじゃないですか?」


 やっとの思いで結論づけたところで、藤井に言われ時計を見る。

 十時になる十分前。 次に手帳で今日の予定を確認すると今日の日付に『打ち合わせ十時~、〇×会社』と線まで引いて書いてあった。


「まずい!!」


 慌てて打ち合わせに必要なものをカバンに詰め込んで飛び出した。  

 前田さんは以前、俺が決めた商談のところの会社の人だ。 今日はこれまでの成績と今後も契約を継続するのかを決める大切な打ち合わせなのに、すっかり忘れてた。

 俺が遅刻したことで『今後はなし』と言われたら、クビになるかもしれない。 良くても減給……。

 まずい……、本当にまずい!

 ここから〇×会社までは、どんなにとばしても二十分近くはかかる。 間に合うわけがない。 もっと早く教えてくれても良かったではないか、藤井よ!

 車に乗ってまずは前田さんに電話をかけて遅れる皆を伝えた。 むこうは俺の失態を笑い飛ばして、安全運転で来てくれと言ってくれた。

 人が出来ているとはあの人のことを言うんだなぁ、と思いながらアクセルを踏んだ。




 予定の時間より遅れてはしまったが、打ち合わせをすることができた。 どうやら前田さんは部長から俺のことを知らされているようで、今の将のことを知っていた。

 そのため、今日の遅刻は大目に見てくれた。


「はい、それでは契約はこれからもということでよろしいですか?」

「えぇ、こちらとしても予想を上回る売り上げで、今度も良い関係を築いていきたいと思っています」  

「こちらとしても、是非にお願いいたします」 


 立ち上がって握手をし、打ち合わせは終わった。

「失礼」と断りを入れてから、前田さんはそこらへんにいた女性社員にコピーを頼んだ。 恥ずかしいことに渡すためのコピーを用意していなかった。

 遅刻はするわ、コピーは取れてないわで今日は調子が悪い。


「ところで息子さんはどうです? 記憶がどうこうってのは聞きましたが」


 お茶を一杯すすってから前田さんが言った。


「傷の方は治って、元気ではあります。 さっき幼稚園に送ってきたところです」

「そうですか。 記憶のことはどうとも言えませんが、まずは元気なことを喜びましょう」


 そう言って朗らかに笑った。 それにつられて俺も笑う。


「それとお節介かもしれませんが、同じ父親として言わせてください。 息子の前でかっこつける必要はありませんよ」


 なにを言っているのか判らなかった。前田さんにも将と同い年ぐらいの娘さんがいて、同じ父親同士で子供たちの話をすることはある。

 しかし俺と将がどのように暮らしているのかまでは話したことはないのに、『息子の前で(・・・・・)』と言った。 そのままの言葉の意味ではなく、隠語として言っているのだろうが意味を捉えることができない。


「それは……」


 どういうことかを聞こうとした時に応接間のドアが開き、女性社員がコピーを持って入ってきた。 お礼を言ってそれを受け取り、書類を俺の方に返した。


「意味は中村さんが考えてください。 ヒントは中村さんの悪い癖ですよ、おそらくですけど」

「ちょっと……!」

「息子さんによろしくお伝えください」


 ドアを開けて、もう俺と話すことがないといった様子だ。 仕方なく答えを聞くのは諦め、見送られながら会社に戻った。

 帰り道でさっきのことを考える。

 『息子の前でかっこつける必要はありませんよ』ねぇ。

 なにを思ってあんなことを言ったのだろう。 素直にそのまま言ってくれればいいものをわざわざ判りにくい言い方にして、本当になにを考えているのやら。

 それにしてもあの言葉の意味が判らん。 『かっこつける』、ここをどう受け取るかで答えが出そうなのだが、うまく答えが出ない。 『かっこつける』から連想できる言葉を思い浮かべてみても、どれも納得のできる答えではなかった。

 一人で悩んでてもしょうがないか……。

 前田さんは『俺の悪い癖』とも言っていた。 だったら自分自身ではなく他の誰かに聞いた方が早いと思った。 自分でも気づかない悪い癖なんて誰にでもある。 きっと俺自身が気づいてない癖があの言葉の言っている意味なのだろう。

 前田さんの言葉を理解して俺はどう変われるのだろうか。

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