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投稿者の詳細は不明。動画の詳細もわからない。
人気が急上昇している詳細不明の存在である、
彼女が出演するミュージックビデオはこれが初めてのもので、
瞬く間に話題のトップに躍り出ました。
再生数は驚異的な速さで伸びを見せ、
コメントは画面を覆い尽くし殆ど狂乱状態でした。
動画を見た者は、一切明かされない動画の詳細に焦らされ、
そのもどかしさに苛立ちながらも、更に彼女への興味を深めていくようでした。
この動画で初めて彼女を知った人たちも、勢いに飲まれて行きました。
そして、動画への考察がネット上のあちこちで行われ、
様々な解釈が展開されましたが、結論は様々でいつまでも固まらず、
興味の行き着く先は結局のところ、投稿者・製作者は何者なのか、
そして彼女との関係はどういったものかという事に収束するのでした。
まだみんなは知りません。
僕がぜんぶ仕組んだ事を。
もちろん、あるタイミングでこの動画の製作者であること明かすつもりです。
僕が彼女のすべてを作り上げたという事を。
※
人気製作者の知名度を、それを利用しようと考えるのは不自然な事ではありません。
そういう人達が放っておくわけがないのです。
やはりこのアカウント宛に色々なお誘いが届きました。
どこで知ったのかは分かりませんが、
アカウントを作る際に使用したメールアドレスにも
似たような誘いが多く届いたのです。
どれもこれも非常に魅力的なものばかりです。
驚いたことに、ニコニコ動画の運営からもイベント出演の話が舞い込むほどでした。
それらのオファーを承諾すれば、おそらくは、さらなる知名度の向上と、
そして、それなりのお金を手にすることができたかもしれません。
しかし、僕はそのすべてを無視しました。
断ったのではなく、無視です。
今回の場合、知名度と露出のコントロールは非常にデリケートな問題です。
それは僕が注意深くおこなっていますし、
そしてお金は最初から問題ではありません。
彼女をみんなから崇められる偶像に仕立て上げる。
それをどのようにして成すのかという事。
それが全てであり、計画を達成するための鍵だと考えます。
※
僕が作った動画の話題がネット上を賑わせている中で、
ある大きなイベントの開催日が近づいていました。
これはボーカロイド関連イベントの中では、
最初期からある伝統的で大規模なものなのです。
そんな今回のイベントでの、ファン達の大きな関心事の一つと言えば、
やはり彼女が参加するか否かという点でした。
歴史のあるこのイベントに参加するのは簡単ではありません。
それなりの狭き門を潜り抜ける必要があります。
一定の実績がある個人やサークルであればまた少し事情が違いますが、
新規に参加するもの達には、とても競争率の高い抽選がまっています。
抽選とはいいますが、実質的には出展する作品の審査といえるものです。
ある程度のクオリティとある種の「センス」を求められるのです。
(ゆえに作品の製作は時間的にかなりシビアなものになります)
昨年は僕も参加していて、当時の新曲8曲を収めたオリジナルCDを出展しました。
持ち込んだCD全てを捌くことができ、
そのときの盛況ぶりが実績と認められたのか、
今年はイベント側から参加の要請を持ちかけられました。
彼女はもちろん不参加とします。
もう生身の体を、実体を人前にさらして良い時期ではありません。
このタイミングでの不参加は、彼女のイメージ作りの上でとても大切な事なのです。
一方で僕は、参加をする事としました。
この後の動画投稿のスケジュールを考えると、
僕まで不参加では彼女との関連を疑われるかもしれないと思ったからです。
それは考えすぎなのかもしれませんが、念のためです。
今まで作りためた曲を適当に選び出し、それを収録したCDを出展する事にしました。
いい加減に思われますが、こちらにはあまりリソースを割けません。
兎に角はやめにイベントから切り上げる事を第一に考えていました。
一分一秒が惜しかったのです。
誰もが様々な想像を廻らせた事でしょう。
「あの動画の製作者とあの娘は一体何者なのだろう?その関係は?」
そんな疑問に支配された参加者達が発する、
言いようのない雰囲気に会場全体が包まれる中で、
イベントは予定通りに開催されました。
つづく




