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ミクは、歌います。

ミクの本来の機能であり、その存在理由を形作る大きな要素の一つに、

ユーザーの指示通りに歌を唄えるという事があります。

そうなると彼女はまだ完全ではありません。

コスプレだけではまだまだ要件を満しているとはいえないのです。

あくまでも形を模しているだけで、それでは本当のアイドルとは言えません。


久しぶりに、以前におこなったような細かい「市場リサーチ」を行い、

徹底的に現在のユーザーの好みに合う曲を作り上げました。

ミクの調整(「調教」という言い方は好きではありません)も細かに行い、

出来る限り「リアル」に、人が歌うような、でも機械的なぎこちなさを隠しきれない、

そんな表情豊かなものへと仕上げることができました。


次にその曲を演出する動画の作成です。

まずは唄うミクの声に合わせて、彼女にもその口の動きを真似て歌ってもらいました。

軽い演技をまじえつつ歌う(フリ)のは思った以上に難しいようで、

なかなか狙い通りの動きにはなりませんでしたが、

どうにか違和感ないレベルにおさめることが出来ました。

それにしてもこの状況、機械・・・というかソフトウェア側の挙動に

人間が合わせなくてはならないという作業が

どうにも不自然に思えて笑えてきました。

人間が自由に歌わせる事を目的として開発したソフトウェアに、

逆に「ワタシ」の歌い方に合わせろと言われているような状況です。


そして、困難だったといえば、この動画製作全体に言える事です。

生身の人間が登場するタイプのミュージックビデオは

時として滑稽なものに見えてしまう場合があります。

荒い、雑な合成処理や、登場人物の拙い演技が主な原因だと思いますが、

なんであれ、それは絶対に避けねばなりません。

さもなければ今まで苦労して築き上げた

神秘性の萌芽を踏み潰す事になってしまいます。

だけどしかし、彼女を登場させなければ意味がありません。

そして僕には、大した撮影機材も資金もなく、

更には他の誰の力も借りられないのです。

・・・それは、最初から分かっていたことです。

この動画は、曲を含めて、誰が製作・投稿したのかという事の全てを

隠したままにしたかったからです。

今はまだ僕の関与がバレてはいけないのです。


色々と試行錯誤した結果、速いテンポで

次々と映像を変えていくスタイルに落ち着きました。

チラっとしか映らない彼女に、難しい演技を求める必要はないと考えていたのです。

だけど確かに、そこに彼女は存在し歌っている事が分かります。

ミクの声に合わせた口の動きが、彼女をあたかもミク自身のように見せています。

出来の良い、作り込まれたコスチュームを纏う、彼女の意外な演技力が

それを確かな物にしているのです。

瞬間で目まぐるしく移り変わる映像は、視聴者にうつろう不確かな印象を与え、

その儚さは更なる神秘性の源となり、

見た者は知らずのうちにそれを、強く印象に残す事でしょう。それを狙っています。

とにかく、手間だけは惜しみませんでした。

この動画はそれらの条件を満たすに充分なものとなっているはずです。



ニコニコ動画への投稿には、新規に作ったアカウントで行いました。

全てのユーザーレポートは非公開です。

動画説明欄には「本当に愛してくれますか?」という一言のみとし、

タイトルは「あなたにぜんぶあげる」に決めました。




つづく

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