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ボーカロイド「初音ミク」
ヤマハが開発した音声合成技術の応用製品。
閉塞感漂うDTM界隈に、大きな波紋を呼び、良くも悪くも活気をうみました。
イメージキャラクタの愛らしさとその物珍しさを活かした、
ニコニコ動画での投稿作品群の人気を始まりにして、
気が付けばいつの間にか、多くの一般の(いわゆるオタク的でない)人
さえもが認知するに至る事となりました。
そう、この人気を生み出した、画期的で、そしてとても重要な要素の一つは
音声合成技術をつかったDTM関連ソフトに
いわゆる「美少女キャラクター」をあたえたところだと思います。
これは、自分の思い通りに歌を唄わせることができるという、
ボーカロイドの最大の特徴にとても相性が良いものでした。
緑色の長いツインテール、大きな目に細い首、
控えめな胸はむしろ、清楚なイメージ作りに一役買っています。
(小さな胸はそれはそれでそういう趣向の方には大好評です!)
絞られたウエストとその先に伸びるスラリとした長い足も魅力的です。
そのデザインは、名機といわれるシンセサイザー、
DX7をモチーフとしていると聞きました。
そして発売当初によく聞かれた、使い道の難しい、
あるいは全く無い色物ソフトウェアシンセという批評は、
すぐに覆る事となります。
単なる「ソフトウエアシンセ」ではないーーー。
多くの人々が、早い段階で初音ミクにあるものを与え見出してゆきました。
それは「人格」という言葉が一番近いでしょうか。
漫画やアニメ・ゲームのキャラクターに感情移入する事は珍しく無いでしょう。
しかし、キャラクターとしての詳細なスペックやストーリー等の設定を殆ど持たない
(初期の動画にはパッケージイラストを使った一枚絵のものが多くありました)
そんなミクに人格を見るということはとても興味深い事だと思います。
そう、感情移入などではなくて、人格の発見です。
アクティブな感情をもった「相手」としての人格を見つけたのです。
動画を投稿した人がそれに投影する、ミクに望んだ人間性。
それは徐々に、パズルのピースのような、性格の断片を生み出し
そしてそれは、他の動画製作者達にも影響を与えていきます。
受け継ぎ、拡張され、統合される。そしてまた―――。
そういった連鎖を繰り返すうちに少しずつピースが組み合い、
そしていつの間にか、「初音ミク」という一人の人間のような・・・
人間と言い切ってしまいますが、ネットの上で組み上げられていきました。
少なくともそう錯覚させるだけの存在感を持ったキャラクターへと成長したのです。
なにかの漫画かアニメでみたようなことが、それが現実となったわけです。
一人一人の願望の、複雑な絡み合いから発生した「アイドル」
みんなで作り上げた、一人のアイドル。
みんなの完璧なアイドル。
誰彼区別する事無く、望む者みんなにその可愛らしい笑顔は向けられます。
誰にでも―――。
もちろん、僕にも微笑んでくれます。
パッケージイラストのミクも、動画で踊るミクも、テレビのCMに出演するミクも
特殊な機器・機材によって実現する、
ライブのために現実世界へ「降臨」したミクも・・・。
いつもどこでも誰にでも、欲する人には誰にでも与えられる笑顔。
全員のための一人。
僕だってその全員のうちの一人。ちゃんと微笑んでくれています。
※
人から人への情報の伝達は、
ネットが普及してからその速度と量を異常なまでに増加させてきました。
そして、良いものも悪いものも、望んでも望まなくても、
本人の意思に関係なくほぼ永遠に、ネットワークが完全に機能しなくなるまで、
いえ、正確には情報に触れた人間の記憶がすべて潰えるまで、
その情報は生き漂い続けるのです。
そんな世界で生まれたミクは、誰か個人のモノではありません。
もちろん、初音ミクという「製品」を生み出した人は確かに存在します。
だけど、皆がまるで、
ミクを一人の実在する人物のような扱いをするまでに成長させたのは
ネットワーク上を飛び交う無数の人間の意思が起こした、
一種の化学反応と言えるものです。
みんなの、ファン一人ひとりの脳で、その内側で作り上げたミクの理想像が、
ネットの上で複雑に混じり合って生まれたのです。
だから、みんなのミク。
誰のものでもない、みんなのミク―――。
つづく




