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零の継承者たち -冥々裡の地獄ホンレフ-  作者: あず
冥々裡の地獄ホンレフ
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第一章 平穏な日常①

 全域に広がる広大な地平線。

 視界を遮るものがない、輝く星々が夜空を眩い光で華麗に演出する中、どこまでも続く砂漠の数少ない岩陰で、拙い炎が貴重な紙を透いて軽やかな線で紡ぐ美しい文字を浮き上がせる。

 そんな達筆で形式ばった内容を見て、ため息交じりで静かに読み耽るのはフレイ。

 自由に流れる風は想定したより賑やかで、火の粉が宙を舞って踊り出す様は、まるで一種の生き物のように表現しているようにすら見える。


 現在、暦の上では春。

 厳しい冬を耐え抜いた生物たちは、儚い命を一秒たりとも無駄にせず、地に足を着けて一心不乱に生を生き抜く。

 フレイは自然の荒波を感じながら瞼を閉じると、気候の快適さにはしゃぐ動物や昆虫たち、芽吹く草花も胸を張って短い命を臆せず咲き誇る姿が、瞼の裏に焼き付いているのだ。

 吹き荒れる風は砂の香りを纏い、肌に当たる感触は幼い頃の懐かしさも感じ取る。

 思わぬ共通点を見つけたことで、フレイの心情は複雑なものへ変化せざる得ない。

 それは優しい時間と歯がゆい出来事が交互に波立つ、あまりに複雑な心情だった。



「ステラ!」

 尊い大地を踏み締めて、自然豊かな世界を颯爽と駆け抜けて足を止めた。

 一面の草原、朗らかな陽気、花々や木々の香りを乗せた風がフレイの心を熱くさせる。

 視界に広がる景色は何の開拓もされていない、自然が創る幻想的な造形美で溢れているのだ。

 逞しく懸命に、それでいて主張しすぎない草花は、木々に守られるように可憐な花を咲かせて、その木々たちも負けずに美しい色とりどりの花で彩っている。


 そんな景色に惹かれて、様々な動物や昆虫も次々顔を見せている。

 そんな心震える大自然の中、不自然なようで絶妙に溶け込んだ、ピンクのワンピースから覗く白いかぼちゃパンツがゆっくり左右に揺れるものが自身の名前を呼ばれたことで、むくりと顔が上がった。


「フレイぃ? ……フレイぃ!」


 とろけるような笑顔で草花をかき分けて、誰よりも愛しい人の許へ一目散で走っていく。


「ステラ、良い子にしてた? 怪我はしてないかな?」


 燃えるような紅髪が穏やかな風に揺れるフレイは、高身長であるが故に幼いステラと目線を合わせて縮こまり軽々持ち上げると、幸せが二人の鼓動を共有して、笑顔で顔を合わせる。

 様々な自然の香りを纏った風に遊ばれて、ふと見上げれば花弁が軽やかに舞い上がった。


「フレイぃ! これ、作ったのぉ!」

 利き手でしっかり握られたそれは、白爪草で作られた王冠で、実に誇らしげに見せた。


「わぁ、頑張って作ったんだね! かぶってみたいな!」


 相当不器用なためか、王冠は形が保てないほど壊滅的で今にも崩れそうだ。

 それでもフレイはその話題には触れず、心底嬉しそうにさらに小さく縮こまり、限界まで頭を下げるほど。

 ステラはまだ二、三歳ほどの身体つきとそれ相当の頭脳であり、まだまだ愛情を求めたい時期のようだ。

 フレイの愛情を一心に受けて、ゆっくりすくすくと育っているように見える。


 そんな微笑ましい雰囲気の中、花冠を頭に乗せたは良いが慎重に頭を上げようとした瞬間、期待を裏切らない花冠は散り散りとなり崩れ落ち始める。

 それを見たステラの達成感と満足感を粉々に砕かれたショックは大きく、一時放心状態から、一瞬にして泣き顔へ表情を変えた。


「ご、ごめんねッ! ど、ど、どうしよう? こ、こうかな? ……あ、あれ?」


 フレイが悪い訳ではないがステラが傷ついたのだけは間違いなく、焦ったフレイは必死で冠を繋げようとするが、どうも上手くいかない。

 再起不能なこの謎に、フレイは大いに翻弄される。

 そんな一連の動作を見たステラの大粒の涙は自然と治まり、懸命に花冠と向き合ってくれるフレイの優しさを直に目にしたことで、極端なまでに冷静さを取り戻して一言呟く。


「フレイぃ、もういいよぉ。ありがとぉ!」


 目を赤く腫らしつつも、ステラの顔には満面の笑みがこぼれる。


「そっか、ありがとう。……でも本当にごめんね」


 ステラからの気遣いから安堵はしたが、罪悪感が相俟ってなかなか笑顔にはなれない。

 そんな自責の念に駆られるフレイが、その揺るぎない愛情を表現するように、くすぐったいほど優しく撫でたのはステラの頭。

 じゃれる仕草は、あり余る愛情を体感した幸せの証。


「じゃあ、帰ろうか」


 相変わらずステラ視点の姿勢のままで、両手を広げたフレイに抱かれたステラ。

 大好きなフレイに身を任せ、高らかと山を乗り越え、広大な空を昇っていくさまは、壮大なスケールで大自然を見下ろして、鳥に生まれ変わった気分を味わえる感覚は至福のひと時。


 ステラは多くの愛に包まれたこの瞬間、この感覚が大好きだ。

 遠く空をの彼方を目指すフレイは、高い階段を昇る感覚で颯爽と軽やかに空を踏み締めて行くと、目指す先はこの上空で最も層の厚い雲の中。

 生い茂る深々しい地上の緑が絨毯のように見えるほど上空を昇り、遂には雲で地上が隠れる高さまで突き抜けると、そう時間も掛からず自分たちが住む空間へ到着する。


 辿り着いた先は、宙に浮かぶ球体型空中庭園。

 円形の平地をベースに、小高い丘や小規模な森林まで忠実に形成された豊かな敷地の中央には、存在感際立つ白い宮殿が聳え立っている。

 これは雲より上空に存在し、厳重なバリアで覆う空色の外観は、空に溶け込むことで決して発見できない構造の、美しく輝く、そんな楽園。

 この球体型空中庭園の名は、《サーキュラー》。


 空に擬態したドーム状の障壁を溶かすように通り抜けて、庭園内を歩くフレイと抱かれたまま周囲をキョロキョロ見回るステラ。

 フレイは慣れた足取りで奥の宮殿へと進み始める。


 この間、白い宮殿へ続く広々とした空間には、様々な色で鮮やかに彩る草花が二人の帰宅を歓迎するかのように咲き乱れ、フレイたちが足を進める度にリズム良く揺れ始めて、それに続く昆虫たちが美しい音色を奏でる。

 更には見たこともない美しい色や形の動物たちが、フレイたちの帰りを待ちわびたように姿を現して、二人にじゃれ合う様子は、ペットと言うよりは仲間を歓迎する感覚の方がしっくりする。


 サーキュラーの土台は軽くて固い地盤から成り立っており、空高い天井を覆い尽くすドーム状のバリアは、本来の隠逸としての役目は勿論、直射日光による強い紫外線を緩和させる役目に加えて、太陽に焦がれるようなソーラーパネルの機能も同時進行で稼働させている。

 この構造は地球を創る過程を参考に構成された、所謂一種の星のようなものと認識していい。

 ただ資源豊かな星を創造するには、内外で全く異なる動力を創り上げられる人材が必須だ。


 サーキュラー自体も厚みと速さが異なる三層の層で周囲を廻っていて、内側に右回転、外側が左回転、そして臨機応変に順応する最も重要な中間層は、事細かに微調整を行う一番重要な役割で、それぞれが絶妙な速度と個性ある廻り方で、絶えず稼働を続けている。

 なによりこの三つの回転には、対極となる極度の温度差にも慣れる必要があり、通常の回転では遠く及ばない熱量は、蓄電池を溜めることによって内外から獲得しているようだ。


 これらはそれぞれ生命のサイクルにも大いに関係しており、ここに住む生物が多様な動力と能力で助け合い、複雑に絡み合い、輪廻にできた凹凸を完璧に嚙合わせることが出来ているからこそ、この星は浮き、人間を欺くことも可能で、豊かな星として現状を保つことが出来ている。

 そんな生き物たちの歓迎を受けて、宮殿へ進むフレイは帰宅を知らせるため、声を張り上げた。


「帰ったよ、ジュノ! ジュノ、ジュノッ……?」

 見当たらない、聞こえない、愛しい人の姿と声。


 ロビーと思わしき空間を通り抜けると宮殿内の中核となる場所には円形の小さな吹き抜けがあり、太陽の光を浴びる明るい吹き抜けを中央に、小高い山から湧き出た透明感ある水が天井にも分かれており、周囲を円形で囲むようにゆったりとした水の薄いカーテンが真下にある同じく円形の小さな溝へと軽やかに注がれて流れ落ち、美しい泉へと排出・収集する。

 吹き抜けから降り注ぐ水が光に反射することで、水は幻想的な七色に光り輝く。

 水のカーテンから排水された水は密度の濃いろ過を施して、再び小高い山へ送り届けており、常に純度の高い湧き水へ生まれ変わるサイクルを採用させている。

 この水源は数ある雲の水蒸気から常に補充していると考えるのが自然だろう。


 そんな神秘的な水のカーテンに囲われたこの場所は、常に偵察を行うための極めて重要な意味を持つ中核、つまりはサーキュラーを総括するための、まさしく心臓部とも言える。

 しかしそんなこの場を仕切るはずの主人の気配はない。

 それによる嫌な予感がフレイの頭を過る。


「……ステラ、悪いけど部屋で大人しくしてくれるかな?」


 見るからに怪訝そうな顔をするステラの機嫌をこれ以上害さぬよう、ゆっくり丁寧に頭を撫でながら指示を述べる。

 実質ステラの不満を満足に解消させる方法は存在しないが、これは大好きなフレイからのお願い。

 寂しい気持ちを飲み込んで、不本意ながらも無言で従った。

 物寂しさから何度も振り返るステラが部屋に入る瞬間まで根気よく笑顔で見守ると、姿が見えなくなった次の瞬間には、険しい表情でジュノの寝室へ赴き、少々手荒く扉をノックした。


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