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第一章 基本、安寧秩序が人を裏切らない理由(わけ)②

  都心とはいえ少し外れるだけで暗く閑静(かんせい)な場所の方が圧倒的に多い中、繁華街のように深夜遅くとも四六時中ライトで照らされる場所がある。


 極限まで体を、細胞を縮小させて、大きな建物の通気口からするりと、足音に細心の注意を払うも慣れた動きで目的の部屋を目指す。


 暗がりの中、一人夢中でパソコンにのめり込む白衣の男性を捉えると、ジュノとと共に簡単な合図で際立つ色を惜しげもなく披露する。

 多少(うつむ)く体勢ではあるが、大胆にも真正面から男性に飛び掛かるムササビとスカラベ。

 この瞬間、空中では二つの細胞が再び分散を行い、細胞を原子レベルにまで小さく離散させて、男性の角膜に少々痒い程度の刺激を与えながら突き進む、色の異なる二つの核。

 細胞は核を追って流れに沿うと、欠片残さず男性の眼球内への侵入を可能にした。


 この過程は一度の瞬きを行う僅かな時間で行われ、光る画面に張り付く男性に気付く要素はなく、容易に硝子体へ侵入した二人。

 事前に用意したのだろうか、小さな光で周囲を灯した(ほの)かに明るい空間に入ると、核だった二人は一番人間らしい見た目で最終的な成形を終えた。


 ジュノは艶ある黒髪のおかっぱに合わせた紅白の生地に彩る金糸で華の刺繍を施し、高貴で複雑な細工の着物にも劣らない、美しい碧眼(へきがん)双眸(そうぼう)に加え、高雅(こうが)で凛々しい顔立ちを見せる。


 フレイに至っては短髪の鮮やかな紅髪が目立つ中、衣服を重厚な黒で統一させた事で厳格なイメージを与えるが、同じく宝石のように輝く碧眼(へきがん)に加え、優美で優しい顔立ちをしている。


 二人は黒塗りや紅塗りの印象はほとんど引き継いでおらず、ただあの長身から一気に縮めた背丈に幼い外見は子供にしか見えず、目撃した者に安堵を与える見目であるのは間違いない。

 そんな人型として形態を終えてすぐ、ジュノはある行動に出た。


「大丈夫よ。……ええ、安心して、本当よ」


 左眼に少し力を入れながら安全を伝える言葉をいくつか話すと、左眼から香を焚く糸のような煙を集約(しゅうやく)させて、眼球から外へ誘い出す反動でジュノは少々海老反りに。


 焚き出た少量の煙に粒子の細かな砂金らしきものが反射で輝き、地面を踏み締めるのは、金色の毛並み眩しい碧眼(へきがん)のモモンガ具現化させた。当然変容(へんよう)はこれに収まらず、新たに細胞を散在したかと思えば、金色の核と細胞を膨張させて再び吸着させると、出現したのはジュノたちとそう背丈の変わらない、腰まであるブロンドの軽めのパーマに、ピンクを基調としたロリータのワンピースが似合う可憐で愛らしい顔立ちに加え、三人碧眼(へきがん)の持つ主が現れる。


「フレイ! お疲れさま!」


 外見から見ても明らかなほど、この二人とは性格からテンションまで全てが異なる少女。

 フレイに抱き着いて、無事会えた喜びを全身で表現している。


「ステラもお疲れさま。怖くなかった? 緊張しなかった? 体調は崩していない?」

「うんッ!」


 フレイはステラにあらゆる質問を投じることで、体調から精神状態まで優れた視覚と聴覚で丁寧に確認する。いかにステラを大切にしているかが、よく分かる一面だ。

 特にこれと言って重要でもない話題にも真剣に聞く様子から、目に入れても痛くない溺愛ぶりで全て受け入れる懐の深さ。

 元々聞き上手にも恵まれているが、心の底から愛情を注いでくれる、そんな心優しいフレイだからこそ、多情多感(たじょうたかん)なステラの心を捕まえて放さない。



 当然この三人は普通の人間ではない。

 宇宙ができてほどなく天命を授かり、太陽ができてほどなく生を()け、地球ができてほどなく人の形として世に生まれた、今を生きる不老長寿。

 ただ三人を見るに、年齢を重ねた余裕が厳格なイメージはジュノしか見受けられず、特にステラは感覚も感性も見た目相応なまま。そんな良くも悪くも変わらないステラを放っておけないのは、フレイの情か性か。


 こんなに優しいフレイにも無限の愛情を一心に注ぐ対象がもう一人いる。

 もちろん熱い視線を送る先は、一人仕事に集中しているジュノだ。

 見つめていることに気付かれないよう、ステラを盾にこっそり目だけで追う。

 どうやらこの淡い想いを伝えたことはないようで、ジュノにしては明らかに上司と部下の関係に近い立ち位置にあり、まず異性の対象にすら入っていない可能性はかなり高いと見る。


 あの惨劇の場で説教を垂れるほど成すことすべて完璧なジュノと、その優しさ故に何をしても中途半端なフレイとではつり合いが取れているとは思えないようで、ただただ自信を失くす毎日。

 事実今も仕事ばかりに没頭して、フレイの青臭い恋慕(れんぼ)が実るどころか成熟の可能性は皆無であると、ジュノの毅然(きぜん)とした態度と共に醸し出す厳格な雰囲気で示唆(示唆)しているかのようだ。


 そんな事情の中でジュノが魅せる姿は、この薄暗い空間に自身で発光させる淡い虹彩。

 どこからともなく表れた美しい蒼で周囲を照らして、息を呑むほとの美貌を魅せつける今のジュノは、黒髪のおかっぱ姿とは似て非なるもので、見るからに別人に誘っている。

 見目は子供のままで身体の二倍以上に伸びた毛髪は、艶ある黒髪とは打って変わって煌めく銀を混ぜたような白髪に変化させていて、円形に均等に広がり一本一本を配置させている。

 まるで花嫁のベールを連想させる絶品の絹を被るように、美しい白髪が身体の全てを纏う。

 頭頂部には輝く金の簪や、白の大輪をべースに華やかな花飾りで鮮やかに彩る。


 碧眼(へきがん)は虹彩を失くし、代わりに表れたのは大海原を連想させるような翠眼(すいがん)に変化させ、蒼の濃淡を基調とした最上級の生地に金糸までふんだんに使用した、緻密で優美な(すそ)の長い羽織物を着用することで、ジュノの持つ優艶でミステリアスな雰囲気を存分に生かして引き立たせている。

 それはまさしく豪華絢爛、生きる芸術。


 これら全てがジュノの毛髪によって紡がれた神秘の能力。

 才幹(さいかん)はこれに収まらず、静寂な大地を網羅(もうら)する一瞬の光のように、広大に及ぶ知略(ちりゃく)の包囲網こそ真骨頂だ。


 配置させた個々の生きた毛髪がジュノから魂だけを着脱(ちゃくだつ)し、変化自在に物体の隙間をするりと通り抜け、地上に芽吹く頃には主に六脚類(ろっきゃくるい)の昆虫に(あざむ)き、幅広い変化で人間の生活に上手く溶け込み馴染む。


 そんな昆虫が放つ微力な電波によって常に伝達される膨大で精密な情報は、ジュノが全て目を通すことで問題の根幹(こんかん)を正確に、陰りも滞りなく、赤裸々な部分にも躊躇なくメスを入れるのがジュノという人物。

 これまでの過程から分かるように、地球上にいる全生体の中でも最も重要な役割とそれ相応の能力を共に手にした、序列最高位に君臨するのがジュノとフレイだ。

 偉大さに輪を掛けたような類で、隠れることが困難なほど眩い光を放ちながら、安息の地を探す毎日を過ごしている。


 フレイ同様の寛容(かんよう)な優しさに加えて、心からの慈悲深さまで持って。

 結局ジュノも方向性が違うだけの、フレイとよく似た自虐的な性格を露見(ろけん)させたということ。

 日々能力を最大限活用して安寧秩序(あんねいちつじょ)を維持するための努力は、恐らく他の誰でもないステラやお互いが想う人物に対する幸せを願うが故の、心からの叫びなのかも知れない。

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