過去話その6 存在格差
所謂ヘレナちゃんメインのデート回。
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獣魔領 シュールストレミング 裏山
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まおー18歳。秋。木々も紅葉に代わり、霊山が一番美しく見える季節。
去年約束した通り、まおーは魔族の少女ヘレナと一緒に登山している。
まおーと言えば相変わらずの上裸スタイル。ちょっぴり筋肉がついている。
ヘレナも1年前くらいは「服くらい着たらいいのに」と会う度にツッコミを入れていたが、
まおーの大胸筋もいい加減見慣れてしまったのかそんな事を言ったりしない。
まおーが数か月かけて整地した霊山麓の林道をヘレナと歩んでいる。
レットカーペットと舞い散る落ち葉を眺めては鼻歌をうたう魔族の少女。
それの様子を不思議そうに見るまおーなのであった。
「きれーだねー」「そうか?」「そうだよー」「おい、危ないぞ」「へいきだよー」
まおーとしては、少女の無防備っぷりにちょっと物申したくなるくらい。
少女はお外の世界を無邪気に堪能していた。
「しかし、妙だな」「ん~?」
何時も登山しているまおーは今日に登山で違和感を感じていた。
あまりにも静か過ぎるのだ。
普段は鬱陶しいくらい鳥が鳴いていたり、
ガサゴソ草木をかき分ける小動物が居たりする。
羽虫がワラワラ飛んでいて口や鼻の中に突っ込んできたりもする。
遠くで魔獣の遠吠えだって聞こえるのだ。
だが、それが一切ない。
シーンと静まり返り、落ち葉が地面に着く音が聞こえてきそうなくらい。
静かなのだ。大嵐が来る前でもここまで静かにはならない。
「いや、多分気のせいだ。ここでちょっと休憩しよう」「うん」
まおーは以前同じ場所を通った際に作った仮設ベンチ(丸太)に腰を下ろす。
その隣に魔族の少女が腰を下ろす。
まおーは腰のポーチから本を取り出して脇に置き、地図を取り出して開いた。
次の目的地をどうするか考えるためだ。
そうやって思案に耽っていると魔族の少女が地図を覗きこんだ。
まおーの指に少女の長髪が触れて、ビクっとなる。
「これ全部マオが書いたの?」
少女は地図に書かれた記号を興味深そうに眺める。
「あ、ああ。こうしないと迷うんだよ。ほら、この丸太に掘ってある記号と同じだろ?」
「ふーん。それじゃこっちの本って何書いてるの?」
少女はまおーの脇に置いてある一冊の本を手に取る。
「それは、俺の書いた魔獣図鑑だよ。もう一回同じ魔獣に遭遇した時に対処方間違えないようにするのに必要なんだ」
「ふ~ん。あ、マオって絵上手いね。あ、この子すご~く可愛い」
図鑑にはまおーの描いた迫真の一枚絵に合わせて習性、
対処法などがメモ書きされている。
レッドブロウのページでは草食動物、尻尾と首絞めには注意と書かれている。
だが、少女は魔獣の獰猛さなどが記されたメモ書きには目もくれず。
まおーの描いた一枚絵のページをぺらぺらとめくり、眺めていく。
絵を褒められると気恥ずかしいまおーなのであった。
「そんなに面白いか?それ」
「うん。でもこの子達って本当に居るのかな?」
「普段なら鬱陶しいくらい沸いて出てくるんだけどな」
「見てみたいな~」
ここまで危機意識が欠落しているのは、
彼女自身が圧倒的強者であるという奢りもあるのかもしれない。
彼女にとっては狂暴な魔獣も単なる小動物なのだ。
「何度も言うがかなり危ないんだぞ? そうだ、俺の手懐けた魔獣のオライオンに会いに行ってみるか」
「オライオン? うん、会ってみたいな!」
まおーが手懐けた野生のドゥンの名前だ。
中腹まで登る時はいつもオライオンの住処に寄って背に乗っている。
今いる場所からもそう遠くないので好都合なのだ。
「そうか、それじゃ行こうぜ」
「うん」
上裸の少年と魔族の少女は歩きだす。
そして、しばらくするとオライオンの住処に着いた。
だが、やはり、森の中は静まり返ったままなのであった。
「……おかしいな……おーい、オライオン。餌持ってきてやったぞ!でてこい」
普段なら干し肉の匂いを嗅いで自分からじゃれつきにやってくる。
だが、周りに気配を感じられないのだ。
「……あっ」「どうした?」
魔族の少女は茂みに潜む者を見つけた。
息を殺し、顔を伏せ、ヘレナをじっと見ている大虎。
目があった瞬間、ガサっと音を立てて逃げ出した。
少女の瞳に悲しみが宿る。
「あ、おい。オライオン!」
大虎を追おうとするまおーの腕を引っ張る魔族の少女。
引っ張る力があまりにも強すぎてまおーは動けなくなる。
「ヘレナ?」「……もういこう?」「見たかったんじゃないのか?」「ううん、いいの……」
あの大虎の瞳に籠っていた感情、それは、恐怖だ。
異常な気配を垂れ流す存在を目の前にして、
ただ、嵐がすぎ去るのを待っていたのだ。
察しの悪いまおーも気がついた。
この森の静けさは全て、ヘレナのせいなのだ。
「……それじゃあどうする?」「マオと一緒なら……どこでもいいよ」
「それじゃあ、歩くか」「うん」
歩いている最中、まおーはぎゅっと指を掴まれる。
それは非常に照れ臭く思えたけども、嬉しかったのでそのままにしていた。
「ねぇ、マオは急に居なくなったりしないよね」
「するわけないだろ」
「……うん」
それから、何事もなく、中腹まで登る。
日もすっかり真上に登り、お腹が空いてくる。
なので、例の如く二人で仮設ベンチ(丸太)に腰を下ろした。
なのでまおーはポーチからアレを取り出す。大芋虫揚げだ。
果樹がある所では増えるし旨いので、まおーは気に入っている。
驚愕と軽蔑の瞳でまおーを見る魔族の少女がいた。
「えええええ?」
「ん?ヘレナ。何を驚いている」
「マオ、そんなの食べるの?」
「ああ、コイツらそこいらに居るし意外と旨いんだよ。ヘレナも食うか?」
まおーは味と栄養価以外にはあんまりこだわらない。
ライノスウォーロードおじさん曰く。
筋肉つけるならなるべく肉とか虫を食うといい。
というありがたいアドバイスを頂いたのでまおーは実践しているのだ。
まおーはヘレナに割った芋虫を差し出そうとする。
中身から白濁した液が溶けたチーズのようにとろーりと垂れている。
「絶対嫌!」
絶対拒否。という強い意志を込めた瞳でまおーを睨む魔族の少女。
割れた大芋虫は手で押し返されるのであった。
「そこまで言う程か?」
「マオがおかしいんだよ」「そうかぁ?」「そうなの!」
「じゃあ何食べるんだよ」「あっ……」
そこでようやく魔族の少女は気がついた。
お弁当を持ってきていなかったことに。
旅の前にまおーが二人分の食事を用意していると言ったせいだ。
そう、まおーは致命的な程デリカシーが欠落していた。
「やっぱりコレ食べようぜ?」「絶対嫌!」
「じゃあ、魔獣の餌の干し肉にするか?あんまり旨くないけど」「ううー…」
「仕方ないな……分かったよ。ここからもうちょっと進めば果樹があるから果実取って食おうぜ」
「もう……次からマオの事なんてあてにしないからね」
そうして、二人は果樹林地帯まで歩みを進めるのであった。
果樹林には果実がたくさん実っていた。
赤い果実、青い果実。鳥に突かれて穴の開いて腐った果実。
不気味な黒い斑点がいくつも浮かび上がった果実。色々だ。
その中で、赤く、丸く、瑞々しい果実を一つもぎ取り、ヘレナに手渡すまおー。
「ほら、これでいいか?」「ありがと……」
魔族の少女は皮ごと果実を食べる。
シャクッと固い触感のする音が鳴る。
口一杯に広がる瑞々しい甘みと程よい酸味の二重奏。それは、凝縮された蜜の味。
魔族の少女は思わず言うのだ。
「んっ美味しいっ」
「ここで取れる果実は美味いんだよな」
一方まおーは中途半端に青みが残った果実をもいで食べる。
そうして、至福の一時は過ぎ去っていく。
「さて、進むか」「うん」
まおーと魔族の少女は進む。中腹でも一切魔獣に遭遇しなかった。
ある高度を境に傾斜がきつくなり、木々が斜めに生え始める。
そう、山の上層部までたどり着いたのだ。
「ヘレナ、きつくないか?」
「へいきだよ?マオ、どうしたの?」
まおーは自分でもそこそこ疲れるような山を登ってきたと思っている。
なので何食わぬ顔でついて来る魔族の少女を気遣ったのだが、杞憂に終わる。
辺り一面に薄っすらと霧がかかり始めていた。頂上は近い。
それからもしばらく登り続けると巨大な天然の洞窟を発見した。
「何だ、この穴」
「入ってみちゃう?」
「いや、明りになるような物持ってきてないしやめとこうぜ」
「そっか」
「!」「どうしたの?」「あれは!?」
まおーは強い殺気を感じた。
殺気の感じる方角を見渡すと、霧で隠れていた存在が薄っすらと姿を現し始めた。
全身殆どが真っ黒で毛むくじゃらではあるが、
胸には紅いV字が、後頭部に生える燃える炎のように揺らめく赤いたてがみが特徴だ。
手の先を見ると凶悪な鋭爪。
顔を見れば、丸い耳が頭頂部の後ろについており、
出っ張った黒い鼻先の下には、巨大な口、
肉を抉り食らう牙が幾つもの並んでおり、ザラザラとしたピンクの口腔を覘かせ、
涎をだらだらと垂れ流し、飢えに飢えているのは遠目からでもわかる。
それは、大熊を2倍する赤いたてがみの捕食者。
後にまおーの記す魔獣図鑑には"ブレイズプレデター"と記される事になる。
まおーは一目見て戦慄した。
「ヘレナ、逃げろ!」「え?」
のっそのっそ動いていたブレイズプレデターは獲物を見つけると狂喜したかのように吠える。
まおーはヘレナの間に割って入って構えるが、
大木のような腕を振るわれて払われる。
「うわああああ!ガハッ」
まおーは吹き飛ばされて岩壁に勢いよく叩きつけられて血を吐く。
胸は爪で引き裂かれ、血が大量に飛び散っていた。
辛うじて臓物には爪が届いていないのは吹き飛ばされた事による奇跡である。
「い、いや、いやああああああ。マオ!」
「へ……ヘレナ……逃げ…ろ」
だが、ブレイズプレデターは狂乱して泣き叫ぶヘレナを無視し、
のっそのっそと舌なめずりしながらまおーの方に近寄ってくる。
身体に力が入らないまおーは、ただ、迫りくる死を眺める事しかできない。
「く……くそっ…ガフッ…」
再び血を吐くまおーは覚悟する。
だが、突如ブレイズプレデターは動きを止めた。
その後にまおーもようやく異常さに気がついた。
「な…ん…だ…?」
大気が震えているのだ。地面に敷き詰められた葉っぱや小石が浮かびあがる。
大地も震えている。否、全てが震えている。まおーも、ブレイズプレデターも。
通常、魔力の流れは魔法を使える者にしか分からない。
だが、素養のない者にもはっきりと分かる程の膨大な魔力の本流が一つの場所に集まっている。
そう、魔族の少女だ。リボンは揺れ、艶やかな髪は浮かび上がり、
魔力で屈折する空間の歪みはこの場に居ない者からは美しく幻想的にも見える。
「その人を食べるのは止めて」
一言冷たく言い放つ声にも表情にも感情が籠っていない。
ブレイズプレデターは脱兎の如く逃げ、洞窟の穴の中へ駈け込んでいった。
だが、次第に収縮していく魔力は一つの形を作ろうとしていた。
まおーは確信する。アレは発動してはいけないものであると。
「ヘレナ!やめろ!」
「あっ…? えっ…?」
魔族の少女が我に返った突端。浮いていた小石や葉っぱが一斉に地面に落ちた。
大気の震えも、大地の震えも収まった。
だが、収まっていない震えもあった。まおーだった。
少女は血塗れのまおーに駆け寄る。
「マオ、マオ!。大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。た、たす、かった。わ、るい」
ガチガチと歯を噛みならすのが止まらない。
魔族の少女の顔が見れなかった。
この顔で魔族の少女を見てしまえば傷つけてしまうから。
自分だけは彼女を恐怖しないと心に決めていたのを破ってしまうから。
だからずっとまおーは俯いていた。
「全然大丈夫じゃないじゃない。見せて」
「うう…」
「せめて血を止めなきゃ」
魔族の少女はまおーの怪我の具合を確認すると、躊躇わず自分のスカート破り引き裂く。
そして、包帯代わりにしてまおーの胴体に巻き付けるのであった。
施術が終わった後、魔族の少女のスカートはミニスカートになっていた。
だが、だれもその様子を気に留めることはなかった。
「立てる?マオ?」
「ああ……うっ……」
立とうとしたが、全く力が入らない。
「…掴まって。ね?」
「…悪い」
魔族の少女はまおーの前で後ろ向きでしゃがみ込む。おんぶの姿勢だった。
少女の体格ではお姫様抱っこというわけにはいかないので、おんぶなのだ。
まおーは迷うけれど、少女の肩につかまったのだった。
胸から滲み出た血が、少女の背中を汚す。
小さな少女が上裸の男を背負い、元来た道を帰っていく。
体格もまおーの方が大きく、
人ひとり背負っているというのに少女は気にする様子を見せない。
「……ねぇ、マオ。やっぱり魔王になるの続けるの?」
「……ああ」
「こんな目に遭っちゃうのに?」
「……ああ」
「私、やっぱりすごく心配だな」
まおーの感情は死んでいた。いや、殺していた。
「どうして自分はこんなにも弱い!」と叫びたかったからだ。
守ろうとした者に逆に守られ、あまつさえ恐怖し、
自らの無力さを思い知る。
ただ、魔族の少女に見えないよう静かに屈辱の涙を流していた。
まおー様は負けてばっかだけど。
実はこの段階で既にレッドブロウには勝ってたりします。
ブレイズプレデターさんのモデルは赤カブトだったりします。
直訳するとあんまりだったのでこうなった。
秋なんで熊って飢えてますよ。冬眠前だしね!




