二十九食目 優しい執事様は、ドッペルゲンガー(前)
「「「お帰りなさいませ、お嬢様。」」」
「……た、だいま、です……?」
何故、自分がこんな煌びやかな場所に居て、何故、こんなにも男の人に囲まれているのか――……。そればかりが、智里の頭の中を駆け巡っていた。その真相は、ここに来る三時間前に遡る――。
「――それでは、今日の実習はこれまで。きちんと、復習しておく様に。」
実習の終わり。皆が片付けを終わらせて教室に帰った後、智里は忘れ物をした事を思い出し、実習室へと戻ってきた。扉を開けようとしたその時、一匹の子猫が扉の隙間から勢いよく部屋から飛び出してきた。
「あぁ、待って……!!」
「……っ!!」
女性の声に反応し、智里は逃げる子猫に手を伸ばして首根っこを捕まえた。そして、負担が掛からない様に抱き直した。最初こそ、智里の腕の中でフーッフーッと威嚇していた子猫だったが、何度か撫でていたら次第に落ち着いてきた。
「よーし、よし。良い子だね。」
「あ、前田さん……っ!! その子、噛、む……あれ?」
「とっても元気の良い子だね。飯塚さんの?」
子猫の後に部屋から出てきたのは、同じ学科の飯塚 莉緒だった。出てきた彼女の顔には、この子猫に引っ掻かれたのであろう無数の引っ掻き傷があり、とても痛々しかった。
「あはは……、実は捨て猫なの。昼休みの時に、偶然校舎裏で段ボールに入っていたのを見つけてね。私の住んでるアパート、ペット可になったから飼おうかと。で、実習の先生が獣医だから、ちょっと診てもらおうと思って……。」
「なるほどね。でも見た感じ、この子健康そうだね。このサイズだと、生後二ヶ月くらいかな。目脂も臍の緒も綺麗に取れてるし、首周りに首輪の跡とかも無いから、もしかしたら、元々野良で、親猫とはぐれただけかもしれないね。あ、でも、一応動物保護管理施設にマイクロチップの確認を取って、警察署に拾得物の届出をしておこうか。可能性低いけど、飼い猫が首輪を引きちぎってって言う場合があるから。」
子猫を持ち上げ、身体の隅々まで見て回り、足やお腹を触っていく。毛艶は多少なりとも悪いが、特に目立った外傷は無いし、身体を触っても不機嫌にならなかった。痛がったりしたら引っ搔いてきたりするのだが、落ち着いた様子で智里にされるがままになっている。智里の適格な触診と診断に呆気に取られていた飯塚だったが、智里が首を傾げているのに気が付き、なんとか我を取り戻した。
「……く、詳しいねっ。」
「一応、獣医の免許は持ってるからね。」
念の為にと、定期入れに一緒に入れていた獣医師免許を見せると、更に驚かれた。
「す、凄いっ。私と同い年だよね!?」
「あ、えっと、この間誕生日迎えたから、今二十五歳なんだけど……。」
それを伝えると、漫画の様に二つに縛っていた髪の毛が逆立ち、素早く後退りして土下座してきた。いきなりの事に吃驚していると、まるで念仏を唱えるかの様にブツブツと何か言っていた。どうしたのかと思って飯塚の傍まで行くと、いきなり飯塚は勢いよく顔を上げた。その両目には涙が溜まっている。
「ど、どうし……。」
「ごごご、ごめんなさいっ。」
「……え?」
どうも飯塚は、智里の事を同い年なんだと勘違いしていた様で、年上だと分かった瞬間、年上の人に敬語も使わず馴れ馴れしく接してしまった事を全力で謝罪してきた。だが、智里自身、そう言った事は気にしない性格。キョトンとしていたが、ずっと「ごめんなさい、ごめんなさい。」と言い続けている飯塚に、流石に痺れを切らして手を差し伸べた。
「私、そう言った事、全然気にしないの。寧ろ、タメ口とかで話してくれてる時、対等に話をしてくれてるって感じてたから、今まで通りに接してくれたら嬉しいな。」
そう言ってニッコリ笑うと、飯塚は急に顔を真っ赤に染めた。そして、辿々しく差し出された手を取ると、口を手で隠しながら小声で「ありがとう。」と言った。程なくして、実習の先生が実習室に戻って来たので子猫の事を話すと、保護管理施設が此処からだいぶ離れた所にしか無いと言われ、急ぐならと、先生がマイクロチップリーダーが有る病院を紹介してくれた。智里と飯塚は、その動物病院へ向かい直ぐに確認してもらったが、やはりチップは埋め込まれていなかった。しかもその動物病院にはトリミングサロンも併設されており、たまたま空きがあったので子猫を綺麗にしてもらった。そして次に警察署へ行き、拾得物の届出を出して漸く一息吐けた頃には、もう辺りは暗くなり始めていた。
「――今日は、ありがとう。前田さんのお陰で、問題なく手続き出来たよ。」
「ううん、別に大した事してないよ。」
街灯が明るく照らしだした道を智里と飯塚は並んで歩く。子猫は、病院に連れていく際に先生から借りたキャリーケースの中で大人しく寝ている。大事そうに両手で抱き抱えているのを見ていると、樹がハクを拾ってきた時の事を思い出した。あの時、智里は体力づくりの為の日課であるランニングに出る途中だった。扉を開けると、目の前に汚れて弱っている子犬を抱き抱えていた樹が、助けを求めている表情をしていたので、直ぐ様、自身の部屋へ入れて処置した。そんなハクは、一年経ってすっかり大人の体型になっている。この子猫も、きっと飯塚が幸せにしてくれる。そう思った。
「あ、ね、ねぇ……。」
「えっ? あ、何?」
ボンヤリとしていたら、飯塚が心配そうな表情をしながら智里を見ていた。慌てて平静を装うと、飯塚はモジモジしだした。どうしたのかと思っていると、一気に間合いを詰められた。
「いや、あの、お礼がしたいなぁって、思って……。」
「お礼?」
「うん。そ、それで、カフェとか、一緒に行かない……?も、勿論、奢るからっ。」
カフェと言われて、腕時計を見る。もう夕食の時間くらいだ。樹には、先に連絡を入れているので食べて帰っても問題はない。お礼で、と言われると素直に「うん、良いよ。」と言い辛いが、折角、飯塚が誘ってくれているので無下にも出来ない。智里は少し悩んだが、飯塚の誘いを受け入れた。そしたら、デフォルメで満開の花が散りばめられたかの様に、飯塚は喜んだ。
「あのね、私の行きつけのカフェがあるのっ。そこなら、ディナーもやってるし、そこまで高くないのっ。」
「そ、そうなんだね。」
大分嬉しかったのか興奮気味で喋り出す飯塚に、少しだけ引いてしまったのは内緒にしておきたい。そして暫く歩いて大通りに出ると、何故かメイド服を着た人や、アニメのキャラクターの衣装を着た人で溢れ返っていた。
「ね、ねえ、ここって……。」
「ん? 秋葉原だよ。」
そう聞いて、道理でそこら中に普段着とは言い難い服を着た人ばかりが居るなと納得した。秋葉原と言えば、外国人にも人気のアニメや漫画のスポット。謂わば、オタクの聖地。テレビ等で見た事はあったが、勉強やバイトで忙しくしていたので来た事がなかった。実際に来て、コスプレイヤーやキャラクターのプリントTシャツを着ている人等を見てみると、言葉では言い表せれない位、凄かった。
「飯塚さん、ここにはよく……?」
「そ、そうなの。実は私、大学の漫画サークルに入ってて、よく秋葉原の本屋さんとかに卸させてもらってるの。」
「わぉ……。」
こんなに大人しそうな飯塚が、実は本屋に卸している位の実力を持つ漫画家だとは思いもしなかった。吃驚していると、一軒のレトロな外観の建物の前で飯塚が立ち止まった。
「さ、行こっか。あ、因みにこのお店、携帯の使用禁止で、鞄やポケットから出すのも禁止だから、お願いね。」
「うん、分かった。」
飯塚の説明を聞いて、ネットに写真を挙げられるのを嫌う、「写真を撮っている時間があるなら、早く食べて。」な、職人肌の人が店長なのだろうと思った。ポケットに入れていた携帯の電源を落とし、鞄の奥底にしまった。そして、飯塚に続いて智里も店の中に入った――。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様。」」」
「……た、だいま、です……?」
――そして、冒頭に至る。入ると、シャンデリアが輝く店内に、燕尾服を纏った二十代位から五十代位の男性が、智里達にお辞儀をして出迎えてくれた。いきなりの事にどう反応すれば良いのか分からず、後退りしていると、飯塚が智里の手を握った。
長くなったので、区切ります。




