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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第二章 歩み出す調理器具
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間食 愛しい彼女の、熱々パンプディング

 ――シャカシャカシャカと、ボウルと泡だて器が擦れる音が、なんとも心地いい。そして、鼻を擽る良い香り。樹は、朦朧とする意識の中、重たい瞼を持ち上げた。


「……あ、樹さんっ。」

「…………ち、さ……?」


 まだ口が覚束ない。パクパクと金魚の様に口を動かしていると、智里がボウルを片手に近寄ってきた。また、砂糖の様な甘い香りが漂う。痛む頭を押さえながら、鉛の様に重たい身体を上げると、すぐさま智里が背中を支えてくれた。


「無理しないで下さい。下がったとはいえ、まだ熱があるんですから。」

「ね、つ……。」

「はい。昨日の晩、覚えてますか? ベッドの所で倒れてたんですよ。しかも、四十度の高熱を出して。今は、次の日の夜七時ってところです。」

「……き、のう……。ベッド……。」


 ゆっくりと、思い返してみる。そう言われてみれば、昨日、司の家に見舞いに行った後、自室に戻った途端に体中の力が抜けたんだった。そして、一度目が覚めた時には、小さい頃に実家で食べていた、くたくたうどんを食べて、また寝たんだ。しっかりと思い出した樹は、ベッドの上で勢いよく土下座した。


「すすす、すみませんっ!! おおお、俺、智里さんに、めめめ、迷惑をぉぉぉっ!!」

「コラコラッ!! 病人が何してるんですかっ!! ほら、顔上げて……。」


両頬を智里の手で優しく包まれ、顔を上げさせられる。強制的に顔が近か寄った二人は、思わず赤面してしまった。樹は、なんとか話しを反らそうと、部屋の中を兎に角見渡した。そして、智里が持っていたボウルに目がいった。


「あ、えっと、な、何を作っていたんです、か……? なんだか、良い匂いが……。」

「へあっ!? そそそ、そうでしたっ!! じ、実はですね、双葉さんに教えて頂いた料理を作っていたんです。」


 そう言って、床に置いていたボウルの中身を見せた。クリーム色の液体に浸かった角切りのパン。


「まさか、パンプディング?」

「当たりです。その、双葉さんから、樹さんの好物だって、聞いて……。あ、後は焼くだけですから、もうちょっとだけ我慢しててくださいねっ。」


 口をモゴモゴさせながら、ボウルを両腕でしっかりと抱き締め、パタパタと台所へ戻った。ポカンと、その後ろ姿を見送っていると、台所からジューッと焼ける音と、甘く香ばしい香りが漂ってきた。それと同時位に、樹のお腹も鳴りだした。鳴り止まないお腹を押さえ、気を紛らわす様に辺りを見渡す。テレビのリモコンが目に入ったので、それに手を伸ばし、テレビを点けた。だが、樹は直ぐに後悔した。映し出されたのは、今話題になっていて、樹も毎週観ていた、グルメと探偵を掛け合わせたドラマだった。しかも、丁度良い具合に食事シーン。鳴り止むどころか、更に腹の虫を騒がせた。チャンネルを回してみたが、時間帯が時間帯なため、グルメ系のバラエティ番組ばかりだ。


「うぅ……。腹減った……。」


 外を見ると、真っ暗だった。なので、約一日は何も食べていない事になる。テレビを消して、またベッドに横になった。その時、フンワリとバターとシナモンの良い香りが漂った。


「お待たせしました。パンプディングですよ。」


 テーブルに皿が置かれた瞬間、樹は勢いよく飛び起きた。熱があるのなんて感じさせない位、素早くテーブルに齧りついて、口端から涎を垂らす。智里は、若干引きながらも、フォークを手渡した。


「い、いただきますっ……。」

「はい、どうぞ。あ、紅茶も淹れてますんで、よかったら飲んでくださいね。紅茶のポリフェノールが、ウイルスに効くそうなんで。」

「ふぁいっ、あひがひょうございまふ。」


 余程お腹が減っていたからなのか、熱々のパンプディングをハムスターの様に頬を膨らませながら頬張る。火傷しないか不安だったが、智里の心配を他所に、モリモリ食べている。椅子に腰かけ、微笑ましく、その様子を見ながら紅茶を啜っていると、樹の頬に、漫画に描いた様にパン屑が付いていた。


「ふふ、樹さん。頬にパン屑が付いてますよ。」

「ふぇ?」


 フォークを咥えながら見上げる樹は、さながら好物に齧りついている時に親に呼ばれた子供の様だった。少しだけ可愛いと思いながら、ポケットに入れていたハンカチを取り出し、樹に近付いた。そして、優しく頬に付いたパン屑を拭う。「ん、んっ。」と、拭っている際に小さく声を出す樹。思わず頬が緩んでしまう。


「~……っ。と、取れましたよ。」

「? ありがとうございます。」

「お、美味しい、ですか……?」

「はいっ、とっても美味しいですっ。シナモンとレーズンも、アクセントになってますし。紅茶にもピッタリで、俺、大好きですっ。」


 太陽の様な笑顔を智里に向ける樹。その、あどけない満面の笑みの眩しさに、智里はにやける顔を背けながらフルフル震えた。智里の様子に頭に疑問符を浮かべながら、樹は残っているパンプディングを頬張った。そんな二人を他所に、眠たそうに欠伸をするハクが居た――。


―今日のメニュー―

・シナモンレーズンパンプディング






―追記―


①レーズンは、ラム酒を振りかけて一晩ほど置いておく。食パンは、一口大の角切りにしておく。卵一個、牛乳一〇〇㏄、グラニュー糖十gをボウルに入れ、よく混ぜる。そこに切ったパンを漬け込む。フライパンにバターを熱し、漬け込んだパンを入れて片面に焼き色が着くまで焼く。弱火にし、パンをひっくり返して残った卵液を流し入れ、レーズンを所々に散らし、シナモンパウダーを振って蓋をして蒸し焼きにする。全体に火が通ったら、皿に盛り、粉糖を振り、熱い内にバターを乗せたら、完成。






End

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