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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
回帰編

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アルジェント公爵領への帰還と改革

「……神のカード、ねぇ。ルールを守ってカードバトルを楽しむくらいなら、別段問題ないでしょう」


アイラは耳に飛び込んできた不穏で嫌なワードを、あっさりと受け流すことにした。


どれだけ怪しい噂やカードが出回ろうとも、正しくルールに従ってカードバトルを楽しむ限りは大きな混乱は起きないと判断したからだ。


「ええ、お姉様。楽しむ分には害はありませんわ。それに、ミーア様たちが作った魔道具の出来も素晴らしいですし」


リリアも隣で紅茶のカップを傾けながら、可愛らしく頷いていた。


「まあね。あの子たちの技術力だけは本物だもの。でもね……」


「でも?」


「カードバトルはどこまでも娯楽の一つに過ぎないのよ」


アイラが溜息をついた通り、社交界という場所は、相変わらず退屈で形式ばったやり取りの連続であった。


毎日のように繰り返される貴族令嬢としてのルーティンは、どれだけ時が流れても大きな変化はない。


ドレスを選び、お茶会で笑みを浮かべ、身のない噂話に相槌を打つ。


かつて魔女として世界中を自由に旅し、好き勝手に生きていた頃の記憶が残るアイラにとって、この退屈な日常を延々とこなすのは少なからずストレスが溜まるものであった。


「はぁ……そろそろ、どこか遠くへパーッと出かけたいわね。緑が豊かで、美味しい食べ物がある場所へ」


アイラが窓の外を眺めながら思わずそう漏らすと、娘たちの退屈を感じ取っていた父レオンハルトが、待っていましたとばかりにナイスな提案を出した。


「ならばアイラ、リリア、久しぶりに我がアルジェント公爵領へ帰還するのはどうだ? 領地の空気は王都よりも澄んでいて気持ちが良いぞ」


「あら、お父様! それは素敵な案ですわ!」


「賛成よ! 屋敷に引き籠もっているより、ずっと楽しそうだわ!」


こうしてアルジェント公爵家は、家族揃って久しぶりにアルジェント公爵領へと赴くことになったのである。


長旅の馬車に揺られ、ガタゴトと街道を進んだ一行は、数日の旅路を経てついに領都にある公爵家の本邸へと到着した。


馬車が屋敷の敷地に入ると、そこには整列した使用人たちがずらりと並び、一糸乱れぬ礼で主人たちを迎えてくれた。


基本的に王都の邸宅で過ごすことが多いアイラたちにとって、領都の屋敷へと帰ってくるのは実に久々のことであった。


そしてこの帰還は、アイラにとって領都の使用人たちへのお披露目の場でもあった。


実は、幼少期に誘拐されてスラムで生き抜き、奇跡的な再会を果たしたという噂は既に領都の屋敷にも届いていた。


「お帰りなさいませ、レオンハルト様、セオドア様、リリア様、アイラ様」


先だって挨拶をした家令は、アイラの容姿を見たとき、顔には出さなかったが、なんとか平静を保って家令の礼をとったものの、内心は驚愕していた。


半信半疑で噂を聞いていた使用人たちもいたが、馬車から降り立ったアイラがリリアの隣に並んだ瞬間、その場の全員が言葉を失って納得した。


リリアと並んだアイラは、一目でアルジェント公爵家の血を色濃く引いていると分かる高貴な面持ちをしていたのだ。


髪型を完全に同じに揃えてしまえば、双方の身内でもなければ見分けがつかないほどに双子としての特徴が完璧であった。


使用人たちが一変して尊敬と納得の眼差しをアイラに向けるのを見て、レオンハルトは深い満足感を覚えた。


アイラを疑うような不審な者もいなければ、変な反応を示す者も誰一人としていない。


全員がアイラをアルジェント公爵家の大切な令嬢として、心から受け入れてくれたのだ。


「みんな、温かく迎えてくれてありがとう。これからよろしくね」


「よろしくお願いいたしますわ」


愛くるしい双子の挨拶に、使用人たちからは歓声が上がった。


しかしそれと同時に、レオンハルトの心には苦い思いが込み上げていた。


過去に悪魔の結界によって認識をすり替えられていたとはいえ、本来なら一目で見抜けるはずの我が子をすぐに見つけられなかった自分自身に、反吐が出るほどの嫌悪感を感じていたからだ。


それと同時に、普通の人間の知覚を容易に狂わせる悪魔という存在の恐ろしさに、改めて強い危機感を抱いていた。


アイラとリリアは、既に悪魔すら凌駕するほどの圧倒的な強さを持っている。


だが、父親であるレオンハルトと兄であるセオドアは違った。


自分たちが二人を傷つけたり、あるいは足手纏いにならないためにはどうすれば良いか。


その問いに対する答えは、既に明白であった。


二人を守れるだけの強さと、悪魔の認識阻害を完全に打ち破る力を手に入れれば良いのだ。


「セオドア、準備は整っているな?」


「はい、父上。分家という名目で密かに滞在させていた未来の我々を、今夜この屋敷にお呼びしてあります」


無用な大騒ぎを避けるため、真夜中に人目を忍んで落ち合う約束になっていたのだ。


セオドアもまた、父と同じように静かに決意を固めていた。


そして、静まり返った夜が訪れた。


夜陰に紛れて分家から屋敷へとやってきたのは、未来の自分たちと、人間型の人形を肉体として纏った母エレオノーラであった。


約束の時間となり、アイラとリリア、そして人形の身で優しく見守るエレオノーラの目前で、レオンハルトとセオドアは未来の自分たちと同化する儀式に臨んだ。


未来から来た二人のレオンハルトとセオドアが静かに手を差し伸べ、現在の二人と重ね合わせる。


「我が過去の姿よ、我らの経験と力を受け取るが良い」


「足手纏いには、二度とならないために」


二人が静かに瞳を閉じると、室内を柔らかな神秘の光が満たした。


光が潮が引くように収まり、レオンハルトとセオドアが再び瞼を開いた時、二人の全身を未知の重厚な感覚が巡っていた。


それは、途方になく長い夢を自分自身の人生として直に体験してきたかのような、重厚で確かな感覚であった。


これこそが未来の記憶と力の一体化――同化なのだと二人は即座に理解した。


未来を追体験し、その存在そのものを一つにしたレオンハルトとセオドアは、視線を交わすと深く深く頷き合った。


「……なるほど、これが同化というものか。記憶を単に引き継ぐのとはまるで違うな」


「ええ、父上。人格が損なわれることもなく、元々の自分と未来の自分が綺麗に溶け合っています。双方の自分が確かにここに存在している……そんな不思議な感覚です」


おそらく王太子の殿下たちも、同じような感覚を味わったのだろう。


消え去った者は誰もおらず、経験と心がより深みを増して一つになったのだ。


レオンハルトは力強く握りこぶしを作り、身体の奥底から湧き上がる圧倒的な魔力を噛み締めた。


「世界の解像度がまるで違うな。視界も感覚も研ぎ澄まされ、体内を巡る魔力の密度も以前とは比べものにならない」


「ええ、父上。今なら悪魔のいかなる認識阻害や欺瞞も、瞬時に見破れる確信があります」


手に馴染んだかつての力を、新しく手に入れた新鮮な力として同時に感じ取ることができた。


この力が全身に満ち溢れている今ならば、最高位悪魔と対峙したとしても十分に太刀打ちできる。


レオンハルトとセオドアは、もはやアイラたちの足手纏いではないと胸を張って言える自信を得たのだ。


「お父様、お兄様……大丈夫?」


心配そうに覗き込んでくるアイラに、レオンハルトは優しく破顔した。


「ああ、心配いらないよアイラ。最高の気分だ。もう二度と、お前たちを見誤ることも、護れずに遅れをとることもない」


「僕もです、アイラ、リリア。これからは完璧に二人をサポートしてみせますよ」


力強く頷く二人を見て、アイラとリリアは顔を見合わせて嬉しそうに微笑み合った。


翌朝、家族揃って美味しい朝食を楽しんだ後、アイラたちは早速領都の町へと繰り出した。


「お食事がとても美味しかったですわね、お姉様」


「ええ、領都の食材は鮮度が抜群だもの。でもねリリア、街の様子を見てちょうだい」


賑わう街並みを歩きながら、アイラは記憶の中にある未来の領都と目の前の風景を見比べてみた。


やはり道路などのインフラ整備や行き交う馬車の質は、未来のそれとは全く異なっていた。


商店の店頭に並んでいる商品の種類や質も、未来の豊かな領都とは比べものにならない。


「あと数年で、あの素晴らしい領都へと変貌させるのね……」


アイラは呟き、屋敷に帰ったらすぐに領地改革に取りかかろうと決意した。


この時間軸では、まず自分たちの足元であるアルジェント公爵領から改革を始めていくのだ。


そう思い立ったアイラは、隣を歩くレオンハルトの方へと振り向いた。


「お父様、私、この領地をもっと素敵で豊かな場所にしたいのだけれど、手伝わせてもらってもいいかしら?」


アイラの思いや視線を感じ取ったレオンハルトは、父親らしい温かな笑顔で頷いてみせた。


「もちろんだとも! アイラ、領地の改革はリリアも含めて一緒にやろう。二人の柔軟で素晴らしい意見をぜひ聞かせてくれ」


「ふふ、王太子妃時代の力を発揮して見せますわ! ありがとうお父様!」


レオンハルトの快諾を得て、アイラは目を輝かせた。


現在のアルジェント公爵領は海に面しているが、将来起きる地殻変動と大陸大移動によって、その海は消失してしまう運命にあった。


そのため、海の恵みに頼らない別の産業や特産品を今から育てておく必要があった。


アイラとリリアがエルフの里の近くに作ったカカオ農園もその一つだが、それだけでは領地全体を支えるには足りないだろう。


「ねえお姉様、近隣のエルフ族の方々と正式な交易を始めるのも良いのではありませんかしら? エルフの作る薬草や細工品は価値が高いですし」


「良いわねリリア! 明後日にでもエルフの里へ足を運んでみましょうか」


アイラたちは将来の地図を描きながら楽しそうに案を出し合った。


「明日はまず、領地改革のための資料作りと、資源の調査から始めましょう」


アイラが提案すると、レオンハルトが名乗りを上げた。


「インフラ整備や行政手続きに関しては、前の時間軸で経験している私とセオドアが全面的に引き受けよう。二人には特産品の開発や資源開拓に集中してほしい」


農産物は現状のままでも優秀であるため、アイラとリリアは新しく山へと変化した地域の鉱物調査を行うことに決めた。


アイラとリリアは、強力な鉱物探査魔法を使うことができる。


せっかくの機会なので、護衛を連れて山へピクニックがてら出かけることにしたのだ。


十二名の精鋭騎士とセオドアを連れ立ったアイラとリリアは、山の麓に到着すると早速ダウジング魔法を開始した。


雰囲気を出すために、二人は手元に特製のダウジングロッドを用意していた。


鉱脈を感知すると左右にカチリと開く、オーソドックスなL字型のダウジングロッドである。


「お嬢様方、本当にそのような金属の棒だけで鉱脈が分かりますのですか?」


同行した精鋭騎士の一人が、興味津々といった様子で問いかけてきた。


「ええ、見ていらっしゃい。魔法の反応と連動させているから、正確無比なのよ」


アイラが不敵に笑うと、ロッドがカチリと左右に開いた。


「ほら、出たわ! ここ、鉄鉱石のかなり大きな脈があるわね!」


「まあ、本当ですわお姉様! 私の方も……あら、こちらは魔導銀の微小な反応がありますわ!」


リリアのロッドもカチリと反応を示した。


物証を見せるために、反応を示した地面を穴掘り魔法で地表を削ると、浅い層から鉱物が採取できるであろう空間が広がっていた。


それを見た騎士たちは目を丸くして驚愕した。


「す、凄すぎる……! 熟練の鉱山技師が何人もかりだし、何ヶ月も費やしてようやく見つけるかどうかという鉱脈を、ものの数秒で……!」


「おい、早く地図に目印をつけろ! アイラ様とリリア様が歩かれるだけで、我が領の宝の地図が完成してしまうぞ!」


騎士たちが慌ただしく指示を飛ばし合いながら、地図に赤い印を記入し、地面に杭を打ち込んでいく。


魔法を使えば今のようにその場で地面を掘り返して鉱石を採掘することも可能だったが、アイラたちはあえてそれをしなかった。


「掘り出すのは地元の業者さんに任せましょうね。ここで私たちが全部掘っちゃったら、鉱夫さんたちの仕事がなくなっちゃうもの」


「ええ、雇用を守るのも領主の一族として大切なお仕事ですものね」


アイラとリリアの配慮に満ちた会話を聞いて、セオドアや騎士たちは深く感心した。


「流石は我が妹たちだ。素晴らしい深謀遠慮だな」


「ええ、本当に……お優しく、そして頼もしいお嬢様方だ。俺たちも気合を入れて護衛を務めねばな!」


「しかしセオドア様、お嬢様方の探査速度が速すぎて、目印をつける俺たちの手が追いつきません!」


「ははは! 頑張れ皆、今日は最高の収穫になるぞ!」


ダウジングロッドが反応した場所を見つけるたびに、騎士たちが活気ある声を上げながら作業を進めていく。


地道な作業ではあったが、宝探しのようなワクワク感があり、アイラとリリアも終始楽しそうに作業を続けていた。


「お父様! お兄様! 山で鉱脈がたくさん見つかりましたのよ! 宝探しみたいでとっても楽しかったですわ!」


「ええ! 手応えもバッチリだったわ! これで我が領の資源も安泰ね!」


日が赤く傾き始めた頃、屋敷へ戻ったアイラとリリアは無邪気に歓声を上げ、次の調べ物をするために楽しそうに図書室へと向かっていった。


二人が去った後、同行していたセオドアは真剣な面持ちになり、探査結果が克明に記された詳細な地図をレオンハルトの前へ広げた。


「父上。アイラとリリアは鉱脈がたくさん見つかったと喜んでおりましたが……この調査結果は、我々の予想を遥かに超えております。二人が見つけたのは単なる数ではありません。魔力の深さと広がりの反応から見て、どれも非常に規模の大きな大鉱脈です」


地図を見つめるレオンハルトの瞳に、鋭い光が宿った。


「何だと……? この規模のものが、これほど密集して存在しているというのか!?」


「はい。二人が宝探し感覚で軽々と特定してみせましたが、一つひとつが一国を潤すほどの埋蔵量を秘めた特大の鉱脈です。直ちに本格的な開発体制を整えねばなりません」


「素晴らしい……流石は我が娘たちだ。よし、セオドア、裏方の差配は我らで完璧にこなすぞ!」


レオンハルトは立ち上がり、テキパキと指示を出し始めた。


「まずは各鉱脈において、安全かつ効率的に鉱山の出入り口を開削できる地形と地盤を特定させるのだ。崩落の危険が少なく、搬出路を確保しやすい場所を至急選定させろ」


「承知いたしました。それと同時に、領内の鉱夫ギルドおよび魔法使いギルドの代表を屋敷へ召集いたします。アイラたちの意向通り、領民の雇用を最優先とし、ギルドと連携して採掘隊の編成手続きを進めましょう」


「うむ、頼んだぞ。そして……この特大の鉱脈発見の報せは、速やかにジェラール国王陛下へも書状で報告せねばな。我が領の繁栄は、王国の国力強化に直結する」


「はい、陛下への報告書の作成と密使の手配は俺が取り仕切ります。父上はギルドとの交渉と契約条件の取りまとめをお願いいたします」


アイラとリリアが提示した成果を受け、父と兄は一切の隙なく迅速に裏方の実務を進めていくのであった。


その頃、図書室で作業していたアイラとリリアは、アルジェント領に隣接している他領の貴族について、直近の報告書を引っ張り出して読み漁っていた。


「お姉様、何か気になることでも?」


「ええ、この報告書を見て。境界沿いに広がる大きな果樹園があるでしょう?」


そこでは主にオレンジやリンゴが栽培されており、一部ではブドウ畑も作られているようだった。


しかし不思議なことに、そのブドウは食用としてのみ栽培されており、ワイン醸造用には使われていないと書かれていた。


地理的にも気候的にも、そこは極上のワイン用ブドウを作るのに最適な環境に見えたのだが、何か特別な理由があるのだろうか。


ちょうど裏方の手配を一通り終えたレオンハルトとセオドアが図書室へやってきたので、アイラとリリアはレオンハルトに尋ねてみることにした。


「お父様、境界沿いの果樹園でワインが作られていないのはなぜですの?」


レオンハルトは報告書に目をやりながら、説明してくれた。


「ああ、あの場所か。かつてあそこは海に近かったため、潮風による塩害の影響でワイン用の繊細なブドウ栽培には不向きとされていたのだよ。塩分が含まれた風が吹くと、ワイン用ブドウの糖度や香りが台無しになってしまうのだ」


「なるほど、潮風ね……でもお父様、昔の地図と現在の地形を重ね合わせてみてくださる?」


指示された通りに二つの地図を並べたレオンハルトは、ハッと息を呑んだ。


「これは……! 地殻変動によって、かつて海だった場所が山へと変化している……!」


「そうですわ! 気候や風の流れも大きく変化しているはずですわ!」


リリアも同調して瞳を輝かせた。


「山脈からの風の性質と気候も良ければ、絶対にワイン用の最高級ブドウが育ちますわ!」


アイラとリリアが目を輝かせて現地を視察したいと申し出ると、レオンハルトはあっさりと許可を出してくれた。


「素晴らしい着眼点だアイラ、リリア! ちょうど近いうちに領内全体の視察を行う予定があったからね、その途中で立ち寄ることにしよう」


「わぁい! 楽しみね、リリア!」


「ええ、お姉様! 最高級のワインが出来上がったら、社交界でも大評判になりますわね!」


後日、領内視察へと出発したアルジェント公爵家の一行は、豪華な馬車に乗り込んでのどかな街道を進んでいた。


「お父様、最初の目的地はどこになりますの?」


アイラが尋ねると、レオンハルトが窓の外の広大な景色を指差しながら答えた。


「まずは我が領内で最も広大な農地を持つ『グランベル村』に向かう予定だ。あそこは大勢の熟練の農夫たちが暮らしていてね、我が領の食糧庫とも言える重要な村なのだよ」


「まあ、最大の農村ですのね! どのような作物を作っているのか、見るのが楽しみですわ」


リリアが期待に胸を躍らせていると、レオンハルトが続けて語った。


「ああ、新しい肥料の導入や作物の連作障害を防ぐ技術など、アイラたちの知恵を借りてさらに生産性を上げたいと思っているのだ。農夫たちも、新しい公爵家の令嬢たちに会えるのを心待ちにしているよ」


「任せて頂戴! 農作物の品質向上なら、魔術や知識を活かしていくらでも手伝うわ!」


アイラが頼もしく胸を張った、その時であった。


街道脇の深い森から、突如として咆哮が響き渡り、狂暴な大型の魔物が姿を現した。


「グルアアアッ!」


鋭い爪を振り上げ、馬車へと襲いかかろうとする魔物。


しかし、馬車の護衛騎士たちが剣を抜く間すら存在しなかった。


パシュン!――と乾いた射撃音がひとつ。


次の瞬間、襲いかからんとしていた魔物の頭部が跡形もなく吹き飛び、遅れてポンッと小さな着弾音が弾けた。


巨体が沈黙し、地響きを立てて崩れ落ちる。


あまりの早業に、抜刀しかけていた護衛の精鋭騎士たちは目を点にして呆然と立ち尽くした。


レオンハルトもまた、呆気にとられた表情で額を押さえてため息をついた。


「……我が家の侍女は相変わらず恐ろしいな。あいつ一人で遠征軍並みの火力ではないか」


馬車の窓からすっと顔を出したのは、公爵家に仕える侍女のマリーであった。


その手には、精巧な装飾が施された最新鋭のスナイパーライフルが握られていた。


「ふぅ……失礼いたしました。お嬢様方のお邪魔になる不快な害獣を排除いたしました」


何事もなかったかのように微笑むマリーを見て、アイラとリリアは頬を引きつらせた。


その銃は、かつてミーアがマリーの誕生日にプレゼントしたスナイパー魔道ライフルであった。


弾丸は撃ち手の魔力によって自動生成されるため、魔力がある限り無限に射撃を続けられる恐ろしい逸品である。


さらにミーアは、魔女の世界で作られた新型の魔石をアクセサリーとしてマリーに贈っていた。


ミーアの試算によれば、マリーの膨大な魔力と新型魔石があれば、丸一か月間休まず射撃を続けても魔力が尽きないらしい。


「ねえリリア……あの子、たった一人で魔物の群れを壊滅させられるわよね?」


「ええお姉様……ミーア様の技術力とマリーの射撃技術が組み合わさると、恐ろしい兵器になってしまいますわね……」


パシュン!と再び乾いた音を立てて、遠方にいた二頭目の魔物を一撃で仕留めるマリーの姿を見ながら、アイラは引きつった笑いを浮かべた。


「ミーアったら、マリーにこんな物を持たせて、一体どこかの国と戦争でもさせるつもりなのかしら……アウストラル帝国は、もう完全に無害化したというのにね」


アイラとリリアは顔を見合わせ、頼もしすぎる侍女の活躍に苦笑いを浮かべながら、馬車に揺られて最初の目的地であるグランベル村へ、そして甘く芳醇なワインを生む果樹園へと向かうのであった。


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