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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編17

数百年前に置き忘れていた三人の分身を回収し、究極の宮廷料理のレシピとスパイスの知識を手に入れたアイラたちは、ドレビアン王国の王都で食い倒れの日々を満喫していた。


この国には定住するための拠点は持たず、大きめの宿屋の貴賓室を借り切り、広々とした厨房を自由に使えるよう手配していた。


「んん〜っ! ヨーグルトと十種類以上のスパイスに一晩漬け込んでから窯で焼き上げたタンドリーチキン、最高に美味しいわ!」


アイラが宿の厨房で、こんがりと焼け焦げたスパイシーな骨付き肉にかぶりつき、幸せそうに青玉の瞳を細めた。


「本当に素晴らしいお味ですわ! 外側は香ばしくてパリパリなのに、中は肉汁が溢れるほどジューシーです!」


リリアも天使のような笑顔でチキンを頬張り、その隣ではエドワードが甲斐甲斐しく彼女の口元をナプキンで拭っていた。


「リリア嬢、スパイスの粉がついていますよ。……君の美味しそうに食べる姿は、どんな砂漠のオアシスよりも美しい」


「ふふっ、ありがとうございます、エドワード様。エドワード様も、私があーんして差し上げますわね」


妹夫婦が二人だけの甘い世界に浸っている横で、ジュリアンもまた優雅な手つきでナイフとフォークを操っていた。


「君の分身たちが集めた知識は本物だね。この複雑で深みのあるスパイスの配合は、一朝一夕で辿り着ける領域ではないよ」


「ええ! この国は市場を見て回るだけでも新しい香辛料の発見があるし、屋台の庶民の味も侮れないわ!」


食欲全開のアイラは、ドレビアン王国での生活に大満足していた。


しかし、そんな平和で美味しい日常は、ある日の昼下がり、王都で最も高級なオアシス・レストランのテラス席で食事をしていた時に、唐突に破られることになった。


「おい、そこの平民の女ども。なかなか良い面構えをしているではないか」


色鮮やかな香草サラダと海鮮のクスクスを堪能していたアイラたちのテーブルに、むせ返るような香水を漂わせた恰幅の良い男が、数人の屈強な護衛を連れて割り込んできた。


男の身なりは無駄に派手で、十本の指すべてにギラギラと輝く宝石の指輪をはめている。


「私はこの王都のオアシスの水利権を管理している、ザラック子爵だ。どうだ、お前たち二人、私の屋敷で愛妾として飼われる栄誉を与えよう」


またしても、ドミニケル王国で遭遇したのと同じような、平民の美女を特権で買い叩こうとする下劣な貴族の登場であった。


しかし、今回のアイラたちはドミニケル王国の時のように、かつての教え子たちの国の行く末を案じて自重する必要など微塵もなかった。


「……リリア嬢を、そのような汚らわしい目で見るとは」


エドワードが生真面目な顔のまま、腰の剣の柄に手をかけた瞬間だった。


ザラック子爵の護衛の一人が、「おとなしく従え!」と威圧的にアイラの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。


その瞬間、アイラの中に統合された『数百年間、王族の影で暗殺者を物理的に処理し続けてきた分身の職業病』が、無意識のうちに完全に作動した。


「ひゅっ……!?」


護衛の男が悲鳴にならない息を呑んだ。


アイラは座ったまま、手に持っていた食事用のフォークを逆手に構え、目にも留まらぬ速さで護衛の男の喉仏の皮一枚のところまで突きつけていたのである。


「……私の美味しいご飯の時間を邪魔するのなら、その無駄に太い首の動脈を掻き切るわよ?」


青玉の瞳から一切の光を消し、冷酷な暗殺者のような絶対零度の殺気を放つアイラに、護衛の男は恐怖で完全に硬直し、ガチガチと歯の根を鳴らした。


「お、お姉様……? 動きが完全にプロのそれになっていますわよ……?」


リリアがドン引きするほどの見事な暗殺術の構えに、アイラはハッとしてフォークを下ろした。


「あ、あれ!? またやっちゃった! 分身たちの癖が強すぎるのよ!」


アイラが頭を抱えていると、事態を飲み込めていないザラック子爵が顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「き、貴様ら! 貴族であるこの私に逆らうつもりか! ええい、女どもを無理やり引っ立てろ! 男二人は殺しても構わん!」


子爵の命令に、我に返った護衛たちが一斉に武器を抜いて襲いかかってきた。


しかし、そんな有象無象の暴力が、魔女と規格外の元王子たちに通用するはずがなかった。


「……万死に値する害虫ですね」


エドワードが冷徹な声と共に剣を抜き放ち、流れるような剣さばきで護衛たちの武器を叩き落とすと、峰打ちで次々と顎を打ち抜いて気絶させていく。


「あらあら。お食事中に乱暴はいけませんわ」


リリアが天使のような愛らしい笑顔を浮かべた瞬間、灼熱のテラス席の床が急激に凍り付き、ザラック子爵の足元を分厚い氷が覆い尽くした。


「ひぃっ!? ま、魔法!? なんだこの氷は……っ!」


身動きが取れなくなった子爵の前に、ジュリアンが極上の笑みを浮かべて歩み寄った。


「やあ、水利権を独占して私腹を肥やしている豚の貴族殿。君のその薄汚い命と引き換えに、君の全財産をスラムの孤児院に寄付するというのはどうだろう?」


「ひっ……お、お前たち、何者だ……っ!」


「ただの、美味しいご飯を愛する通りすがりの美食家さ」


ジュリアンが翠緑の瞳を細めて絶対的な強者の威圧感を放つと、ザラック子爵は白目を剥いてその場に気絶してしまった。


「……やっちゃったわね。向こうが問答無用で強引に来たから、手加減する暇もなかったわ」


アイラが散乱したテラス席を見てため息をつくと、ジュリアンは優雅に肩をすくめた。


「まあ、ドミニケル王国のように守るべき義理もない国だ。面倒なことになる前に、さっさとこの国を出るとしよう」


「そうですね。衛兵が来る前にずらかりましょう」


エドワードの冷静な判断に頷き、アイラたちは早々に宿を引き払い、ドレビアン王国の王都を後にしたのだった。


数日後、アイラたち四人は砂漠を抜けて、次の国へと向かう街道を歩いていた。


「ああもう! なんで私たちが美味しいご飯を食べてるだけなのに、変な貴族が寄ってくるのよ!」


アイラが道端の石を蹴飛ばして不満を爆発させると、ジュリアンが面白そうに彼女の銀髪を撫でた。


「それは君とリリア嬢が、隠しきれないほどの圧倒的な美貌を持っているからだよ。私も、美しい婚約者がいつ虫に狙われるかと心配で夜も眠れないよ」


「ジュリアン様、全然心配そうな顔してないじゃない! 絶対面白がってるわよね!?」


アイラがジト目を向けると、エドワードは生真面目な顔で深く頷いた。


「兄上はともかく、私は本気で心配していますよ。リリア嬢のような天使が平民の服を着て街を歩いていれば、心ない獣が寄ってくるのは自明の理です」


エドワードの過保護な発言に、リリアは嬉しそうに頬を染めた。


「エドワード様がいつも守ってくださるので、私はちっとも怖くありませんわ」


「……ええい、お前たちは少し黙っていなさい。今、深刻な話し合いをしているのよ」


甘い空気を漂わせ始めた妹夫婦を手で制し、アイラは腕を組んで考え込んだ。


「このまま平民のふりをして旅を続けても、また権力を持った貴族に目をつけられて、国を追われるパターンの繰り返しになるわ」


「そうだな。かといって、君たちがその美貌を隠すために、常に変身魔法や認識阻害の魔法を使い続けるのは、魔力の無駄遣いだし窮屈だろう?」


ジュリアンの的確な指摘に、アイラは激しく頷いた。


「その通りよ! 変身魔法をかけてると、なんだかご飯の味まで変わっちゃう気がして嫌なの!」


何よりも食を優先するアイラの理由に、ジュリアンはクスクスと笑い声を漏らした。


「なら、答えは簡単じゃないか。権力に絡まれないようにするには、自分たちが権力の側に回ればいい」


「そう! 貴族になっちゃえばいいのよ!」


アイラがポンと手を叩いて声を上げると、エドワードが小首を傾げた。


「しかし、私たちの国は歴史の中に埋もれてますよ。今からどうやって貴族になるのですか?」


エドワードの素朴な疑問に、アイラはニヤリと悪巧みをするような笑みを浮かべた。


「エドワード様、忘れたの? ヴァリエール王国でも、大商人がお金で男爵位を買ったりしていたじゃない」


「ああ、なるほど。貴族の爵位を金で買うのですね」


かつての祖国でも行われていた、貴族社会の暗部とも言えるシステムを思い出し、エドワードは納得したように頷いた。


「多くの国では、財政難に陥った王家や、没落しかけた貴族の家名を、多額の寄付金という名目で売りに出しているのさ」


ジュリアンが元王太子としての知識を披露しながら、優雅な手つきで説明を補足した。


「下級の爵位であっても、一度貴族として認められれば、暗黙のルールからは除外される。他家の貴族に無理やり手を出せば、家門同士の争いに発展し、貴族社会の秩序が乱れるからね」


「つまり、貴族という身分そのものが、面倒な輩を遠ざける最強の盾になるってわけよ!」


アイラが胸を張って宣言すると、リリアもなるほどという顔で手を打った。


「しかも、適当な上位貴族の寄り親を見つければ、その後ろ盾を利用してますます安全に美味しいものが食べられますわね!」


「そういうこと! お金なら、錬金術で作った宝石や、これまでの旅で迷宮から回収したお宝が腐るほどあるわ!」


アイラの大魔女の魔法鞄の中には、小国をいくつか買えるほどの莫大な資産が眠っているのである。


「方針は決まったね。では、金で爵位を売りに出していて、なおかつ美味しい名物料理がある国を探すとしようか」


ジュリアンが楽しそうに提案すると、アイラは青玉の瞳をキラキラと輝かせて頷いた。


「ええ! 次の国では、お金の力で適当な下級貴族の身分を手に入れて、誰にも邪魔されない優雅な食い倒れライフを満喫するわよ!」


かくして、アイラたちは面倒な貴族の絡みを物理と財力で解決するという、極めて合理的かつ魔女らしい結論に行き着いた。


次なる美食の国と、売れ残りの爵位を求めて、アイラたちの賑やかで自由な旅はさらに続いていくのであった。


「金で爵位を買えて、なおかつ美味しいご飯がある国……そんな都合の良い国、すぐに見つかるかしら」


アイラが砂漠の街道を歩きながら呟くと、ジュリアンが優雅な手つきで一枚の羊皮紙を取り出した。


「実は、情報ギルドでめぼしい国のリストをいくつか手に入れておいたのだよ。その中で、君たちが一番興味を引きそうな国がある」


「えっ、本当!? どんな美味しい名物がある国なの?」


アイラが青玉の瞳を輝かせると、ジュリアンは面白そうに翠緑の瞳を細めた。


「料理の味もさることながら、その国の名前に聞き覚えがあるはずだよ。……『デブリスコスモ王国』という名前にね」


「デブリスコスモ王国……って、嘘でしょ!?」


アイラは驚愕の声を上げ、隣を歩いていたリリアもパァッと顔を輝かせた。


「まあ! それは、エイレーンお義姉様が王妃様として嫁がれた国ではありませんか!」


数百年前、アイラたちがテオドール国王の妃となるエイレーンをプロデュースし、その結果を見届けたあの国である。


「ええ。数百年という途方もない時間が経過しているにもかかわらず、あの国は未だに王国の名前も王都の場所も変えずに存続しているらしい」


ジュリアンの言葉に、アイラは深い感慨を覚えて小さく息を吐いた。


「……そう。あのお義姉様とテオドール様が治めた国が、今でもちゃんと歴史を紡いでいるのね」


「はい、お姉様。なんだかとても嬉しい気持ちになりますわね」


リリアが天使のような微笑みを浮かべると、エドワードも生真面目に頷いた。


「彼らの治世がどれほど素晴らしいものであったかが、国の存続という形で証明されているのですね」


「決まりね! 次の目的地はデブリスコスモ王国よ!」


アイラが力強く宣言し、四人は思い出の地であり、新たな美食が待つ王国へと歩みを進めた。


数日後、魔物や盗賊を物理と魔法で蹴散らしながら大陸を横断したアイラたちは、デブリスコスモ王国の王都へと辿り着いた。


「うーん、いい匂い! 数百年前よりも街が大きくなっていて、活気があるわね!」


王都のメインストリートに足を踏み入れた瞬間、立ち並ぶ屋台から漂ってくる香ばしい匂いに、アイラの食欲メーターは一気に振り切れた。


エイレーンたちが整備したであろう美しい街並みの面影はそのままに、より豊かに発展した国の姿に、四人は温かい感慨を覚えていた。


「さっそく美味しいものを食べながら、爵位の売買について情報収集をしましょう!」


アイラはそう言うが早いか、近くの屋台に突撃して串焼きや包み焼きを両手いっぱいに買い込んできた。


「はい、リリアもエドワード様もジュリアン様も食べて! ここのお肉、特製のタレに漬け込んであって最高に美味しいわ!」


「ありがとうございます、お姉様。……んっ、甘辛いタレがお肉の旨味を引き立てていて絶品ですわ!」


リリアが幸せそうに頬を緩め、エドワードが甲斐甲斐しく彼女の口元を拭う甘い空間の横で、ジュリアンもまた優雅に串焼きを味わっていた。


「確かに、数百年の歴史が育んだ食文化は伊達ではないね。……さて、食事のついでに、商人たちから少しばかり話を聞いてきたよ」


ジュリアンが翠緑の瞳を細め、情報収集の成果を口にした。


「王国の財政は安定しているようだが、一部の貴族家は派閥争いや浪費によって没落し、借金のカタに爵位や家名を裏社会で売りに出しているらしい」


「へえ。じゃあ、お金さえ積めばすぐにでも貴族になれるわね。どんな家が売りに出されているの?」


アイラが串焼きを齧りながら尋ねると、ジュリアンの顔に少しだけ複雑な色が浮かんだ。


「それが……驚かないで聞いてほしいのだけれど。売りに出されている爵位のリストの中に、『レヴナント子爵家』という名前があったのだ」


「……は? レヴナント、ですって?」


アイラの動きがピタリと止まり、リリアも信じられないというように目を見開いた。


レヴナント家といえば、エイレーン義姉様の実家であり、かつてアイラたちが「魔法の国のプリンセス」を名乗って滞在していた、由緒正しき公爵家である。


「どういうことよ! お義姉様の実家は、この国でもトップクラスの権力を持つ公爵家だったはずじゃない!」


アイラが声を荒げると、ジュリアンは静かに首を横に振った。


「数百年の間に、何があったのかは定かではない。優秀だった者が廃されて無能な者が権力を握ったのか、あるいは他の貴族家との政争に敗れて没落したのか……」


ジュリアンは、かつて王太子として権力闘争の残酷さを見てきた者としての推測を口にした。


「いずれにせよ、現在のレヴナント家は完全に没落して子爵家まで落ちぶれ、莫大な借金を抱えて首が回らなくなり、ついに家名まで売りに出す羽目になったということだ」


その残酷な歴史の変遷に、アイラはギリッと奥歯を噛み締めた。


「……お義姉様の思い出深い家名が、借金まみれで売り飛ばされるなんて、絶対に許せないわ」


アイラは青玉の瞳に静かな怒りの炎を宿し、ドンッとテーブルを叩いた。


「買うわよ。そのレヴナント子爵家の爵位も家名も、借金ごと全部私たちが買い取ってあげるわ!」


「はい、お姉様! エイレーンお義姉様の生家を、見ず知らずの他人の手に渡らせるわけにはいきませんわ!」


リリアも力強く同意し、エドワードとジュリアンも異論はないとばかりに頷いた。


「方針は決まったね。では、さっそく仲介人のところへ向かうとしよう」


アイラたちは屋台の食事を早々に平らげると、裏社会と繋がりのある悪徳商人の館へと乗り込んだ。


「……ほう。お前さんたちが、レヴナント子爵家を買いたいと?」


豪華な椅子にふんぞり返った商人が、平民の服を着たアイラたちを値踏みするように見下した。


「あれは没落したとはいえ、かつては公爵家だった歴史ある家名だ。それに、彼らが抱えている借金は莫大な額だぞ。平民の小娘が払えるような金額では……」


商人の言葉が終わる前に、アイラは空間収納の魔法袋から、眩い光を放つ特大のダイヤモンドやルビー、そしてずっしりとした純金の延べ棒の山を、まるでただの石ころでも出すかのようにテーブルの上にドサドサと積み上げた。


「これで足りるかしら? もし足りないなら、まだいくらでもあるけれど」


アイラがニヤリと悪党のような笑みを浮かべると、商人は目を飛び出さんばかりに見開いて腰を抜かした。


「ひぃっ!? こ、これほどの財宝……一体どこから! い、いや、これだけあれば、借金の返済どころか、小国が買えるほどの額だ!」


「じゃあ、交渉成立ね。今すぐ手続きを進めなさい。それと、レヴナント家が手放した屋敷も、私が全部買い戻すわ」


圧倒的な財力という物理攻撃の前に、商人はただペコペコと頭を下げることしかできなかった。


かくして、アイラたちは溢れんばかりの資金力でレヴナント子爵家の借金を一括で完済し、その爵位と家名、さらには手放されて売りに出されていたかつての『レヴナント公爵邸』までも完全に手に入れたのである。


数日後、法的な手続きをすべて終えたアイラたちは、王都の一等地にある懐かしの屋敷へと足を踏み入れた。


「……うーん、かなり荒れ果てているわね」


アイラが屋敷の中を見渡して呟くと、リリアも悲しそうに眉を下げた。


かつては最高級の調度品で彩られ、多くの使用人たちが忙しく立ち働いていた公爵邸は、今は埃を被り、庭は雑草が生い茂る廃墟一歩手前の状態になっていた。


「無理もない。借金のカタに売れるものはすべて売り払い、使用人を雇う金もなかったのだろうからね」


ジュリアンが手すりの埃を指で拭いながら言うと、アイラは腕をまくり上げた。


「なら、まずは大掃除からね! 魔女の力で、この屋敷をかつての美しい姿に戻してあげるわ!」


アイラとリリアが生活魔法をフル稼働させ、ジュリアンとエドワードが力仕事を引き受けることで、屋敷はみるみるうちに輝きを取り戻していった。


清らかな風が吹き抜け、磨き上げられた大理石の床が光を反射し、庭の雑草は美しい花壇へと生まれ変わる。


「ふぅ、これでようやく住めるようになったわね!」


アイラが綺麗になったエントランスホールで腰に手を当てて満足げに頷くと、三人も笑顔でそれに応えた。


没落して荒れ果てていたレヴナント公爵邸は、アイラたちの魔法と力仕事によって、かつての輝きを完全に取り戻していた。


その時、屋敷の奥にある質素な使用人区画から、おずおずと現れた者たちがいた。


「……あの。借金取りの方々が、屋敷を別のどなたかに売り払ったとお聞きしておりましたが……」


現れたのは、仕立ては古いが手入れの行き届いた執事服を着た初老の男性と、彼に少し怯えたように付き従う二人のメイドだった。


「もしかして、あなたたちが新しいこの屋敷のご主人様でしょうか?」


初老の執事が深く頭を下げると、アイラは青玉の瞳を瞬かせた。


「ええ、そうよ。私たちがこの屋敷とレヴナント子爵家の家名ごと、借金を全部買い取ったの」


アイラの言葉に、執事とメイドたちは信じられないものを見るように目を見開いた。


「まさか、あの莫大な借金を一括で……っ!」


「私は代々、このレヴナント家に仕えております執事のトーマスと申します。そしてこちらは、メイドのアンナとマリーです」


トーマスが恭しく名乗ると、アイラたちは彼らを綺麗になった客間へと招き入れ、詳しい事情を聞くことにした。


「ねえ、トーマス。レヴナント家といえば、かつては王家にも連なる由緒正しき公爵家だったはずよ。一体どうして、家名を売り払うほど没落してしまったの?」


アイラが尋ねると、トーマスは深く悲しげなため息を吐き出した。


「……おっしゃる通りです。かつて、テオドール国王陛下とエイレーン王妃様の時代、我が家は公爵家として大いに栄え、領民からも慕われておりました」


その名前に、アイラたちは顔を見合わせて静かに頷いた。


「しかし、歴史の中でその栄華は少しずつ薄れていきました。エイレーン王妃様の妹君である、アイリーン様の孫の世代が王家に嫁いだ後……玄孫の世代で、直系の血筋は途絶えてしまったのです」


トーマスの言葉に、アイラはホッと胸を撫で下ろした。


自分たちが手塩にかけてプロデュースしたエイレーンや、妹のアイリーンの血筋が愚かだったために没落したわけではないと分かったからだ。


「その後、傍系の親戚が公爵位を継いだのですが……これが、我が家の没落の始まりでした」


トーマスの声に、隠しきれない怒りと無念の色が混じる。


「彼らは領民を虐げ、私腹を肥やすことしか考えない悪徳貴族だったのです。長年の悪政と浪費によって、公爵から伯爵、そして子爵へと転落し……ついに借金のカタに家名まで売り払って逃げ出したのです」


「なるほどね。直系の血が途絶えた後に、変な奴らが家を乗っ取って食いつぶしたってわけね」


アイラが腕を組んで納得すると、トーマスは大切そうに抱えていた一冊の分厚い革張りの手帳を差し出した。


「私は、代々の執事が書き残してきた家系図と歴史の記録を守りながら、この屋敷の隅で細々と管理を続けておりました。いつか、再びレヴナントの家名に相応しい、立派なご主人様が現れることを信じて……」


主がいなくなっても、無給でこの広い屋敷を何代にもわたって守り続けてきたのだ。


彼らのその真面目で良識ある忠誠心に、ジュリアンは深く感心したように優雅な笑みを浮かべた。


「君たちのその忠義と忍耐は、称賛に値する。これからは、我々が君たちの新しい主となろう」


ジュリアンがそう宣言すると、アイラは空間収納の魔法袋から、ずっしりと重い金貨の袋を取り出してテーブルの上にドンッと置いた。


「これ、これまでの未払い分の給金と、当面の屋敷の運営資金よ。——遠慮しないで。足りなくなったら、まだいくらでも出してあげるからね!」


「ひぃっ!? こ、こんな大金……!」


圧倒的な財力という名の物理攻撃を目の当たりにし、トーマスとメイドたちは震えながらも、深い感謝と共に新たな主への忠誠を誓ったのである。


「さて。忠実な使用人も手に入ったことだし、私たちの今後の役割と設定を決めておこうか」


トーマスたちを下がらせてお茶を淹れさせた後、ジュリアンが極上の微笑みを浮かべて切り出した。


「王国には、私たちが爵位を買ったという事実は、すぐには知らせないでおこう。まずは地盤を固めるのが先決だからね」


「ええ、それがいいわ。で、誰がレヴナント子爵家の当主になるの?」


アイラが小首を傾げると、ジュリアンは迷うことなく自分自身を指差した。


「もちろん、私だ。私が『ジュリアン・レヴナント子爵』として、この国の中枢に食い込んでいくとしよう」


元王太子としての完璧な政治手腕を持つ彼(現在は魔女の作った人間型人形の身体だが)に任せれば、社交界の掌握などこれほど安心なことはない。


「そしてアイラ。当然、君は私の『子爵夫人』だ」


ジュリアンが翠緑の瞳を細めて甘く微笑むと、アイラは腕を組んで自信満々に胸を張った。


「ええ、任せてちょうだい! 王太子妃としてずっとあなたの隣で公務をこなしてきたんだから、子爵夫人くらいお手の物よ!」


「ふふっ、頼もしいな」


ジュリアンの甘い言葉に、アイラは少しだけ照れたように頬を掻いた。


「もう、ジュリアン様ったら。……でも、家族や友人たちが天国から、私たちが今さら貴族の成り上がりをやってるのを見て呆れてるかもしれないわね」


二人が天国の家族や友人たちに思いを馳せていると、エドワードも静かに微笑んだ。


「ええ。私と愛する妻が立ち上げた公爵家も、王国と共にとうの昔に無くなってしまいましたが……家族や友人たちは、あちらで平和に過ごしていますからね」


「そうですわね。皆様なら、私たちが楽しそうにしているのを見て、きっと笑っていますわ!」


リリアが天使のような笑顔で頷くと、エドワードは甲斐甲斐しく彼女の肩を抱き寄せた。


周囲に目に見えないハートを振り撒きながらイチャつく二人をよそに、アイラはふと真剣な顔になって、ジュリアンへと視線を向けた。


「……ねえ、ジュリアン。私たち、最初は『面倒な貴族の絡みを避けるための盾』として爵位を買ったのよね」


アイラの言葉に、ジュリアンは翠緑の瞳を面白そうに細めた。


「そうだね。没落した子爵家とはいえ、貴族であることに変わりはない。平民を虐げるような輩からは、十分に身を守れるはずだ」


「でも、ただの貧乏子爵家のままじゃ、舐められて美味しいご飯を邪魔されるかもしれないじゃない?」


アイラはニヤリと唇の端を吊り上げ、黒魔法使いの杖をクルリと回した。


「どうせお金と魔法の力は腐るほどあるんだし、この思い出深い『レヴナント家』を、もう一度公爵家のような大貴族にのし上がらせてみない?」


アイラのその提案に、リリアがパァッと顔を輝かせた。


「まあ! それは素晴らしい考えですわ、お姉様! エイレーンお義姉様の生家が、再び王都で一番輝く大貴族になれば、きっとお義姉様も天国で喜んでくださいます!」


「ええ! 美味しいものを安全に食べるための最強の盾を、私たち自身の手で築き上げるのよ!」


食欲と家族への愛、そして魔女特有の恐るべき行動力が完全に一致した瞬間であった。


「ふふっ、君がそう言うなら、私もかつての王太子の手腕を振るって、この国の中枢に食い込ませてもらうとしよう」


ジュリアンが極上の腹黒い笑みを浮かべると、エドワードも生真面目な顔で剣の柄を叩いた。


「武力が必要となれば、この私が騎士としてレヴナント家の剣となりましょう。私は王国騎士団の入隊試験を受け、内部から騎士団の動向を探ります」


「素晴らしいお考えですわ、エドワード様! ならば私は、王国魔法師団の入団試験を受けますわ!」


リリアが天使のような笑顔で、恐ろしいほどの魔法の才能を隠すことなく宣言した。


「私とジュリアン様が表の社交界で権力を握り、エドワード様が騎士団を、リリアが魔法師団を裏から掌握すれば、完璧な布陣ね!」


アイラが悪党のようにニヤリと笑うと、ジュリアンも極上の腹黒い笑みを浮かべた。


「ふふっ、本当に頼もしい弟と妹たちだよ。家族四人で、このデブリスコスモ王国を席巻するとしよう」


「ええ! エイレーンお義姉様の大切な生家を、もう一度この国で一番の大貴族に返り咲かせてやるわ!」


魔女の圧倒的な力と、使い魔となった元王族の知略。


身分や身体は変われど、その根底にある家族の絆と規格外の行動力は何も変わらない。


四人は、デブリスコスモ王国の貴族として、そして最強の成り上がり者として、華やかな社交界への扉を力強く押し開くのであった。


エイレーンが愛したこのデブリスコスモ王国で、アイラたちの新たな美味しい日常と、華麗なる成り上がりライフが今、高らかにスタートするのであった。



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