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第八話 クランマスターベルザ【1/2】


 第二階層《滴る迷路》に足を踏み入れたブックメーカーの一行は、冷たい水音が反響する中、慎重に歩を進めていた。


 通路の天井からは絶え間なく水滴がぽたり、ぽたりと落ち、石畳や泥濘に染みこんでいた。足元を誤れば、ぬかるみにはまり、体勢を崩しかねない。


「うわあ……ほんとに足場が最悪だね、ここ」


 ノエルが眉をひそめながら、ぬめった岩壁に手をつく。


「でも、セリカさんのかんじきがなかったら、もっと酷かったでしょうね」


 セオドアは足元を見下ろす。木製のかんじきは泥に沈まず、しっかりと地をとらえていた。


「おかげでかなり移動が楽だな」


 ドランが小さく頷き、フィオナも口角を上げた。


「この沼地で足を取られてたら、戦闘どころじゃないものね。セリカ、やるじゃない」


「さすが記録係……いや、技術係かもね!」


「技術兼、装備開発係ってところかな〜」


 ノエルがくすくすと笑いながら言ったその時だった。


 ──ぴちゃ。


 水面が揺れ、小さな波紋が広がった。


 セオドアが片膝をつき、周囲の水路を目で追う。


「……来ます。水性のモンスターです」


 予測は的中した。


 水路から突如、三つの影が飛び出してきた。


 姿を現したのは、ぬめりのある深緑色の両生類モンスター。《湿泥跳蛙ウェットジャンパー》と呼ばれる群棲型の下位モンスターだった。


「来るわよ、構えて!」


「了解っ!」


 先制したのはフィオナ。矢をつがえて素早く放つと、一直線に跳蛙の一体を射抜いた。


 ドランが正面に立ち、盾で残りの個体の突進を受け止める。


 跳ねては飛びかかってくる敵に対し、セオドアは間合いを見極め、斧を振るって一体を叩き伏せた。


「この泥地でこれだけ動けるのは大きいですね……!」


「セリカ印、超優秀だねっ!」


 ノエルも後方から魔法の援護を送りながら声をあげた。


 《湿泥跳蛙》は俊敏さこそあるが、防御が脆く、連携の取れたブックメーカーの敵ではなかった。


 やがて最後の一体がノエルの魔法に撃たれ、水の中でぷしゅうと煙を上げて崩れ落ちた。


 静けさが戻る。


「ふぅ……第二階層の初戦にしては順調ね」


「かんじきの威力は本物だよ。あたし、絶対転んでたと思うもん」


「ぬかるみによる機動力低下が無いだけで、ここまで違うとは……」


 セオドアは、戦術面だけでなく、探索速度にも好影響が出ていることを実感していた。


(この調子なら……第二階層も十分、突破できる)


 セリカの技術、仲間の連携、そして情報の積み重ね。ブックメーカーの地道な努力が、確実に実を結び始めていた。


 《滴る迷路》の探索は順調に進んでいた。


 ぬかるんだ地形に苦しめられる他パーティーとは異なり、ブックメーカーはセリカが残してくれた「かんじき」の恩恵を最大限に活かし、迷路のような水路を着実に進んでいた。


 だが、油断した瞬間だった。


「うわっ……!」


 ノエルが足を滑らせ、ずぶりと水に沈んだ。


「ノエル!」


 セオドアが慌てて駆け寄るも、ノエルはなんとか水面から顔を出す。


「つ、つるっといっちゃった……ごめん〜、冷たい〜」


「大丈夫、ノエル?」


 心配するフィオナがロープを差し出す。


 そのとき──


 ──ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゅん……


 水面に広がる不穏な波紋。音もなく、しかし確実に──敵が迫っていた。


 水中から、魚類型のモンスターが飛び出す。


「──来るぞッ!」


 セオドアの叫びとともに、ドランが即座に前へ出て、盾を構えた。


「マッドフィッシュ……!」


 フィオナが敵の名を呟きながら、弓を引き絞る。


「ノエル、早く上がって!」


「わ〜!」


 水気を含んだ衣服が身体に纏わりつき、ノエルは懸命に水路から這い出ようとしたその時、ノエルは水面に力強く引き戻された。


「っわ!」


ードボンッ


「ノエル!!」


「ノエルさん!!」


 水に落ちたノエルが水面から顔を出すもすぐに水の中に引き込まれる。


「このままじゃ引き摺り込まれます!」


 セオドアは急いでかんじきを外しそのまま水面にダイブする。


「セオドア!」


 水の中で目を凝らすと、マッドフィッシュの大軍がノエルにまとわりついていた。


(いけない!このままじゃ、ノエルさんが窒息してしまう)


 セオドアは急いで水をかき分けてノエルに近づこうとするもマッドフィッシュの大群の壁に阻まれる。近寄ると腕に噛みつかれる。


(くそ!水の中じゃ斧は振るえない......!)


 マッドフィッシュの大群に襲われるノエルは身体中を噛みつかれ、口から大量の気泡を吐き出した。


(迷ってられない!)


 セオドアは魔力を身体に纏わせ始める。


(ブレイン・ブースト!!)


 セオドアの身体から魔力の炎が湧き立つ。


 活性化された身体能力で無理やりにマッドフィッシュの大群をかき分けてノエルの元へと近寄る。


 マッドフィッシュの追撃は止まず、身体には無数のマッドフィッシュが噛み付く。痛みに耐えながら、ノエルを確認するとすでにノエルは意識を失っていた。


(くそ!このままじゃ......!)


 セオドアは何かないかと自分の装備を確認する。その時、グラバルの素材を入れていた、袋が大きく膨らんでいる事に気がついた。


(これは......グラバルの喉袋......!)


 鞄から取り出したグラバルの喉袋を空気を含んだままで大きく膨れていた。脳裏にグラバルの咆哮を思い出す。


(一か八か......)


 セオドアは喉袋に自分の肺に残った息を殆ど吐き出す。グラバルの喉袋は更に大きく膨らむ。


 息を殆ど使ったセオドアは意識が朦朧としながらもノエルの頭を抱き込み、耳を塞ぎ、剥ぎ取り用のナイフを喉袋に突き立てた。


 爆音のような衝撃音が水面に響き、洞窟全体が震えた。


 それはまさに、グラバルの咆哮の再現だった。


 直後、水辺の魔物たちが一斉に身を震わせ、パニックを起こしたように水中へ逃げていく。


 衝撃音に驚いたマッドフィッシュ達は散り散りとなり、水中にはセオドアは破裂音で耳から出血したセオドアと腕の中で気を失っているノエルが水中を漂っていた。


(......早く......上がらなきゃ......)


 セオドアは薄れいく意識の中、水面に向かって手を伸ばすも、意識が遠のいた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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