第八話 クランマスターベルザ【2/2】
水中に一本の矢が打ち込まれる。ロープが括り付けられており、その後すぐにフィオナが水中に飛び込んだ。
意識を失った二人にロープを括り付けたフィオナは水面から顔を出す。
「あげて!!!ドラン!!!」
フィオナの声にドランは頷くと力強くロープを引き上げる。
二人を引き上げたドランは呼吸がない事を確認すると心臓マッサージに入る。ノエルはすぐに大量の水を吐き出し、意識を取り戻す。
「かはっ!かはっ!」
水面から上がったフィオナはセオドアに駆け寄ると心臓マッサージを施す。
「起きて!セオドア!」
フィオナの力強く心臓マッサージにセオドアの身体が揺れるも、意識は取り戻さない。その様子を見たフィオナは躊躇いもなく、セオドアに人工呼吸を施す。
セオドアの口に呼吸を吹き込み、心臓マッサージを繰り返す。
「何してるのセオドア!!早く戻ってきて!!」
フィオナが再度人工呼吸を施すと、セオドアの指が微かに動く。
「がはっ!がはっ!」
セオドアは大量の水を吐き出した。
「ぼ、僕は......」
セオドアが意識を取り戻して、声を発するとフィオナはセオドアに抱きついた。
「セオドア!よかった......!本当に心配したんだから!!」
フィオナは目に涙を溜めながら、叫んだ。意識がはっきりとしてきたセオドアはには音が聞こえていないが、フィオナの様子から状況を理解した。
「フィオナさん、ありがとう......ございます。助かりました......」
セオドアは力無い笑みを浮かべる。
「まったく......!私が人工呼吸しなかったらあなたとっくに......!」
フィオナはそう口にすると、セオドアに口づけをしていた事を思い出す。
「私......セオドアに......人工呼吸......を?」
フィオナはその事実に顔を赤面させていく。セオドアに思わず抱きついている事にも気が付いたフィオナは勢いよくセオドアを突き放す。
衝撃で鼓膜が破れているセオドアはフィオナの声が聞き取れず、何が起こっているのかわからない表情を浮かべる。
ノエルとセオドアの命がけの救出劇のあと、ブックメーカーは焚き火を焚き、しばしの休息をとっていた。
洞窟の壁際に濡れた服を干し、濡れた体を布で拭いながら、ノエルはややバツの悪そうな顔で謝る。
「ほんと、ごめんね……足がつるってすべって……」
「謝らなくていいですよ。本当に無事でよかったです」
セオドアはまだ少し顔色が悪いが、ノエルに笑みを見せた。
「ほんと、心臓止まるかと思ったわよ……」
フィオナが溜息まじりに言うが、声には安堵が混じっていた。ドランは「……無事で何よりだ」と小さく呟いた。
そのとき──
洞窟の通路奥から、複数の足音がゆっくりと近づいてきた。
「──誰か来るぞ」
ドランが立ち上がり、盾を構える。
水を叩く靴音、金属音──現れたのは、数人の冒険者たち。先頭に立つ、黒いフードを脱いだその獣人を見て、フィオナが目を細める。
「……ザガン」
「うぉー!濡れている、レディも素敵だなー!!」
「マジでキモいんだけど......」
フィオナは身体を隠す様にマントで身体を隠す。
「てか何の用?」
「いやいや!第四層帰りに通りかかっただけさ!レディを好いてるからって付け回してるわけじゃないさ!」
相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべるザガンの背後には、精悍な顔立ちの槍使い、魔法使い風の女性獣人、他にも幾人かの仲間が控えている。
「また、セクハラしてるのか、ザガン」
女性の獣人がザガンを軽蔑する様な視線を向ける。
「うちの者が失礼した」
ずん、と一歩を踏み出したのは──牛のような角と体躯をもつ、堂々たる獣人の男だった。
深紅のローブに銀細工の装飾を施した戦士装束。厚い胸板と腕には、年季の入った傷跡がいくつも刻まれている。
「あぁ!お前らに紹介しよう。俺たち鋭爪の環を率いるクランマスター、ベルザ・ドルグさんだ!」
ザガンの言葉に、クランマスターは一つ頷き、重々しい声で口を開いた。
「......君達は......」
ベルザは重厚な眼差しでセオドア達を見る。
「ほら、俺が言ってた冒険の書とかいうのを売り始めたっていう冒険者パーティーですよ」
ザガンが尻尾を振りながらベルザに説明する。
「ほぅ。君たちがあの冒険の書を作ったという......ブックメーカー。そして──君が、セオドアだな」
ベルザはセオドアを見下ろした。
鼓膜が破れていてもベルザの重厚な声は聞き取れた。
「……そうです。ブックメーカーのセオドアです」
セオドアが姿勢を正すと、ベルザはしばし彼を見つめ、そして、うなずいた。
「かなり若いのだな……目に芯がある。ザガンが声をかけた理由も頷ける」
「……お褒めに預かり光栄です」
セオドアの慎重な返しに、ベルザはふっと鼻で笑った。
「勧誘は、今日の目的ではない。聞いた話だと既に断られているからな。我らの矜持として、無理強いはしない」
その言葉に、仲間たちは安堵の息を漏らした。
ベルザはゆっくりと洞窟の壁に手を当てながら言った。
「だが一つだけ、訊いておこう。君たちは、“情報”を、どう扱う?」
セオドアは一瞬、言葉を選ぶように黙り──やがて、はっきりと答えた。
「必要とする人の命を救うために、できる限り分かりやすく、正しく記すつもりです。冒険の書は、誰の手にも届くものであるべきだと考えています」
ベルザは一拍置いてから──「なるほど」と短く返す。
「情報を扱う者同士ではあるが、君らの作る冒険の書と我々クロー・リングが扱う情報は販売体系が異なる。商売敵とは言えんだろう......
だからこそ、我々は助け合えると思うのだ」
ベルザはそう言うと、セオドアの目をまっすぐに見て、にやりと笑った。
「助け合う?」
「あぁ、我々のクロー・リングの目的はあくまでダンジョンの攻略だ。情報市で情報を売るのが目的ではない。あれはダンジョン探索の為の資金調達手段に過ぎんからな」
「そこでだ。君達は腕も立ち、情報をどう扱うかを心得ている。これほど我々の欲していた人材はそうはいない」
「さっき勧誘じゃないって言ってたじゃない」
「気づかれたか。君達は私達と手を組めばより一層情報を得る事ができる。助け合えると思うのだ」
ベルザは笑みを浮かべる。
「さっきは勧誘のつもりはないとは言ったが......君たちの真っ直ぐな目を見ていると本当に残念に思う。どうだ?今でもクロー・リングに来ては頂けないだろうか?」
その言葉に、セオドアもまた口元を引き締め、静かに頭を下げた。
「ありがたいお誘いですが。僕達はクランには入るつもりは......」
「そうか。本当に惜しいが、諦めが悪いのはザガンの取り柄だからな。我々は身を引くとしよう」
ベルザは満足げに頷くと、ザガンに目配せをして言った。
「行こう。次の階層の準備がある」
「はいはい、お楽しみはまた今度ってか」
ザガンがふわりと手を振りながら、去り際にフィオナへウィンクを飛ばすが、フィオナは目を細めて睨み返す。
鋭爪の環の一団が去っていくと、洞窟に静寂が戻った。
「……あのクランマスター、すごい迫力だったわね。ミスリルランク......バルトとはまた違った圧ね」
「でも、悪い人じゃなさそうだったよ〜」
「……敵、じゃない」
仲間たちの言葉に、セオドアは小さく頷いた。
(それでも、越えなければならない存在だ)
ダンジョンの奥に待ち受けるものと同様に──。
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