第七話 滴る迷路【1/2】
ダンジョン攻略初日一階層の攻略を終えたブックメーカーはルーメンベル冒険者ギルドへと報告にきていた。
セオドアたちは、昨日の第一階層フロアボスの討伐を報告するため、ギルドカウンターへ向かう。
受付嬢のミュレナはセオドア達と目が合うと、あからさまに面倒くそうにため息をつく。
「……なんでしょうか?」
ミュレナの態度に苦笑を浮かべるセオドアは気を取り直して報告を行う。
「ダンジョンの第一階層のフロアボスを討伐しましたのでその報告と受注していた素材回収依頼の納品に来ました」
変わらず感情の死んだ声で迎えたのは、青髪ボブの受付嬢ミュレナだった。今日も相変わらず、目の奥に光はない。
「なんで素材の確認まで受付嬢の仕事なんですかね......面倒臭い......」
ミュレナのぼやきにセオドア達は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「ミュレナさんのような優秀な人が確認する必要があるからではないでしょうか?」
セオドアがそういうとミュレナはじとりとセオドアに視線を向ける。
「ナンパですか?」
「え?」
「困るんですよね。女と見れば煽てれば靡くと思っている冒険者は山ほどいるんですから。もう、そういうのはいいですよ」
ミュレナの返答にセオドアは再び「え?」と間抜けな声を上げる。
「セオドア......」
フィオナが信じれないと言った視線をセオドアに向ける。
「セオドア君にもそんな下心あったんだね......」
「いやいやいや。セオドア氏も男の子ですから」
ノエルとセリカが珍しいものを見るかのようにセオドアを見る。
「ち、違いますよ!社交辞令ですよ!」
セオドアがブンブンと首を横に振る。ドランが黙ってセオドアの肩に手を置いた。
「ドランさんはどっちの味方ですか......?」
セオドアは顔を引き攣らせる。
「査定が終わりました。第一階層フロアボスグラバルの討伐を確認しました。素材の納品も問題ありません。お疲れ様でした。こちらが報酬と踏破証明になります」
ミュレナは淡々と作業を終わらせて、報酬と踏破証明を発行した。
(この人の所為であらぬ疑いをかけられてるのに......仕事は早いんですね......)
「ど、どうも......」
セオドアが報酬を受け取っているとギルド長のヴェロニカが階段から降りてきた。
「おぉ!ブックメーカーじゃないか!ダンジョンの攻略の首尾はどうだ?」
ずんずんとセオドアに近寄ると乱暴にセオドアの背中を叩く。
「お、お陰様で第一階層のフロアボスの討伐は完了しました」
「そうかいそうかい!プラチナ並みって話のお前なら当たり前か!」
そういうと「ガハハハ」と豪快な笑い声を上げる。
「そういや、今日お前んとこの従業員が冒険の書を仕入れて行ってな。すでに新人冒険者には数冊売れてるそうだ。な、ミュレナ?」
「はい。大変迷惑なことに販売業務までさせられる羽目になりました」
ミュレナは迷惑そうな表情を浮かべる。
「本当ですか!さすがマックスさん
「嘆かわしいことに初級編は初心者冒険者に五冊売れています。内容の正確性と読みやすさが良いとのことでした」
「評判もいいってことね!」
フィオナの問いにミュレナは頷く。
「はい。このままでは私の仕事量が増えてしまうのではないかと本当に危惧しています」
「やったじゃん!初日でフロアボス倒して、冒険の書も売れ始めてる!」
ノエルが嬉しそうに笑う。
セオドアも、微笑を浮かべながら小さく頷いた。
(これで、ルーメンベルでもアトラス商会の第一歩が踏み出せた……)
ギルドという信頼のある販売ルートを通じて、冒険の書は確かに届き始めている。セオドアの胸に、わずかな手応えが芽生えた。
「では、私は山のように事務仕事が残っていますので、ギルド長共々散っていただいてもよろしいでしょうか?迷惑です」
ミュレナはため息混じりに言い放つ。
「ガハハハ!ミュレナ!お前は本当にジョークがうまい奴だな!じゃあ今後も期待してるぞ、ブックメーカー!」
ヴェロニカは豪快に笑いながら、ギルドの奥に消えていった。
「僕たちもミュレナさんの邪魔にならないように行きますか」
「セオドア......またミュレナに気を遣って......まさか本当に気があるとかじゃないわよね?」
「もう違いますって!」
無表情なまま業務を続けるミュレナを背にセオドアたちはギルドを後にした。
ギルドでの報告を終えたセオドアたちは、ルーメンベルの街中にあるアトラス商会の事務所に戻っていた。
事務所の奥、会議室にて。
テーブルの上には、グラバルの戦闘データや回収した素材の記録、セオドアがまとめた戦術メモが並べられていた。
「ふぅ……ようやくまとめ終わったね〜!」
ノエルが椅子に背を預けて大きく伸びをする。
「いつもながらセオドアがよく観察していたお陰だねー、ありがとうー」
フィオナがまとめた情報に目を通しながらセオドアを労う。
「第一階層はこれからダンジョンを攻略するにあたって何度も往復すると思いますからね。できるだけ体力を使わない様に攻略して行けるように情報は必要ですからね」
「汎用性のある戦い方があれば冒険の書として売り出しやすいですから、この調子でお願いしますね、みなさん」
マックスがまとめた情報を確認しながら声をかける。
和やかな空気の中、セリカが何かを手に会議室へ入ってくる。
「みなさん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、セリカさん」
「次は第二階層に挑む予定なんですよね?」
「はい。明日はそのつもりです」
セオドアが頷く。
「事前に集めていた情報によると第二階層《滴る迷路》は地形はかなり複雑で広大だそうです。水脈が一階層と二階層の間に通っているそうで、天井から水が滴っているそうです」
セオドアの言葉にみんなは頷く。
「そこで私の出番ですね!」
セリカが笑みを浮かべると抱えていた、何かを机の上に置いた。
「頼まれていた物を作ってみました」
セリカが取り出したのは、木製のかんじきだった。
「これは底部に滑り止めを付けてあって、沼地でも足を取られずに移動できます」
「おお〜!さすがセリカ!」
「セリカちゃんと初めて会った沼地でもつけてた奴だね!」
「そうです!ただ、私の手作りだとドラン氏の鎧の重さに耐えられるかわからなかったので、ドラン氏のかんじきは加工屋に作成をお願いしていますので、明日受け取って下さいね」
「......助かる」
ドランはセリカに小さく頭を下げる。
「ありがとうございます、セリカさん!これでぬかるみにも足を取られずに進むことができると思います」
「いやいやいや、私ができるのはこれくらいしかなくて申し訳ないくらいです......」
その言葉に空気が少しだけ重くなる。誰もがセリカの気持ちに気づいていたが、簡単な言葉では返せなかった。
ダンジョン探索にランクが足りず参加できない事に責任を感じている様子に他のメンバーは顔を見合わせる。
すると、マックスが口を開いた。
「セリカ記録係。私も同じ気持ちですよ。命懸けで戦っているセオドア代表達とは違って、安全な街で商いをやっているだけですから......」
マックスの言葉にセリカが顔を上げる。
「マックス氏......」
マックスは笑みを浮かべると言葉を続けた。
「ただ。私にはセオドア代表達では逆立ちをしても到底成し得ない商いをやっているつもりです」
その言葉にフィオナが顔を引き攣らせる。
「言葉のあやです。深く取らないでください」
マックスは薄ら笑いを浮かべながら念を押した。
「人にはそれぞれ、向き不向きがあるのです。私は剣を持ちモンスターに立ち向かう腕力はありません。しかし、私の戦う相手はモンスターでも、私の持つ武器は剣でも腕力でもありません」
少しだけ真剣な色を帯びた目で、一同を見渡す。
「私の武器は、言葉と数字と信用です。市場の流れを読み、正しい相手に正しい物を届け、信頼を勝ち取る。人の心と財布を動かせれば、それは一種の戦果です」
誰も言葉を挟まなかった。
「セリカ記録係。あなたが記した素材や鉱石の詳細な特徴と特性。フィールドワークを経験して得た装備の創意工夫。それはこの場の誰にも真似ができないあなただけの戦い方なのですよ」
マックスの言葉に、セリカがはっと息を呑んだ。
「……私の記録も、役に立てるんですね」
セリカの声は小さかったが、誰もがその想いのこもった言葉を聞き取っていた。
「もちろんです、セリカさん」
セオドアが優しく頷く。
「回収素材の耐性や用途を判断できたのはセリカさんの知識あってこそです」
「うんうん!あたし、セリカちゃんの薬草の知識がなかったら、ルーメンベルにつくまでずっと吐きっぱなしだっただろうし、いつも助かってるよ」
ノエルが笑いながらも、心からの感謝を込めて言う。
「……いつも助かってる」
ドランは短く、だが確かに言葉を贈った。
「セリカ、私たちのことを見て、考えて、手を動かしてくれるのよね。戦場には立ってなくても、背中を預けられる仲間よ」
フィオナがふっと微笑みながら肩をすくめる。
「ありがとう、セリカ」
セリカは、一瞬ぽかんと仲間たちの顔を見渡していたが――
すぐに目元が緩み、静かに、けれどしっかりと頷いた。
「……はい。みなさん。ありがとうございます!」
その声に、誰もが微笑んだ。
しばらくしてセオドア達は第二階層の攻略について作戦を立て始める。
「まず、明日は今日同様、第一階層の攻略から始めます」
「行動を制限される気がして気が引けるのだけど、クロー・リングの行進だとかいうのには巻き込まれたくないわね」
「本当だよ〜」
「そうですね。あの時は殆どクローリングの冒険者達でしたから、時間帯をずらして挑む事にしましょう。またモンスターの大群の相手をさせられては体力が無駄に削られますからね」
「賛成〜!」
「僕たちには、僕たちのやるべきことがあります。明日は、情報の取得を第一に。戦闘は無理をせず、状況をよく見て判断しましょう」
「了解!」
「......任された」
「全力でサポートするよ!」
仲間たちの声が、事務所の会議室に響いた。
ブックメーカーは明日、さらなる深層へと挑む。




