第六話 黒豹再び【2/2】
満面の笑みを浮かべるザガンに「げ!」とフィオナは顔を引き攣らせる。
ザガンは軽い足取りで、フィオナに近寄ろうとする。
「こんなダンジョンの中で再開できるとはまさに運命的だ!やはり君と俺は運命の......」
気怠げな口調に反して、その動きも気配も鋭い。セオドアは無意識に警戒を強め、フィオナとザガンの間に割り込む。
「……何のつもりですか。僕たちの戦闘に勝手に割り込んで」
セオドアが静かに問いかけるが、ザガンはまるで聞いちゃいない。
その目はただ――フィオナを見ていた。
「いや〜寝坊して、行進に乗り遅れちまったかいがあるってもんだ!これもまた運命!」
「……は?」
「これは神の導きというやつだ!」
フィオナは矢を構えたまま、困惑を隠さずに言った。
「セオドア、こいつもモンスターとして処理しとく?」
「いやいや、それは流石に......」
セオドアは苦笑を浮かべる。
「でも!寝坊のご褒美に君と再会できたなら万々歳だ。ねえ、俺と結婚してよ」
「はい、お断り」
秒で拒絶された。
「早い!冷たい!そこがまた素敵だ!」
ザガンが口元を緩めたまま、ようやくセオドアの方に視線を向けた。
「それより、セオドアの質問に答えてくれる?」
「ん?あぁ......えらく時間が掛かってたんで、つい手が出ちまった。もちろんあんたらの獲物だ、素材をよこせとはいわねぇよ」
ザガンはそう言って、悪気のない笑顔をセオドアに向ける。
「時間をかけていたのはモンスターの情報を収集していたからよ!」
「モンスターの情報を収集?なんでそんな事を?まさか情報市で売るのか?」
「違うわよ。私達はブックメーカーって冒険者パーティーとアトラス商会って商会を兼業しているのよ。情報を集めて冒険の書を作ってるのよ」
「アトラス商会......冒険の書......?確か、ボルドさんがそんな事を言っていたような気がするな」
「ボルド?」
「あぁ、ボルドさんは俺の所属するクラン、クロー・リングのクランマスターさ。確か......ギルドで情報をまとめた本が販売され始めたって言ってたな。あれはレディ達の商売か」
「そういう事」
「じゃあ......情報市でダンジョンの情報を斡旋している俺らのクランとは商売敵......って事か」
ザガンはそういうと鋭い眼差しをセオドアに向ける。
「そういう事になりますね」
セオドアは冷静に答えながら、彼の目的を探る。ザガンとセオドアの一瞬の睨み合い。
するとザガンが吹き出した。
「おいおいおい!そう怖い顔しなさんなって!別に商売敵だからって取って食おうってわけじゃねぇよ」
「......」
「おい、坊主。確か......セオドアとか言ったな?」
「はい。あなたはザガンさんでしたね」
「どうだ。坊主のパーティーごと俺らのクランクロー・リングに入らないか?」
「クロー・リングに僕らを?」
「こう見えても俺は副クランマスターを務めてる!俺の独断でクラン入りさせられるって事だ!情報を取り扱っているのならこの街で一番幅のきく俺らのクランに入るべきだ」
「は?なんであんたのクランに入らなきゃならないのよ!」
「そりゃあ、このルーメンベルのダンジョン攻略に王手を掛けているのが俺らのクランだからさ。ダンジョンの情報は俺らのクランに集まってくる。あんたらに取っても悪い話じゃないだろう」
「ダンジョン攻略に王手を掛けている?」
セオドアはザガンに問いかける。
「ウチのクランマスターはボルドってそりゃあ、強い冒険者でな。ランクはミスリルランクだ。もう何十年もこのダンジョンの攻略に生涯を捧げてるすっごい男だ!このダンジョンをいずれ、踏破するのはウチのクランマスターだ」
「ミスリルランク冒険者......」
ミスリルランク冒険者という未知のランクにセオドア達は衝撃を受ける。
「あぁ、ミスリルともなれば、王都からお声が掛かるもんだが、ボルドさんはその誘いを断ってまでもこの街に残りダンジョンを攻略している」
「ミスリルランク冒険者でもこのダンジョンを攻略できていないのですか?」
「あぁ......あの人は何度も挑んで何度も仲間や大事なものを失っている......俺がクラン入りしてから副クランリーダーとなった今でも俺が成長するまで、五階層のフロアボス攻略を待ってくれている......本当に尊敬できる男だ」
「そんな人がクロー・リングのクランマスター......」
「どうだ、今すぐにクラン入りしろとは言わない。ただボルドさんに会ってから判断してくれても構わない!」
ザガンの誘いにフィオナが疑問を投げかける。
「なんで、そんな攻略に賭けているクランが情報の斡旋なんてやってるのよ」
「そりゃあ、資金調達の為だ。第五階層への遠征へとなれば、資金がいくらあっても足りないくらいだからな。ダンジョンに潜って得られる情報で更に金が稼げるのなら一石二鳥って奴だからな」
ザガンは豪快に笑う。
「なぁどうだ。セオドア!一緒にボルドさんを支えようじゃないか!」
ザガンはそう言ってセオドアへと手を差し出した。
セオドアはザガンより差し出された手をじっと見つめる。しばらくの沈黙のあとセオドアは口を開いた。
「嬉しいお誘いですが、僕たちブックメーカーの目標は冒険の書を作る事です。申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
セオドアは頭を深々と下げる。
「そうか......残念だが、冒険者ってのは自由が売りだからな......強制はできないってこった」
ザガンは落ち込んだように尻尾を下げた。
「じゃあ次に会うときは――情報屋同士、商売敵としてだな」
ザガンはニヤリと笑みを浮かべる。
その時、広間の先から冒険者パーティーが1組姿を見せた。
「あぁー!ザガンさん!何やってんですか!」
疲れた様子の冒険者パーティーはザガンを見つけて声をかけた。
「おぉー!お前ら!悪い寝坊した!」
ザガンは悪びれる様子もなく笑顔を見せた。
「まったく!クランマスター達はもう第三階層に潜って行きましたよ!俺らは素材の情報を手に入れたんで地上に帰りますからね!」
むくれた冒険者にお叱りを受けたザガンは大きく頷いた。
「そうか!第三階層までなら一走りだ!」
「頼みますよ!」
「あぁすぐいく!」
そう言って、もう一度だけフィオナの方を見て――
「クラン入りは断られちまったけど君との再会は運命だったと思うことにするよ。待っててね、次は指輪を持ってくるから!」
「持ってきても捨てるけど」
「それもまたよし!」
ザガンは愉快そうに笑い、岩壁を蹴って姿を消した。
洞窟に再び静寂が戻る。
「……とんでもないのに目をつけられたわね、私」
「……お疲れ様です」
「それにしてもクラン入り断ってよかったの?」
ノエルがセオドアに問いかける。
「あんな奴がいるようなクランに入るわけないでしょ」
フィオナが否定する。
「まぁ、感情に素直な方ってわけで悪い人じゃなさそうですね」
「まぁそれは確かにそうだけども......」
「勿論、クラン入りにメリットもあります。ボルドさんというクランマスターもあのザガンさんが認めているような人ですからすごい人なんでしょう。
けれど、どうしても大きなクランに入ってしまうと僕たちの考えや目標に制限ができてしまいますからね」
ノエルはセオドアの返答に笑みを浮かべた。
「それじゃあ、僕たちもこのモンスターの素材を回収してから地上に戻りましょうか?」
「そうね」
「......あぁ」
「じゃあ、ダンジョン攻略の初日は大成功っだね!」
「はい!」
グラバルの巨体を解体し、素材の回収を終えた頃には、広間にこもっていた熱気も薄らいでいた。
洞窟を戻る道すがら、ノエルが何度も振り返って言った。
「はぁ~……初日から濃かったねえ……」
「あのモンスターの咆哮、耳に残ってるわ。頭蓋が揺れる感じ。しばらく夢に出そう」
「モンスターの名前はギルドに帰ってからミュレナさんに聞いてみましょう」
「あのやつれた受付嬢ね......」
フィオナは肩を回しながら冗談めかして呟くが、確かにその戦闘は、並みの冒険者では命を落としかねないほどの激しさだった。
ドランは無言で歩いていたが、その盾には何本もの爪痕が残っていた。
「それでも、皆で帰ってこられたのが何よりです」
セオドアは一歩後ろを歩きながら、皆の背中を見つめていた。
――そして、情報も集まった。グラバルの戦術、行動パターン、弱点……すべて。
(これで、冒険の書に記すべき内容は整った)
彼の胸の内には、確かな手応えと、今後の展望が芽生えていた。
やがて、第一階層の入り口に差し掛かる。
石造りのアーチをくぐった瞬間、差し込む外光にノエルが目を細めた。
「うわ、まぶしっ。やっぱ太陽って偉大だよね!」
「外に出た瞬間、妙に空気がおいしく感じるのはなぜかしら……」
フィオナが冗談めかして笑う。
緊張が解けた空気の中、一行は笑いながら街道を歩き出す。
「みなさーん!」
街道の先でセリカが手を振っているのが見えた。
「セリカさん!」
「皆さん!無事で何よりです!」
セリカに出迎えられたブックメーカーの一同はルーメンベルの鐘がを鳴り響く帰路に着いた。
こうして、ブックメーカーのダンジョン初日は、無事に幕を下ろしたのだった。




