第五話 ”鉤爪の環“の行進【1/2】
第五話
朝の鐘がルーメンベルの街に響く頃、アトラス商会の面々は新事務所を出発した。
「留守は任せて下さい。それではみなさんお気をつけて行ってらっしゃいませ」
マックスに見送られながら、セオドア、フィオナ、ドラン、ノエル、セリカの五人は歩き始めた。
目指すは、街の中心――かつて魔王戦争時代に突如として出現し、以来二百五十年の時を経てなお冒険者を惹きつけてやまない迷宮《迷鐘の洞》、通称“ルーメンベル・ダンジョン”。
ダンジョンの入り口付近に到着したセオドアたちは思わず息を呑んだ。
「やっぱりすごい人の数ね……」
石畳を踏みしめながら、フィオナが驚きを押し殺したように呟く。
ダンジョン前には、今まさに潜ろうとしている冒険者たちが集い、装備の確認や最後の打ち合わせに余念がない。
気を張った表情のベテランたちに、緊張と興奮の入り混じった若者たち。その全てが“挑む者”の顔をしていた。
「まるで祭りの広場みたい。全員ダンジョンに入るの〜?」
ノエルが目をぱちくりさせて、カラフルな装備に身を包んだ冒険者たちを見渡す。
それもそのはずだった。
今やルーメンベルにおける冒険者活動の大部分は、このダンジョンを中心に回っていると言っても過言ではない。ダンジョン内で得られる素材、鉱石、魔石、時に伝説級のアイテム。
それらを目指し、全国から冒険者が集まってくるのだ。
セオドアたちが視線を向けた先には、十数人の冒険者がまとまって円を描き、周囲の喧騒とは無縁の落ち着いた様子で話し込んでいる姿があった。
それは――《鋭爪の環》の冒険者たち。
獣人族を中心に構成された、情報斡旋と探索能力に特化した冒険者クラン。その統率ぶりは一目でわかった。
「そっちのパーティーは3階層まで突っ走れ。今日の素材の状態がわかったら2階層に戻って、伝令役に情報を伝えろ。その後はモンスターの状態を見てまた報告しに戻れ」
「お前らはモンスターの出現状態を確認したらすぐに地上に戻って報告しろ」
フィオナが呟く。
「……朝イチで潜って得た情報をそのまま情報市で売るのね......」
「......そうですね。統率力も高そうです」
セオドアがポツリと呟く。
クロー・リングの冒険者たちは、それぞれがどの階層を担当するか、どの時間帯に潜るかなどを明確に分担していた。
情報収集を目的とした組織的な動き。彼らは既に“ダンジョンを制している”存在なのだと痛感させられる。
「どうする?見てるだけで萎えそうなんだけど……」
ノエルが気圧されたように言うと、セリカが笑ってフォローした。
「いやいやいや......彼らは彼ら、私たちは私たちの方法で戦うしかありませんよ」
「……そうですね」
セオドアは深く息を吸い込むと、いつものように仲間たちに向けて言葉を発した。
「皆さん、準備はいいですか?」
「ばっちりよ。弓も矢も、弦の調整も万全」
フィオナが背中の弓を軽く叩く。
「私も大丈夫。精霊さんたちも“初めての場所”にワクワクしてるみたい」
ノエルは杖を撫でながら微笑む。
「......問題ない」
ドランが短く言った。
「ではみなさん......気をつけて行ってきて下さい......私は外で素材の情報を集めておきますので」
セリカが控えめに手を振った。
「はい、お見送りありがとうございます、セリカさん」
仲間たちは頷き合い、ダンジョンの入口――巨大な鐘を模した石門の前に立つ。
石門の下には、深く暗い洞がぽっかりと口を開けていた。
「……ここが、“迷鐘の洞”」
セオドアが思わず息を呑む。
その瞬間、足元の大地がかすかに振動した。
ごぉん……。
鐘のような音が、洞の奥から鳴り響く。誰かが鳴らしたわけでもない、自然に響き渡るその音は、まるで迷宮そのものが呼吸しているかのようだった。
「これは……」
「……迷宮の鼓動」
ドランが重々しく呟く。
「気を引き締めていきましょう。今日の目的は、第一階層の様子見です。一応、ギルドからの依頼で素材採取も引き受けて来ていますので、達成を目指しましょう」
セオドアは全員に目を配るように言い、最後にフィオナと目を合わせる。
フィオナは無言で頷いた。
「では皆さん......初ダンジョン探索――開始です!」
セオドアの号令とともに、アトラス商会の面々は“未知”へと足を踏み入れた。
「あんたら初めてか?」
後続に控えていた冒険者パーティーが突然声をかけて来た。
「はい。そうですが......」
ブックメーカーは顔を見合わせるとセオドアが答える。
「ったく、この時間帯はクロー・リングの行進の時間だ。出直しな」
声をかけて来た中年の冒険者は気だるそうに言い放つ。
「はぁ?クローリングの行進?そんな規則ないでしょ!」
フィオナが嫌悪感を露わにする。中年の冒険者はそれを鼻で笑う。
「はっ!死んでもしらねぇからな」
中年の冒険者はそういうと駆け足でセオドア達を追い抜いていく。後続の冒険者達もゾロゾロと何人もセオドア達を追い抜いていく。
「なになになに?」
その様子にノエルが驚いて声を上げる。フィオナがノエルの手を引いて道の端に寄せる。
冒険者の集団がダンジョンの入り口に傾れ込む、ざっと見た感じではその数は百を超えており、まさに行進であった。
「行進ってこれの事!?」
「何がクロー・リングの行進よ。こんな行進で死ぬことないでしょ」
フィオナが訝しげに見る。
「クラン全体でダンジョン攻略するとなると、ここまでの規模になるんですか......」
「戦争するわけじゃあるまいし、こんな人数投入したって狭くて身動き取れなくなるんじゃないの?」
「そうですね。僕たちも巻き添えにならない様に少し距離を空けておきますか」
「そうだな......」
セオドア達はクロー・リングの行進を見送ってしばらくしてから第一層へと足を踏み入れた。
迷鐘の洞――その名が示すように、迷宮の内部にはどこか鈍く、重たい“響き”が満ちていた。
セオドアたちは、慎重に足を踏み入れた。
「ここが第一階層...... 《静謐の洞》」
セオドアの小声が静かに反響する。
「かなり響きますね......」
「暗いけど、意外と視界は確保できてるわね……」
フィオナが周囲を見渡し、声を潜めて言った。
第一階層の内部は岩肌がむき出しの洞窟状で、あるが、周りには燐光苔という発光する苔が生えている為、真っ暗闇とまではいかなかった。
「わぁ……静かだね。さっきまであんなに騒がしかったのに」
ノエルがそっと呟く。
地上の喧騒がまるで嘘のように、迷宮の中は音が遮断されているが、自分達が立てる物音は大袈裟に響いている様であった。
「音で反応するモンスターが生息していますので物音は最小限に抑えましょう」
セオドアの忠告に、皆が小さく頷く。
「さっきの冒険者達はあんなに大人数でドタバタ入って行ったけど、モンスターに襲われたりしないのかしら?」
フィオナが小声でセオドアに話しかける。
「どうでしょうか......何か対策をとっているのかもしれませんね」
一行は慎重に足音を殺しながら進んだ。
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