第四話 迷宮前夜【2/2】
夕方――全員が再び事務所に戻る。
「それぞれ、収穫はどうでした?」
セオドアの問いかけに、ノエルだけが目を逸らした。
「……と、とても勉強になりました......」
その様子にセオドアはフィオナに静かに尋ねる。
「ノエルさんはどうしたんです?」
「偽情報とゴミを売りつけられてカモられたのよ」
「そうですか......」
セオドアは苦笑いを浮かべる。
夕暮れの陽が窓から差し込む中、アトラス商会の会議室には地図やメモ、薬草の見本、罠のスケッチなどが所狭しと並べられていた。
円卓の上に広げられたそれらを前に、セオドアが真剣な表情で整理を始める。
夜の静けさが事務所の会議室を包む中、アトラス商会の仲間たちは円卓を囲んでいた。明日の初ダンジョン挑戦を前に、情報の最終確認が始まろうとしている。
セオドアは卓上の地図を前に、全員の視線を確かめるように顔を上げた。
「それでは、明日のダンジョン探索に備えて、改めて全体の情報を整理しておきましょう。今回、僕たちが挑むのはルーメンベルの中心に存在する“迷鐘の洞”、通称“ルーメンベル・ダンジョン”です」
「名前は聞いてたけど、正式名称は知らなかったわ」とフィオナがつぶやく。
「このダンジョンは、約二百五十年前の“魔王戦争”時に出現したもので、古くから探索が続けられている迷宮です」
セオドアはみんなが頷いたのを確認すると説明を続けた。
「現在、情報が出回っているのは第五層までです。それより下は“未帰還領域”と呼ばれていて、プラチナランク以上の冒険者しか入ることができません」
「じゃあ、明日は一層だけってことですか?」とセリカが手を挙げる。
「はい。まずは《第一層:静謐の洞》に挑みます。ここは洞窟の環境だそうで、岩壁が多く、通路が狭く音が響きやすい構造になっています。音に反応する罠やモンスターが多いようなので、動きや声の出し方には十分注意しましょう」
「つまり、うっかり騒ぐとアウトってことね……ノエル、気をつけなさいよ?」
「えぇ〜!? わたし!? そんなドジしないし〜!」
ノエルが抗議の声をあげるが、全員の目が同時に彼女へ向くと、すぐに目を逸らした。
「ダンジョンの潜入資格は基本は冒険者ランクのスチール以上が求められます」
「とりあえずセオドアはゴールドで私、ノエル、ドランはシルバーランクだから入れるとして、セリカがアイアンだから入れないわね」
「いやー、私はそもそも戦闘向きじゃ無いですから、悪しからず。素材や鉱石の相談でしたら乗れますが......あ、あと装備の相談も乗りますよ」
「助かります。セリカさん。早速で申し訳ありませんが、以前セリカさんが沼地用に改造していたかんじきを人数分用意して欲しいです」
「あぁ!あれですか!いいですよ!沼地に行くご予定が?」
「はい。第二階層の環境が沼地になっているらしいです」
そう言って、セオドアは手帳のページをめくりながら読み上げていく。
「《第二層:滴る迷路》は、水路や湿地帯で構成された階層で、足元が不安定なうえに水棲モンスターが出現するとの事です」
「なるほどわかりました。かんじき用意しておきますね!」
「はい、よろしくお願いします」
セオドアは手帳に視線を戻す。
「続いて......《第三層:闇祀の殿》は、常に薄暗い構造で、光源がないとほとんど何も見え無い暗闇だそうです。幻覚系の罠も確認されています」
「アンデット系のモンスターが出るって、ギルドの依頼で見たわ」
「アンデット系は精霊さんたちも嫌がるんだよね〜」
「挑む前には聖水などの準備が必要ですね」
「......そうだな」
ドランが頷いた。
「次が《第四層:毒芽の谷》。毒性の強い植物や胞子が生い茂る層で、毒への対策が必須になります」
「毒消しの薬草がよく売れていたので他の冒険者も対策しているみたいですね」
セリカが呟く。
「はい。この階からシルバーランク以上である事が求められるので、難易度も高いことが伺えます」
「わかったわ」
フィオナが力強く頷く。
「そして......《第五層:残響の回廊》は、音や記憶に作用する特殊な罠や幻影が多く、精神的な耐性が求められるようです」
「精神系ですか......魔法か、そういう効能がある植物が自生している可能性もありますね」
セリカが考え込む様に呟く。
「まだ情報収集段階ですが、第五階層までとなると要求ランクもゴールド以上になるので情報も高値でやり取りされていましたので、はっきりとした情報はまだ手に入っていません」
「ゴールド以上......私達もランクアップの必要性が出てくるね」
ノエルが難しそうな顔をする。
「まぁ、私たちはスキルも習得している訳だし、モンスターの討伐数が稼げれば、ランクは自ずと上がるわ」
「そして......第六階層以降はプラチナランクが要求される為、情報は殆ど出回っていません」
「出現から250年も経ってるのに第五階層までの情報しか、出回ってないのね......」
「はい、それ以降の階層がどこまであるのか......勇者の装備があるという階層もまだはっきりとわかっていません」
セオドアの発言にフィオナが首を傾げる。
「それにしても勇者の装備があるって噂はどこからきたのかしら?」
フィオナの発言にみんなは顔を見合わせる。
「だってダンジョンで見つけた冒険者がいたのなら、自分で装備するか、国宝級の宝としてアストニア王国が保管していてもおかしく無いものよ」
フィオナの発言にセオドアは頷いた。
「確かにそうですね......もし本当にあるのなら......」
セオドアはゆっくりと瞬きをし、口を開いた。
「ハルトの手に渡って欲しいですね」
その言葉に全員が笑みを浮かべて頷いた。
「そうね。ハルトには50年後に魔王を倒して貰わなきゃいけないんだから、勇者の装備は彼にこそ相応しいと思うわ」
「......ああ」
「私達が見つけたら、ハルト君用に取っておこう!」
「そうですね」
「勇者ハルトの為って思えたらよりダンジョンの攻略のしがいがあるってものね!頑張りましょう!」
「はい!」
セオドアは笑顔で返事をする。
「では、これからのアトラス商会の目標を整理します。長期目標はダンジョン向けの冒険の書を完成、流通させること」
マックスの提案にみんなは頷く。
「その為に短期目標として、ブックメーカーの皆様には各階層のダンジョン攻略と情報収集をお願いします。その過程でランクアップも視野に入れておいて下さい」
「わかったわ!」
セオドアが地図の上に指を置くと、仲間たちは自然と背筋を伸ばした。
「未知の迷宮ではありますが、しっかりと準備し、焦らず進めば必ず成果は出せます。明日はよろしくお願いします」
皆が一斉に頷き、部屋には静かな決意の空気が満ちていた――。
その言葉に、全員が自然と姿勢を正す。
「ですが、この手探り感......なんだか懐かしくていいですね」
セオドアが口にすると、仲間たちもそれぞれに頷いた。
「さーて、明日はいよいよダンジョンに初潜入だー!!」
ノエルの言葉で、会議室の空気が少しだけ明るくなる。
こうして、アトラス商会の面々は“迷宮”という新たな舞台に、足を踏み入れる準備を整えた。
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