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  第三話 毒キノコと勇者【3/3】

 村の外れ――。


 夜が明けきる前の、霧が残る朝方。三人の影が、緩やかな坂道を登っていた。


「こっちだ」


 先導するベンジャミンの声は、いつになく低い。ハルトとエルダがその背に続く。


 小高い丘の上、石垣に囲まれた小さな墓地があった。風に揺れる草の香りと、花を供えた痕跡の残る静寂の空間。


「……ここって、墓地ですか?」


「そうだ。静かでいい場所だろう」


 ベンジャミンは、無言で一つの墓石の前に立った。


 ハルトもそれに倣って立ち止まり、石に刻まれた文字を見つめる。


 読めない......


「あぁ......ハルトは文字が読めなかったな。この墓石にはこう書いてある」


『セオドア』


『安らかなる旅路を』


『風の向こうに、冒険は続く――』


ハルトの目が見開かれる。


「……セオドアさんは……ここに、眠ってるんですか……?」


 沈黙が数秒続いた。


 エルダがため息をつき、髪をかき上げた。


「そう見せかけたのよ」


「えっ!? でも……墓が……」


 ハルトの視線が石碑とエルダの顔、ベンジャミンの顔を交互に行き来する。


 ベンジャミンが、苦笑交じりに口を開いた。


「五十年前に死を偽装したんだよ。だからこの墓にセオドアは眠ってねぇ」


「死を偽装......?何のために?」


「ハルト......お前の為だ」


「俺の為......?」


「セオドアはハルトが毒キノコを食べて死ぬ未来を変えたくてあのキノコの警告の石碑を立てようとセオドアは村でお願いしたそうだ。


しかし誰も耳を貸さなかった......親友である俺も含めて......」


 ベンジャミンはやりきれないような表情を浮かべる。


「だから石碑を残すように遺言を残して死んだ事にしたそうだ。そこのババァと一緒にな」


 ハルトはエルダの方を見る。


「セオドアが言うにはあんたの死を回避するまで何度もタイムループをしていたと言っていたわ」


「……!」


ハルトの喉が詰まる。


「……ループ……?」


「説明すると長くなるが……おそらく、ハルト......お前が死ぬと死を同期して同じ日を繰り返していたそうだ」


「……じゃあ、僕を助けるために……あの石碑を……?」


 ハルトの指がわずかに震える。


「そうだ。お前が毒キノコで死ぬ運命を何度も見て、どうにかして助けようとした。石碑に絵を刻み、文字を掘って、何度も、何度も死んだ」


「……そんな……」


「そしてようやく、五十年の時を超えてハルトがそれを見て、生き延びた。だから今、ここにいるんだ」


 エルダがぽつりと呟いた。


「まったく、迷惑な話よ」


 ハルトは、言葉もなく、ただ墓石を見つめていた。


 刻まれた名前と、別れの言葉。


 その背後には、数え切れない努力と犠牲と、誰かを助けたいという想いがあった。


「……セオドアさんって……どんな人だったんですか?」


 小さく漏れた問いに、ベンジャミンは墓の前にしゃがみ、目を細めた。


「最高の親友だ。真面目でやさしくて自分のことはいつも後回し。


それでも、最後には旅立っていった。未来を変えるためにな」


 ハルトはそっと目を閉じる。


 心の中で、まだ見ぬ“セオドア”という人物像が、静かに輪郭を持ち始めていた。


「……僕、会ってみたいです」


「そうだろうな。俺も、もう一度会いてぇよ」


 ベンジャミンの声は、かすかに震えていた。


 風が吹いた。


 草が揺れ、雲が流れる。


 セオドアの墓石の上に、朝の光が落ちていた。


 翌朝。村の井戸の水がまだ冷たい時間帯、ハルトは小さな荷袋を手に、村の門へと立っていた。


「王都を目指すのか?」


「はい。俺が召喚された勇者なのか、まだはっきりとしていませんからね」


「そうか。無理して立派なことはしなくていい。だが、セオドアが守った命だ。無駄に散らすような事はするんじゃねぇぞ」


 ベンジャミンは力強くハルトの肩を叩く。


「……はい」


 力強く頷く。


 短剣、簡素な革の防具、そして旅路用のクローク。それらを身に纏ったハルトにベンジャミンは旅立つ前のセオドアの姿を重ねる。


「食料と水、それに地図も入ってる。ウィンドミルまでは一週間はかかる。途中の村での補給を忘れるなよ」


 ベンジャミンが大きな手で荷袋を押し込みながら言った。


「……ありがとうございます」


 ハルトは頭を深く下げた。


 あの墓地で話を聞いた夜――自分が誰かに命をかけて助けられたという事実が、じわじわと心に染み込んできていた。


 そして、自分もまた“何かを残す旅”を始めるのだと、腹をくくった。


 そこへ、のっそりとエルダが現れた。


「ほら、これ持って行きなさい」


 そう言って、布を投げてよこす。


「少しだけど魔法を付与してるマントよ」


「俺が貰っていいんですか?」


「要らないなら返して」


「いえいえ!有り難く頂戴いたします!」


 そんなやり取りを見てベンジャミンが笑みを浮かべた。


「懐かしいな、なんだかセオドアを見送った日を思い出す」


「ノスタルジーだなんて、ガキンチョだったあんたも老けたもんね」


「ははは!五十年も経てばそりゃそうだ!」


「あの……ありがとうございます」


 受け取ると、エルダはくるりと背を向ける。


「ははっ……」


 ベンジャミンがふっと笑いながら、ハルトの背中を叩いた。


「行ってこい、ハルト。風に向かって歩け。“旅は戻らぬもの”だが、“始まり”でもあるんだ」


「はいっ!」


 草原へと続く一本道の、その向こうに――ウィンドミルの町が待っている。


 ハルトは、セオドアが踏み出した道をなぞるように、ゆっくりと歩き出した。


 背中に、小さな風が吹いた。


ベンジャミンとエルダはハルトを見送ると村へと戻っていく。


 墓地の前まで差し掛かったところでベンジャミンが墓地に誰かがいるのを見つける。


「お、誰かいるな......」


 エルダは不審そうに眉を吊り上げる。


「誰?村の人間じゃないみたいね......」


 二人は墓地に入るとその人影はセオドアの墓の前に立っているのがわかった。


「おい、お前さん。その墓に用か?」


 ベンジャミンがその人物に声をかける。


 しばらくしてその人物は振り返ると笑みを浮かべていた。


「お前さん......いや......まさか......」


 ベンジャミンは目を見開く。


 男が口を開いた。




「ただいま。ベンジャミン」

幕間は以上になります!


次回から第四章に入って行きますのでお楽しみに!


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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