第一話 冒険者フィオナ【1/3】
幕間
セオドアとフィオナが出会う前の話。
エルフの少女、フィオナは自由を求めてウィンドミルを訪れる。
冒険者 フィオナ
――風の町で、私は
春の風が丘を渡り、街道に沿って花の種を運んでいく。
大風車が廻るその町――ウィンドミルに、私は一人、やってきた。
「ここがウィンドミル......」
街のシンボルでもある大風車を見上げ、感嘆の声を漏らす。
森にはなかった大きな建造物や多くの人間が行き交う人々に圧倒される。
エルフとしては若すぎる私が、この町で冒険者になったのは、ただの気まぐれだった。
森を離れたいと思ったわけでも、故郷に嫌気がさしたわけでもない。
ただ――誰にも縛られず、誰にも頼らずに自由に世界で生きていける力が、欲しいと思ったから。
「エルフだ......」
街の通りを歩くと人々が長い耳を珍しそうに見る。
ウィンドミルは大きな街だけど、住んでいるには殆どが人間だった。
自分に向けられる物珍しそうな視線に早速嫌気がさす。
ウィンドミルの冒険者ギルドの扉をくぐっても、その視線はより一層強くなった様に感じた。
「おい、見ろよあれ......」
「エルフなんて珍しいな......」
冒険者の無骨な言葉に更に嫌気がさした。
苛立つ気持ちから受付での語気が荒くなる。
「冒険者登録をしたいのだけど!」
「......はい!ぼ、冒険者登録ですね!」
忙しなく受付のカウンターに現れたのは人間の女。慣れていないのか、動作ひとつひとつに迷いが見て取れる。
「あんた......大丈夫?」
「だ、大丈夫です!はい!で、ご用件は?」
「だから冒険者登録だって!」
「そ、そうでしたね!失礼致しました!」
じろりと受付嬢を見るも手一杯なのか、エルフの自分を見ても驚きもせず、ただ目の前の作業をこなそうとしていた。
「もしかして......初めてなの?」
「いえ!先輩達に教えてもらいながらならやった事ありますよ!」
「一人では......?」
ミアは自分の手元に視線を落とし、小さく拳を握った。
「……実は、今日が初めての一人立ちなんです」
少し、先が思いやられたけど、自分も冒険者登録は初めて......どこか同じ境遇の様に思えて安堵して、笑みを浮かべた。
「じゃあ私と一緒みたいなものね!ギルドに来るのは初めてなの、よろしくね!私はフィオナよ」
そう言って手を差し出す。
「フィオナ様......わ、私は受付のミアです!よろしくお願いします!」
ミアは私の手を取ると握手を交わした。
「フィオナ様なんて呼ばなくていいわよ。貴方の方が年上みたいだし」
ミアは少し表情を和らげた。
「では......フィオナさんとお呼びしますね」
少し緊張の取れたミアはゆっくりではあるも真剣に冒険者登録を進める。
「これで私も冒険者......」
ミアから受け取ったブロンズのギルドカードに目を落とす。
これが自由に生きていく為の切符の様に思えて笑みが溢れる。
ミアに連れられ、クエストボード前に案内される。
「こ、ここで依頼を張り出しているのでご自分にあった依頼を見つけて下さい!」
「へー色んな依頼があるのね。弓が活かせる依頼があればいいのだけど......」
「えっと......ウィンドミルが初めてでしたら、こちらのブロンズランク用の依頼からお選び頂いく事をお勧めします」
「風車の補修に商会ギルドの荷運び?雑用じゃない」
ミアは引き攣った様な笑みを浮かべた。
「そうですよね......」
「私、森でゴブリンくらいなら狩った事あるから討伐系の依頼でいいわよ」
自分の言葉にミアは困った様に笑顔を引き攣らせる。
「えぇ......先輩達からはまずはここの依頼を勧めする様に言われていまして......」
「なんで?」
「それはですね......えーと、街に慣れるまでは......街の中で依頼をこなして......街に慣れる為......です!」
ミアの辿々しい説明にため息をつく。
「歯切れ悪いわね」
「面目ありません......」
依頼書に視線を戻すもどれも街での依頼ばかり。
「けどあんまり人と関わりたくないのよ」
「どうしてですか?」
ミアの問いにため息をついて、自身の耳を見せつける。
「これよ......」
ミアはしばらく何のことかと首を傾げるも気付いた様に表情をハッとさせる。
「え、エルフ!?フィオナ様はエルフだったんですね!」
「今気づいたのね......どんだけ緊張してるのよ」
「すいません......」
ミアは依頼書に視線を戻すと一つの依頼書を指差した。
「では狩りの経験がおありでしたら......まずは、動物の毛皮の納品などの依頼ならどうでしょうか?」
「それじゃあ森でやってた事と変わらないけど......」
「登録後にすぐにモンスター討伐系の依頼はこちらも心配ですので、狩りができる事をはじめに証明頂けたら......安心して討伐依頼をお願いしようと思います......」
ミアの説明に少し考え込むもここはミアの顔を立てることにした。
「わかったわ。少しはミアの顔も立ててあげるわよ」
「ありがとうございます!」
依頼の受注を受けてギルドから出ようとしたその時ー。
「おぉ耳長がなんでこんなところにいやがる?迷子か?」
大きな身体の冒険者の男が目の前に立ちはだかった。男は嫌味な笑顔を見せた。
今思えば、あの男――ガストンは、新人いびりを趣味にしている最低の冒険者だった。
エルフを差別する様な発言にフィオナは眉を吊り上げる。
「何?おじさんがなんか用?」
フィオナは明らかな悪意に対して悪態をつく。
「あぁ?耳長は先輩に対する口の聞き方ってもんがなってねぇな......」
ガストンが詰め寄る。
「ちょっと!近寄らないでくれる? おじさん、口が……ほんっと臭うのよ」
フィオナがそう言うと周りの冒険者の何人かが堪えきれずに噴き出す。噴き出した冒険者をガストンは血走った目で睨みつける。
「耳長ってのは礼儀ってもんをしらねぇみたいだな......」
ガストンは拳を握って見せる。
その時ー、
二人の間にガストンにも負けず劣らずの長身の男が静かに割って入った。
「あぁ?なんだよドラン?何か文句あんのか?」
ドランと呼ばれた長身の男はただ黙って、ガストンを見据えた。
「......」
しばらくの沈黙が流れる。
「ハッ!冗談だよ、木偶の坊!」
ガストンはドランの肩をバンバンと叩くと、わざとらしく肩をぶつけてその場から立ち去る。
「せいぜい死なねぇ様に頑張るんだな、耳長」
ガストンは通り際に捨て台詞を吐き、「ふん」と鼻を鳴らして立ち去っていった。私はその背中に、思いきり中指を立ててやった。
「ほんと最低。人間の冒険者って、ああいうのがデフォなの?」
仲裁をしてくれたドランにそう声をかける。
「......」
ドランは黙って私を見据える。
「あんな奴、私一人でも大丈夫だったけど......助かったわ。ありがとう」
礼を言ってもドランはただ黙っていた。
なんなのこいつ、一言も話さないじゃない。
すると周りにいた冒険者の一人が声をかける。
「おい!ドラン!新人に構ってないで行くぞ!」
ドランはその呼びかけに黙って頷くとのそのそとその場を離れていった。
ドランという無口な男を見送ると自分も依頼をこなす為にギルドを後にした。
幕間を読んで頂きありがとうございます。
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。
次回もどうぞよろしくお願いします。




