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 第二十一話 裏切り者【2/2】

 冒険者ギルドの一角――。


 朝の喧噪が落ち着いた時間帯、奥の薄暗いテーブルに、バルトは一人、黙して座っていた。


 その背中には近寄りがたい威圧感がある。だが、セオドアはためらわず、その空間へと足を踏み入れた。


 瞬間、周囲の空気が変わる。


 バルトの周囲に座っていた者たち――反対派メンバーが、無言で立ち上がり、セオドアの行く手を阻む。


「ここはテメーが来るところじゃねぇぞ」


 鋭い視線、重たい空気。だが、セオドアはその中を、まっすぐ歩いた。


「バルトさんと話がしたいだけです。通してください」


「バルトさんと話がしてぇだと?」


「下がれ」


 バルトが低く一言だけ放つと、男たちは渋々と身を引いた。空いた隙間を通り抜け、セオドアはテーブルの前に立つ。


「バルトさん」


「……ルーキーがなんの用だ」


 その声音には警戒と威圧が混じっていた。


「話したいんです。……場所を変えてもらえませんか?」


 バルトは黙ってセオドアを見据えた。その瞳の奥に、一瞬だけ揺れる何かがあった。


「……ついて来い」


 



 人気のない廃倉庫跡。


 陽が傾き始めた頃、埃っぽい床に足音が二つ、規則的に響く。


 バルトは腕を組んだまま立ち止まり、背を向けたまま口を開いた。


「さて。話とやらを聞かせてもらおうか……」


「冒険の書を認めては頂けないでしょうか」


 セオドアは頭を深々と下げた。


 バルトは身じろぎもせず、冷たい視線でセオドアを見つめた。


「冒険の書……何故、私に許可を求める」


「それは……あなたが冒険の書をよく思っていないからです……」


「私が反対派だと言いたいのか?」


「はい……」


「……誰からそんな事を聞いたか知らんが、私には関係のない事だ」


「いえ……あなたは僕たちを殺してでも、冒険の書の制作を止めようとしていました」


 その一言に、場の空気が張り詰める。


「……証拠でもあるのか?」


「証拠はありません。けれど、確信しています」


 バルトの瞳がわずかに細められた。


「ではお前は、自分を殺そうとしている者の前に、承知の上で立っているというのか?」


「はい」


「ならば――殺されても文句は言うまいな」


 その瞬間、バルトの足元に影が広がった。


 刹那、姿が掻き消える。


 セオドアは即座に斧を引き抜き、背後に迫る殺気を感じ取って振り向く。鋼がぶつかり火花を散らす。


 バルトの剣が、鋭くセオドアの斧にぶつかった。


 予想を超える応答に、バルトの目が驚愕に見開かれる。


「ほぅ……私の攻撃を受けてもなお、顔色一つ変えぬとな……」


「バルトさん……僕はあなたと戦うために来たわけではありません。どうか話を聞いてください」


「腑抜けた事を!私はお前を殺そうとしているのだぞ!!」


 バルトが吠えるように剣を振り上げる。


 セオドアの瞳が細められ、悲しみの色が宿る。


 その身体から、ふわりと火の粉が舞い始める。やがてその魔力は、揺らめく炎のように全身を包んだ。


 バルトの目に、明らかな驚きが走る。


(これは……スキル……しかもただのスキルではない……)


「やるではないか!ルーキー!!」


「《重撃解放》!!」


「《心身活性〈ブレイン・ブースト〉》!!」


 二人のスキルが激突し、周囲に衝撃波が走る。


 鍔迫り合いとなる中、バルトの顔に歓喜の色が浮かんだ――だが次の瞬間、セオドアを包んでいた魔力が、ゆっくりと霧散していく。


「……何をしている?」


「僕は……あなたと戦いたくありません」


「まだ言うか!!」


 バルトは怒りのままに剣を振り抜いた。セオドアは斧で受けるも、亀裂が走り、吹き飛ばされた。


 それでも、立ち上がる。


「冒険の書を反対しているだと?ああ、そうだ!あんなものは破滅の始まりだ!!私がお前の幻想ごと打ち砕いてやろう!!さあ!構えろ!!何かを成したいのなら力ずくでねじ伏せろ!!」


 セオドアは静かに首を横に振った。


 そして斧を両手で掲げ――柄を、力強く折った。


「……何を……?」


「僕はあなたとは戦いません」


 折れた斧を、静かに地面に置く。


「貴様!何故だ!!スキルを習得し、昇華させることにも成功しているお前が!何故戦わない!!邪魔な者は、その力でねじ伏せたらいいだろう!!」


「そんなことをしても、あなたも……リオ君も救えません」


「リオ……だと?」


 バルトの目が鋭くなる。


 次の瞬間、影から跳ねるようにしてバルトがセオドアの背後を取ると、拳を振り抜いた。強烈な一撃がセオドアの顔面に叩き込まれる。


「息子の......リオの名前を出せば、私を脅せるとでも思ったか!!」


 殴られたセオドアは床に転がるが、すぐに身を起こして叫ぶ。


「僕があなたを倒したとしても、リオ君はどうなるんですか!!」


 バルトが襟元を掴み、睨みつける。


「勝者の様な口振りはよせ!敗者の家族など、気にして戦場に立ってなどいられるか!!」


「ここは戦場じゃありません!! 冒険者は仲間です! 仲間の家族を思いやって、何が悪いんですか!!」


 バルトの手が止まる。


 その言葉は、かつてのアルトの言葉に酷似していた。


『冒険者はみんな仲間だろ?』


 遠い昔、夕暮れの野営地で、笑いながら言った言葉。


「くっ......!」


 バルトは額に汗を滲ませ言葉を詰まらせる。


「私は......認めないぞ......冒険の書など......!」


「冒険の書は......誰かを......大勢の命を救えるんです!」


 セオドアの言葉にバルトは過去を想起させられる。


『モンスターの大群が街に向かってるだと?』


 若き日のバルトはすぐに戦闘の準備を始める。すると仲間の一人、アルトがバルトを引き止めた。


『そのモンスターなら俺たちはよく知っているだろ。他の冒険者達にも教えよう!』


 真っ直ぐな目をしたアルトの言葉にバルトは少し戸惑った様子を見せる。


『俺たちが必死に集めた情報だぞ?いいのか?』


 バルトの言葉にアルトは満面の笑みを浮かべた。


『その情報でみんなが救えるなら本望だろ?』



 呼吸ができなくなっていたセオドアが苦しそうな声を上げる。


 我に返ったバルトは咄嗟にセオドアの襟元から手を離す。地面に倒れ込んだセオドアは咳き込む。


 バルトは動揺した様にただ咳き込むセオドアを見下ろす。


「セオドア!!!」


 二人の後方から声が聞こえた。


 バルトは振り向いた先にかつての仲間であった他の四人の姿が見え驚いた様に目を見開く。


 しかし、そこにいたのはかつての仲間達ではなく、フィオナ、ドラン、ノエル、セリカ、マックスのアトラス商会の面々であった。


「セオドア!」


 五人はバルトの横を通り過ぎ、セオドアを抱え起こす。


 その光景にもバルトはいつかの仲間達の姿を重ねる。


「セオドア代表。探しましたよ」


「皆さんどうしてここに......?」


「セオドアがいつまで経っても帰ってこないからミアに聞いたらバルトと一緒にギルドを出ていったって!」


「喧嘩してたの〜?」


「いやいやいや......喧嘩ってもんじゃないでしょう......」


 セリカは周りの争った形跡を怯える様に見渡す。


「いえ、ただの話し合いですよ」


「......嘘だ」


 ドランが呟く。


「そうだ!そうだ!」


 ドランの呟きにノエルは同調し声を上げる。


 殺伐としていた雰囲気は一気に騒々しくなる。


 バルトには再び、かつての仲間の姿が重なる。


『アルト、またヘマしたのか?』


 へたり込むアルトを他の四人で囲い、助け起こす。


『へへへ、悪いなみんな〜』


 そう言って無邪気な笑顔を見せるアルトとかつての仲間達......


 瞬きをするとそこにはセオドアを心配する仲間達の姿がある。


(彼らもまた、あの時の自分達の様に......)


 バルトは剣を拾い上げて鞘に収め、その場から立ち去ろうと後ろを向く。


「興が醒めた......」


 そう言い残し去っていくバルトに気がついたセオドアはバルトを呼び止める。


「バルトさん!」


 バルトはこちらを振り向くことなく立ち止まると一言を発した。


「好きにしろ......」


 そう言い残しバルトはその場を去っていった。


バルトの背が廃倉庫の陰に消えていく。


 セオドアはその姿をただ見つめていた。


 ──好きにしろ。


 その言葉が、承諾だったのか、投げやりな放棄だったのか、それとも……


 答えは、ない。


「……成功したんでしょうか、僕は……」


 誰にともなく呟いた言葉は、埃の匂いに溶けて消えた。


 力なく握りしめていた拳をほどき、セオドアはその場にへたりと腰を下ろす。地面の冷たさが背中を伝い、ようやく呼吸が整っていく。


 フィオナたちは、そっと距離を置いたまま何も言わずに見守ってくれていた。


 バルトさんの“好きにしろ”が……どんな意味だったのか、正直……今の僕にはわからない......


 バルトの拳の痛みも、殴られた痕も、今となってはかすかだった。


 だが、彼の心に灯ったかもしれない“何か”――それが本当に希望なのか、それとも絶望の延長線なのかは、誰にもわからない。


 ……でも、それでも。もう一度信じてみたいんです。バルトさんが誰かを救う未来を……


 立ち上がったセオドアは、折れた斧の柄を拾い上げた。


 ひどくひしゃげていたが、その重さだけは確かに、自分の選んだ“覚悟”を物語っていた。


 足元には、微かに傾いた陽が差し込んでいた。


 淡い光が射し込むその中で、セオドアは小さく息を吐き出す。


 彼の胸には、成功とも失敗ともつかない重みが残ったまま――それでも、次の一歩を踏み出そうとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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