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 第十五話 君のために何度でも【2/2】

翌朝。


 新事務所の裏庭には、魔力を帯びた風が微かに渦巻いていた。


「……その感覚だよ〜、フィオナ!もっと“ぐわぁ〜”って力入れて!」


「わかんないわよっ!!“ぐわぁ〜”って何よ!もっと具体的に言いなさいよ!」


 ノエルは頬に手を当てて、うーんと唸る。


「じゃあ“ぶぉ〜”ってカンジ?」


「な“ぁ〜!!!」


 フィオナはノエルの抽象的な助言に怒って地団駄を踏む。


「身体の真ん中になんか“メラメラ〜”って感じて、身体中に”ぬぅわぁ〜“ってやるの!」


「だからもっと具体的に言いなさいよー!!」


 その脇では、ドランが両手を広げ、じっと何かと向き合っていた。


「……流れている。内側を……熱が……」


「ドランいい感じだねー!」


 ノエルは満面の笑みで二人を見守る。


 最初こそ感覚の掴めなかった魔力操作であったが、二人は徐々にではあるがコツを掴み始めていた。


 やがて、ドランが大地を踏み鳴らして声をあげる。


「......模擬戦だ」


「待ってわよ!」


 フィオナが笑顔で弓を構える。


 模擬戦――それは、魔力を乗せて実戦の動きを試す訓練。


 二人の武器が魔力の気配を帯びる。動きの一つ一つが、昨日までとはまるで違っていた。


 新事務所の窓辺。


 そこから一部始終を見ていたセオドアは、黙ったまま二人の訓練を見つめていた。


 フィオナの矢が鋭くドランの盾にぶつかる。


 脳裏に杭の雨が降る光景を思い出す。


 ドランがフィオナに近寄り、模擬専用の剣を振り下ろす。フィオナは軽やかに避け、矢をつがえる。


 脳裏にはノエルがバルトに斬り込まれた光景を思い出す。


 虚ろな瞳のまま、感情は浮かんでいない。


 だが――


 拳は強く握られていた。


 訓練を終えたフィオナがふと事務所の方を見るとセオドアが庭に出てきているのを見つけた。


「セオドア......」


 その声に、セオドアはわずかに目を細めた。


「……無駄ですよ......」


 セオドアは静かに口を開いた。


「みんながどれだけ努力しても……僕がループすれば、全部なかったことになるんです……」


 静かな否定。そこに、怒りや苛立ちはなかった。ただ、諦めだけがあった。


「そうね。けど、私達は何度だって訓練する」


「僕は......!もうみんなが傷つくのを見たくないんです......!」


「私達は冒険者よ。傷つくのは当たり前でしょう」


「みんなが......死ぬのはもう......見たくないんです......だからもう......」



「私達はあなたの為に何度だって、死んであげる」



「なにを......」


「あなたは何度も死んでも前に進んできたんでしょう?」


 フィオナの言葉が、空気を震わせる。


 セオドアは目を見開いた。


 胸の奥に――かすかな痛みが走る。


 壊れていたはずの何かが、わずかに軋んだ音を立てて動き出す。


「だったら今度は、私たちが何度でも死んであげる。あなたを、守るために」


 フィオナは穏やかな顔をセオドアに向ける。


「ループしてきたセオドアに私達は気付かないかもしれない。


あなたがどんなに悲惨な目に遭って戻ってきても私達は何も覚えてないかもしれない。


けれど、あなたの一声で私達は命を賭けてあげる。


あなたが何回も何十回も何百回、死ぬのなら。私達も何千回だって死んであげる」


 静かに、けれど揺るぎない声だった。


 セオドアの視界が揺れる。


 色がなかった世界に、微かに赤が滲んだ。


 それはフィオナの頬に流れる、一本の汗――それとも、泣き出しそうな声だったのかもしれない。


「私たちは、ただ守られてるだけの存在じゃない」


「今度は私たちが――あなたの盾になるの」


 ノエルとドランも、その背中を並べるように立っていた。


 セオドアの胸に、熱い何かが込み上げる。


 それは怒りでも後悔でもない。もっと――懐かしい感情。


 信じてもいいのか。


 また失うかもしれない彼らの姿を、見ていられるのか。


 ――でも。


(それでも……僕は、彼らの手を、また取っていいのだろうか)


「僕は......一度諦めてしまいました......冒険の書を......」


 灰色だった世界に、ぽつりと光が差す。


 セオドアの頬を、涙がひとすじ伝った。


 それは悲しみではなかった。

 ようやく、心が動いた証だった。


「……フィオナさん」


 声は掠れていた。


「僕は……ずっと、怖かった。みんなを失うのが。何もできない自分が……」


 言葉は震え、途切れた。


 フィオナはゆっくりと近づき、セオドアの手を取った。


 その手は――もう、冷たくなかった。


「今度は何度でもあなたを助ける」


 セオドアは、小さく笑った。


 壊れていた心の隙間に、ようやく、温もりが戻ってくるのを感じた。


 灰色だった世界は色を取り戻し始める。


 鮮やかな視界には仲間達の笑顔があった。


 

 セオドアはもう一度、歩き出せる気がした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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